第8話 女子高生からのコンタクト
「えっと……せめて制服から着替えてほしかったんだけど……」
「すみません、学校帰りでしか都合が合わなくて」
そういうと、患者であるアオギリメイさんは周りをきょろきょろと見渡し、知り合いがいないことを確認してから、ファミレスの奥まった席へと腰を下ろした。
そして、一番安いコーヒーを頼み、何かにおびえるように緊張した肩をさすった。
「あ、いいよ気遣わなくても。ここはぼくが払うからさ、何か頼んでいいよ、パフェでもハンバーグでも」
ぼくの方は仕事終わりに晩御飯も兼ねて食事をとるつもりだったせいで、
ピザとウインナーの盛り合わせという子供っぽいメニューを頼んでしまっていた。
冷凍ピザを解凍するだけの注文メニューは手早く運ばれてくるので、嫌いじゃない。企業努力というやつでなかなかに味は悪くないと思うのだが。
「それで、ぼくに頼み事っていうのは何?」
彼女に話かけてみるが、なにやらおびえた表情で口をもごもごさせるだけでこれといって話はすすまない。
そのうちにたのんだコーヒーとピザが届いてしまったが、
それでも彼女は口を開こうとはしないので、もう話を聞く体制はあきらめて、のんびりとあついチーズを口に運んだ。
「あーーーおいしーなー!」
ぼくの間の抜けた声に、彼女はぽかんと口をあけ、そのあとクスクスと笑い出した。
「え、先生……ほんとに気づいてないのに、幽霊とかの本出そうとしてるんだ」
口に出すと可笑しさが止まらなくなってきたのか、放流したダムのような勢いで笑い出す。
「えっ! 何? 何か顔についてた?」
「ああ、いっぱいついてましたよ。大きいのから小さいのまでたくさん」
幽霊の話か! ぼくはつい汚れた手で顔を触ってしまった。そうだった、食事に夢中で忘れていた。彼女は自分には幻覚だかなんだかわからないが霊が見えるといってぼくのところに来た患者で、ぼくはそれを題材にしようとここにきたのに。
「でも安心してください。今はもういませんよ。病院だと一人くらいしか憑いてなかったのに……びっくりしましたよ。そんなに囲まれてるから」
「ちょっとまってくれ、脅さないでくれよ。そんなにってどの程度の数なんだ?」
ぼくが本気でおびえていると、彼女はまた笑い出す。その笑いが収まるまで、渋い顔でピザを食べるがこんどはあまりおいしくは感じられなかった。
「しかし、そんなに見えてると日常生活大変じゃない? 顔ぐちゃぐちゃの幽霊とかが見えてたら食事とりたくないもんね」
「そうですね……顔が溶けている人なんて毎日のように見かけます。近すぎるとさすがになれませんね……ここまではっきり見えたのはつい最近なので……それまでは普通に暮らしてました。昔から、何か感じることはありましたけど、ここまでではなかったです」
雰囲気として何かを感じながら食事を取るのと、顔面ぐちゃぐちゃの人を見ながら食事するのは大きく違うだろう。かわいそうに……そう思っていると、彼女は照れた様子でこちらをうかがっている。
「あの、さっきなんでも頼んでいいって言ってくれましたよね? この……ハンバーグステーキセットを頼んでもいいですか?」
「えっ……ああ、大丈夫だけど」
なかなか元気な女の子のようだった。この子自体の強さがあって、病まずに今までいれたのだろう。二人して、ばくばくと料理を無言で食べた後、ようやく一息ついて今回の本題に踏み込んだ。
「それで君、ここにぼくを呼んだ理由、ちゃんと詳しく話してくれないかな?何か力になれることなら協力するけど、あんまり金銭的なものは……」
「お金ではないので安心してください。ただ、私の家の幻覚……幽霊が日に日にひどくなっていくんです。私に直接被害が出始めて……このままだといつか殺されてしまうかもしれない……脳で危険なものへ近づくな、という信号が出て幻覚が見えている。ということもある。って言ってましたよね、先生。幻覚が見えるのは体が危険を訴えているからであるなら、観察力のある先生が見てなにか異変に気づけるかもしれない……」
研究現場に行けるのはありたいが、社会的には少しまずい。今こうして女子高校生と一緒に食事をしているだけでも大変こまった状況なのである。さらに深い関係はごめんこうむりたい。しかし、研究者としての気持ちとしては、やはり行ってみたい。
より踏み込んだ資料の収集はありがたい。二つの気持ちが交互に出ては消えていく。
「あ、安心してください。私、先生に対して恋愛感情ゼロですし、先生のこと信頼してますし。私が通報したら地位も全部なくなるのにしないと思っているので」
「そ、そこは冷静なんだ……いや、別に何もしないし、されなくてもいいけど。
そこまで断言されるとびっくりしちゃうな」
どこか馬鹿にされたような気分にもなるが、彼女の態度からして、当然の発言という感じでその調子がまた恥ずかしい。
「観察ねえ……確かに、環境に問題はあるかもしれない。そんな危険な信号が出ている所なら、ぼくも幽霊が見えるかもしれない」
「見る限りでも、先生はかなり霊に鈍いようなので、それでも何か感じるのかを試したいんです。もしそうでないにしても、心療内科の先生から見て改善したところがあれば指摘がもらえれば、メンタルが落ち着て幽霊がみえなくなるかもしれない、と思って」
人を何かの検査装置にしたいのか。しかし、致し方ない。
彼女とは何もないということを確約し、ファミレスを出て彼女の住むマンションに向かった。どうやら父親は今日は朝までかえってこない日らしい。最近、家にいることを嫌うようで、あまり家にいないか、家にいても酒を飲んで寝てしまうらしい。
真夜中に毎日のように見る【嫌なもの】を自分以外も感じてほしい。
いつも、自室で寝ていると感じるのだという。
ぼくは薄暗いマンションの廊下に立つと、妙な感覚を覚えた。
これは霊でもなく、何か動物的な不快感というものがぞわぞわと襲い掛かってきた。
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