第15話 温泉

「ふぁ〜ほどける〜」


 街に新しくできた温泉にやってきたカロンは、湯に浸かりながら声を漏らした。


 やってくる時間が少し遅かったせいか、人もまばらだ。カロンがやってきた時には皆次々と帰って行き、今はカロン以外に人はいない。


(貸し切りみたいで得した気分だな)


 お湯を手でちゃぽちゃぽと遊びながら、カロンは嬉しそうに笑った。


(そういえば、隣は男性のお湯なんだよね)


 板でしっかりと仕切られてはいるが、天井はなく半露天風呂に近い構造になっている。板一枚を隔てた向こうに裸のユースがいると思うと、カロンはなんだかドキドキしてしまった。


(ユースさん、元は騎士だしその後も傭兵としてちゃんと鍛えているんだろうな……って、何を考えてるの私は!)


 ユースの鍛えあげられた身体を想像し、カロンは思わず恥ずかしくなってブクブクとお湯に沈む。


(だめだめ!ユースさんはただの用心棒なんだから!このままだとのぼせちゃう。早めにあがって落ち着こう)


 お湯からあがってさあ歩こうとしたその時。


「きゃあっ!」


 足が滑りそうになり、カロンはなんとか踏ん張って転ぶのを回避した。


「あ、あぶない……」


 ふぅ〜と安堵していると、隣からザバッ!と勢いよく音がする。


「カロン、大丈夫か?何かあったのか?」


 少し焦りを感じるユースの声が板のすぐ近くから聞こえてきた。低く良い声が響く。きっとカロンの悲鳴を聞いて心配してくれたのだろう。


「えっ、あっ、大丈夫です。転びそうになっただけなので……すみません!」

「そうか、それならよかった。……そろそろ上がるのか」

「はい、そのつもりです」

「わかった」


 ユースがそう言うと、板の近くにあった気配が遠のいていく。

 お互いに裸のまま会話していたと思うと、カロンは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。


(なんだかすごくはずかしい…!)




 女湯の入口から出ると、近くでユースが待っていた。カロンに気付いてユースは少し頷く。


(わぁ!ユースさん髪の毛おろしてる!)


 いつもは後ろで一つに束ねた髪の毛が、風呂上がりとあっておろされている。肩近くまであるそのつややかな黒髪が妙に色っぽい。

 カロンはドキドキする胸に気づかれないよう平常心を保とうとした。


「お待たせしました!」


 カロンが小走りに駆け寄ると、ユースはカロンをじっと見つめている。


「ユースさん?」


 どうしたんだろう、何か顔についてる?鏡で見た時は何もなかったはずだけれど……カロンが不思議に思っていると、ユースの手が静かにカロンの髪の毛に伸びてきた。


「……ちゃんと髪を乾かしていないのか?」

「髪を乾かす魔導具が故障してるみたいだつたので、宿に戻ったらレーヌさんに借りようと思っています」


 ユースが髪の毛を触っている。その事実に正直めまいがしそうだが、カロンはなんとか正気を保って笑顔で返事をした。


「そうだったのか」


 そう言って、ユースはカロンの髪の毛から手を離すと、手をカロンの頭にかざす。すると、カロンの髪の毛の周りに風がふわりと起こった。そしてカロンの髪の毛は一瞬で乾いた。


「わ!すごい!風魔法ですか!?」


 風魔法を使って髪の毛を乾かせるというのは聞いたことがあるが、実際に体験したことがなかったのでカロンは思わず歓声をあげる。


 ユースは目をキラキラと輝かせるカロンを見て嬉しそうに微笑む。そして、カロンの髪の毛をサラサラと指でなぞると、髪の毛をひとふさ掴んでそっと唇を寄せた。


(えっ、ええっ!?)


 突然のことに、カロンは顔を真っ赤にして固まる。そんなカロンを見てユースはまた静かに微笑んだ。


「髪もちゃんと乾いた、宿へ戻ろう」

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