春季大攻勢

……………………


 ──春季大攻勢



 アレステアたち葬送旅団は王都クイーンズキャッスルから移動を命じられた。


「ウェストヒルズ、ですか?」


 アレステアがシーラスヴオ大佐の説明に首を傾げる。


「そうです。我々はウェストヒルズ国際空港にて待機せよとの命令を受けています。連合軍統合参謀本部によると敵の攻撃目標のひとつになっているとの情報があるそうです。よって我々に防衛せよとのこと」


 連合軍統合参謀本部はウェストヒルズに魔獣猟兵の攻撃があると判断し、そこに機動力の高い精鋭部隊である葬送旅団を配置することにしていた。


「しかし、敵はラストハーバーも狙っていると仰っていましたが」


「ええ。連合軍統合参謀本部の情報部も正確な情報を握れていません。アーケミア連合王国の諜報機関が暗黒地帯で活動しているのですが、彼らも情報をはっきりとは握れていないようです」


 レオナルドの問いにシーラスヴオ大佐が答える。


 連合軍統合参謀本部は今に至るまで魔獣猟兵の本当の狙いがラストハーバーなのか、それともウェストヒルズなのか判断できずにいた。


 どちらも陥落すれば大打撃となる都市だ。守らなければならない。だが、両方を守るために戦力を分散させるのは敵の意図にまんまと嵌っている。


「もし、敵の狙いがラストハーバーだったらどうするのですか?」


「その際は速やかにラストハーバーに機動し、防衛戦に参加します。高い機動力のある我々のような空中機動部隊は火消しのために準備されていますから」


「なるほど」


 アンスヴァルトを母艦とする葬送旅団や降下狙撃兵のような部隊は軽歩兵であるが速やかに戦場に出来る戦力であり、敵の行動を阻止することに投じられるのだ。


「まだ魔獣猟兵は動いていません。備えましょう」


 アレステアたちは連合軍が利用しているウェストヒルズ国際空港にて魔獣猟兵の攻勢が始まるのを待つ。


「どれだけ待つことになるんでしょうか?」


「分かんない。攻勢のタイミングを選ぶ主導権は魔獣猟兵が握ってる。戦争ってのは主導権の握り合いで握ってる方が何かと有利なものだ」


「僕たちは主導権を握れないんですか?」


「攻勢に出られるほどの戦力はまだ集結してないからね」


 アレステアの問いにシャーロットが答える。


 連合軍はアーケミア連合王国の聖域化のために大規模な反転攻勢を画策している。しかし、現状は装備も兵員も不足しており、また魔獣猟兵の圧力もあって攻勢に出れる状況ではなかった。


 今現在帝国軍を中心とする部隊が大規模な戦略機動を実施中であり、それが完了すればアーケミア連合王国戦線に兵力が揃う。


「それから装備の供与とその装備の訓練が終わらないといけませんね」


「装甲兵員輸送車と戦車ですか」


「ええ。アルデルト技術中将閣下がマニュアルの作成を手伝いに行っておられます。カラカル装甲兵員輸送車とピューマ中戦車の運用について。基本的な操作方法はともかく戦術的運用については異論も多いようですが」


 装甲兵員輸送車と戦車という装甲戦闘車両をどのように運用するかについて、連合軍はいろいろと議論の中にあった。


「新しい武器はそれだけ取り扱いが大変なんですね」


 アレステアが頷く中、急にアンスヴァルト艦内が騒々しくなった。


「皆さん。戦線が動きました」


 シーラスヴオ大佐がゴードン少佐とともに司令部に入ってきて報告。


「先ほど魔獣猟兵がアーケミア連合王国戦線にて大規模な攻勢作戦を開始。全戦線が猛攻を受けています」



 ──ここで場面が変わる──。



 魔獣猟兵第2戦域軍はアーバレスト作戦を発動。


 大規模な攻勢に打って出た。


「砲兵が射撃を開始」


 魔獣猟兵第2戦域軍隷下マクスウェル軍集団の砲兵が一斉に連合軍の陣地を砲撃し、その抵抗を阻止し、かつ戦力の機動を困難にする。


「大隊指揮車より全車。前進、前進!」


 そして、砲撃の土煙の中から姿を見せたのは他でもない戦車だ。


 魔獣猟兵はピューマ中戦車が配備され始めてからそれを何度か鹵獲しており、その有用性を認識し、かつ構造について分析していた。


 それによって作られたのがこのルーン中戦車であった。


 装甲は連合軍のピューマ中戦車に劣るものの主砲は54口径85ミリ砲と遜色なく、機動力も十分に備えている。何より数が十分にそろっていることが重要だ。


 魔獣猟兵の拠点であるアイゼンラント領の異空間にてセラフィーネのゴーレムが24時間休みことなく火砲や火薬式銃と同じよう製造を続けている。


「マクスウェル大将閣下。予定通りに前進できています。最初の防衛線は突破できました。後はアントニヌス降下軍集団の降下を待つことになります」


「そうか。今のところは問題はなさそうだな」


 魔獣猟兵第2戦域軍が立案したアーバレスト作戦では魔獣猟兵マクスウェル軍集団司令官ネイサンが率いる軍が主攻となる。


 グスラフ・ラガス中将が指揮するラガス軍集団は助攻。アントニヌス降下軍集団は連合軍の予備戦力の拘置及び要衝の確保を行う。


 魔獣猟兵は全軍が自動車化またはオルナ装甲車で機械化されており、さらに戦車に支援される形で機動力と火力を有して前進を続けていた。



「目標戦闘の敵戦車。徹甲弾、装填!」


「徹甲弾装填!」


「撃て!」


 しかし、連合軍も惨めに敗走するだけではない。


 連合軍に参加している帝国陸軍の戦車部隊は作られた戦車用塹壕にダグインして頑丈な砲塔正面装甲だけを晒し、一方的に魔獣猟兵の戦車や装甲兵員輸送車を砲撃。


「敵の抵抗が激しい! 砲兵に支援を要請!」


 魔獣猟兵側がもうひとつ連合軍に対して勝っているのが火砲の数だ。


 大量の火砲で敵陣地及び敵予備戦力の粉砕を目指す魔獣猟兵の火力支援は強力だった。連合軍の戦車が潜む場所が猛砲撃を受けて瞬く間に戦車が撃破されてしまう。


「クソ、魔獣猟兵の連中め。こちらの砲兵は!?」


「爆撃でやられました! 魔獣猟兵に航空優勢を奪われています!」


 さらに魔獣猟兵は大量の飛行艇を投入して航空優勢を確保している。連合軍の空軍部隊が懸命に防空作戦を行うも次々に被害が出ていた。


 戦力の集中。火力の優勢。航空優勢の確保。


 攻勢作戦に必要なものが魔獣猟兵には全て揃っていた。


「魔獣猟兵は引き続き侵攻を続けています。我が方の遅滞戦闘があまり有効ではありません。このままではラストハーバーは落ちます」


 連合軍統合参謀本部でエーデルスハイム中将が報告する。


「ウェストヒルズは?」


「あちらの方での動きはカーマーゼンの魔女が暴れているとの報告だけです。カーマーゼンの魔女単独の攻撃です。こちらの戦力は拘置されますが、敵にウェストヒルズ占領の意図はないかと」


「なるほど。ウェストヒルズについての情報は陽動だったか。ウェストヒルズ用の予備戦力をすぐさまラストハーバーに機動させよう」


「シコルスキ元帥閣下。敵は装甲化された機動戦力の機動力を十二分に活かしています。それが彼らの弱点でもあります」


 シコルスキ元帥が命じるのにエーデルスハイム中将が告げる。


「それはどういうことだ、エーデルスハイム中将?」


「高速で機動し、長距離を侵攻する部隊に兵站が追いつくのは難しいということです。いずれ燃料や弾薬が欠乏し、敵の機動部隊は戦闘力を減少させることでしょう」


「そこを叩く、と」


「そうです」


 ハリス大将が納得するのにエーデルスハイム中将が肯定した。


「しかし、それは君が望んでいた機動防御というものだろう。我々の指揮下にある将兵は決して練度が高いとは言えないものが多い。現場で判断を下す必要のある機動戦は難しいと言わざるを得ない」


「そうだな。残念だがエーデルスハイム中将の言わんとすることは理論としては素晴らしいが実戦で使うにはまだ準備が足りない。ここは古典的にやるしかない」


 ハリス大将はそう意見し、シコルスキ元帥もそれに賛同。


「予備戦力を投入し、ラストハーバーを防衛する。今はそれだけだ」


……………………

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