第2話 女子高生メイの幽霊との日常
「あー今日も学校やだなあ……こんなに天気いいのにさあ」
友達のユウコが愚痴を言いながら、道路の石を蹴り飛ばした。
ポーン! と靴ごと飛んでいくのを見て、笑う。
「小学生みたい、でも遊び行きたいのは賛成」
空を見上げると雲が流れ、気持ちのいい風が吹いている。ようやく緊張した気持ちがほぐれて、大きく深呼吸した。
「メイ、どうしたの? 疲れてる?」
ユウコが私の名前を心配そうに呼びながら顔を覗き込む。
そんなに疲れた顔をしていただろうか。だって毎日休まらない……
私の疲れの原因は【家】にあるのだから。
ユウコは私の家に毎朝迎えに来てはくれるけど、絶対に中には入らせない。
マンションの外から声をかけてもらっている。だって……いや、今それを考えるのはよそう。
「ううん……なんでもない」
そういうと、私を見てにっこり笑う【二つの顔】
ほっとしているユウコと、首だけでネチャリと笑う生首。
髪を振り乱しながら、私と目を合わせようとしているのか、ぶつぶつと独り言を言いつつ顔を近づけてくる。何かを言うたびに独特な陰気で負の匂いが伝わってきて吐き気がする。
けれども、そんなことはもう子供のころから慣れていて、なんとか実際に嘔吐はせずにすんだ。
しかし、ここまではっきりとしかも害をなすようになったのここ最近だ。
思春期になって体質が変わるというけれど、まさか霊に対する体質もかわってしまったなんてことはないだろうか……
つばを飲み込み、なんにもなかったような装いでやりすごす。
そうしなければならないと気づいたのはいつ頃だっただろう。
小さなころ、生者と死者の違いもよくわかっていなかったとき、そのまま何度も殺されそうになって、何となく経験則的にわかったという感じだ。
幽霊とつながってそのまま車道に出そうになったり、川に落ちそうになったり……
そういう時はお母さんがふわふわした状態の私に気づいて声をかけてくれ、なんとか助かってきたのだった。
目を合わせなければ、声に反応しなければ、たいていの幽霊は悪さもすることはできない。
幽霊がいないと言われるゆえんはそこだ。
生きたもののパワーは強烈で、幽霊が体にまとわりついていたとしても、その人にとっては少しだるいな程度の影響しか与えることはできない。
生きたもの側が、幽霊におびえたり、何かしら悩みがあったり、体の不調で死に近い状態になっており、かつ波長が合っている状態でないと無理だ。
毎日何百人、何十億人と過去世界中で人が死んでいるのに幽霊が皆見えないなんておかしいだろう。特殊な条件があるのだ。
そして、見えたとしても大半は気づかなかったり、勘違いだったり周りにバカにされてしまい、
「あ、やっぱりこれかんちがい?」と思うことになる。
最近では脳の病気や寝ぼけ、精神疾患での幻聴や妄想、幻覚が研究されるようになり、神秘や怖さが減ったことで、さらに死者の出番は現代から減ってきている。
つまり、今時幽霊みましたー! なんて友達に言っていたら精神病の痛い女だと思われて、クラスで居場所がなくなるってわけ。
なので、こうして目の前にいるおぞましい霊もいないふりをして、
いまはやってるバンドの新曲の話をする。
だって波長が合いやすい体質になってしまったのだ、いつ幽霊に殺されるかわからない。そうやって元気、陽気な話題を話していると死者はいなくなっていく。
娯楽とは生存には不要だけれど、生きるモチベーションや糧といった側面にとてつもなく力を発揮するものだ。死や陰鬱とは逆のベクトルのパワーの会話だけで、弱い霊はいなくなる。
だんだんと影が消えていき、友達の大きな笑い声でようやく消えた。
「良かった……」
「ん? 何が?」
不思議そうに聞いてくる、のぞき込む顔は今度は一つだ。
「ん! 別に……なんでもないよ」
その顔に向かってほほ笑むと、その顔はぐちゃりと崩れた。
「やっぱり、見えてんじゃん」
友達の顔だと思っていたそれは擬態した霊のいたずらで。本当の友達は靴紐を結んでしゃがんでいた。
「ひっ……」
ここで悲鳴をあげてはいけない。私はまともでいたい。幽霊が見える痛い女の子にはなりたくない。
「うソつぎダ」
ぎぎと歯を鳴らしながら霊は私に覆いかぶさる。質量的な重さはないが、精神的な苦痛でとんでもない重圧がかかっているように感じる。
ふれてはいけない。感じてはいけない。見てはいけない。
けれどもそんなこと、こなすことはできても、慣れることはない。
「あはは……早く学校いこうよ、遅刻しちゃうって」
「そうだねー!! いこいこ!」
ユウコが私の手をひっぱり、見えていない霊に体をめり込ませながら先に進んでいく。
ユウコの生命力に押されて、霊は恨みごとを言いながら次第に消えていく。
そして、神社の前を通ったときには、清められた場所に耐え切れず消えていった。
ただの目的もない、生者と会話がしたいだけの霊だったのでまだ今の程度ですんだが、もしこいつが【アイツ】ほどに強い霊であったならば、私は殺されていただろう。この力のせいで、私は家でも気が休まることなくおびえて暮らしている。
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