包囲下の都市

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 ──包囲下の都市



 魔獣猟兵第2戦域軍マクスウェル軍集団はついにラストハーバーに到達した。


「街を包囲するように。だが、街そのものへの攻撃は今は控えろ」


「了解しました、大将閣下」


 マクスウェル軍集団司令かのネイサンが命じる。


「しかし、思ったより装備の損耗が激しいな」


 ネイサンは報告された各軍の被害を見て呟く。


 ネイサンの指揮するマクスウェル軍集団には戦車や装甲兵員輸送車が配備されていたが、ここまでくる家庭で相当な数を失っていた。


 連合軍との戦闘での損耗は当然として、その他にも単純な故障による損耗であったり、川に落ちたり、沼で動けなくなったりという車両がかなりある。


「兵站参謀。車両は可能な限り整備しておくように通達せよ。パーツが足りないならば不調な車両を解体して共食い整備させてもいい。許可する」


「畏まりました、大将閣下」


 ネイサンの命令に兵站参謀が頷く。


 車両の稼働率を上げておかなければ、もし包囲の最中に連合軍の襲撃を受けた場合、致命的な損害を出しかねない。


「それからやはり補給は追いついていないのか?」


「残念ですが我々の進軍速度が速すぎました。現在確保できている港は小さなものがふたつだけです。空港についてもひとつ。鉄道路線は敵が実行した焦土作戦によって暫くは使えません」


「ふうむ。ここで敵の予備戦力が投入されると不味いな。迅速にラストハーバーを落としたい。そうすればラストハーバーの港湾施設などを使って補給が可能になる」


 ネイサンはラストハーバーの港湾施設を欲していた。ラストハーバーには大きな港湾施設があり、大型の輸送船も入港できる。それにクレーンなどの必要な装備もある。


「原罪航空優勢は我々が握っています。港湾施設に降下部隊を投入しては?」


「いや。そのようなギャンブルはやりたくない。敵地に降下部隊を投入すれば無理やりにでもそこまで進出する必要が生じる。今は無理をせずに、確実かつ犠牲を最小限にラストハーバーを陥落させたい」


 第2戦域軍隷下アントニヌス降下軍集団は強力な降下部隊だ。だが、それも補給が絶えれば戦えなくなる。


 敵地で孤立した降下部隊に強力な部隊がぶつかれば降下部隊はなすすべもなく壊滅だ。貴重な精鋭を無駄死にさせることになる。


「包囲を布いて降伏を勧告しよう。すぐに応じなくとも市外への砲爆撃があれば考えは変わるかもしれない」


「了解。作戦を立案します」


「頼むぞ」


 そして、マクスウェル軍集団はラストハーバーを包囲。


 ラストハーバーにとって苦しい季節が訪れた。


 連合軍は決死の覚悟で洋上輸送を実行してラストハーバーを救援すると同時に負傷者やどうあっても戦えない市民を船で脱出させる。


 しかし、ラストハーバー市長が求めた全ての市民の脱出は軍が拒否した。軍は戦えるものはその場にとどまって戦えという意見だったのだ。


「市民は脱出させるべきだ! 市民を守るのが軍の役割ではないのか?」


「我々に命じられたのはラストハーバーの防衛だ。そのためならばいかなる手段も使用する。それだけの話だ」


「そのラストハーバーを守れとの任務には市民を守ることも含まれているはずだ」


「我々の任務は軍事的な意味での防衛だ」


 ラストハーバー市長アラン・リビングストンが訴えるのにラストハーバー守備隊司令官のデンプシー大将が返す。


「いいか、リビングストン市長。我々は総力戦を戦っているのだ。国家の存亡がかかった戦いだ。それを理解し、我々に協力してもらいたい」


「市民を犠牲にすることが国のためだとでもいうのか?」


「無駄な犠牲ではない。国家を守るための必要な犠牲だ」


「信じられん。それでも軍人か!」


 デンプシー大将とリビングストン市長は言い争うが、そもそも脱出させようにもラストハーバーの全住民を脱出させられるほどの船もなく、その船も航空優勢を握った魔獣猟兵に狙われるということを考慮していない。


「留まって戦うことはこの連合王国国民の義務である」


「閣下。魔獣猟兵が軍使を送ってきたとのことです。閣下にお会いしたいと言っていますが、いかがなさいますか?」


 デンプシー大将がリビングストン市長と争っている中、魔獣猟兵側からの軍使がデンプシー大将への面会を求めて来た。


「ふむ。いいだろう。会うとしよう。場所は?」


「こちらに任せるとのことです」


「その様子だとかなり強力な存在のようだ。いざというときのために葬送旅団にも同席してもらおう。守りに適した場所を選定してくれ」


「はっ」


 そして、ラストハーバー守備隊は魔獣猟兵の軍使の受け入れに動く。


 場所はラストハーバーの防衛体制が見えないホテルに設定され、それから葬送旅団が動員されて警戒に当たった。


「魔獣猟兵の軍使は何を求めるつもりなんでしょうか?」


 アレステアもホテルの警備に当たっており、シャーロットにそう尋ねる。


「降伏ってところじゃない? 魔獣猟兵も進軍が速すぎて兵站が追いつてないって話はあったしさ。このまま包囲を続ければその兵站への負荷はさらに高くなり、連合軍が予備戦力を投入すれば総崩れになる、かもね」


「だから、戦わずに降伏を求めるわけですか」


「まあ、降伏はしないだろうけど」


 アレステアとシャーロットがそんな話をする中、魔獣猟兵側の軍使が姿を見せた。


「おっと。人狼だ」


 シャーロットがそう言って見るのは魔獣猟兵第2戦域軍マクスウェル軍集団司令官ネイサンに他ならなかった。


「ん。君が噂のゲヘナの眷属か?」


 ネイサンは正面を警備するアレステアの下に来るとそう尋ねる。


「はい。そうです」


「そうか。君の武勇は聞いている。敵ながら評価に値する武勇だ。できれば戦いたくはないものだな」


「ええ。お互いに戦わないのが一番です」


 アレステアはネイサンの言葉にそう返す。


「それはこれから決まる」


 ネイサンはそう言ってホテルに入った。


「あなたが魔獣猟兵の軍使か」


 武装を解除した状態でデンプシー大将がネイサンを出迎える。


「私はネイサン・マクスウェル魔獣猟兵大将。今回はあなた方に降伏を勧告するためにやってきた。我々魔獣猟兵は降伏を勧告する」


「我々は戦える」


「こちらにはこのラストハーバーを灰に変えれるほどの航空戦力と火砲を準備している。戦闘になれば被害は甚大なものとなるだろう。この街のことを思うならば降伏するべきだと思うが?」


「そのような脅しに屈するつもりはない。もし、ラストハーバーを焦土と化せばそちらも疲弊することは分かっているのだ」


 ネイサンの忠告にデンプシー大将が反論した。


「そうであるならば戦えばいい。我々は敬意をもってそちらを皆殺しにしよう」


「ああ。そうする。我々は降伏の訓練など受けていないのでな」


 ネイサンは肩をすくめてホテルを去った。


「どうやら本当に市街地戦になりそう」


「みたいですね」


 シャーロットの言葉にアレステアは渋い表情を浮かべた。


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