ドラゴンどんぶらこ 〜目覚めたら人型機動兵器でガチ剣術
雲江斬太
第1話 鋼鉄の龍騎士
宴会は三日三晩続いた。
朝起きて朝食前に飲み、そのあと朝食の最中に飲み、朝食後に飲む。それが三食繰り返される。
ここまで酒漬けの生活は、酒好きではない人間にとっては、まさに地獄。他の貴族たちは、よく急性アルコール中毒で死なないものだと呆気にとられてしまう。
自分には無理だ。
ああ、早く帰りたい。自分の家に。自分の元いた世界に。酒のない生活に。
四日目の昼。すでに何杯も飲んだ状態。昼食はクラブサンドだった。
こんがりと焦げ目のついたトーストに、ベーコンとレタスとチーズが挟まれている。白磁の皿に盛られたクラブサンドは三角形にカットされ、中から顔をのぞかせた熱々の具材がゆらりと湯気を立ち上らせていた。
ひとつ摘んでかぶりつくと、かりっと焦げ目のついたトーストに挟まれて、冷たいレタスがぱりっと裂け、溶けた濃厚なチーズにサルサソースの尖った辛さが絡み合う。
旨い。酔った
が、その気分を害するように、彼のそばに音もなく立ったエルフの侍女が、テーブルクロスの上に綺麗に並べられた数々のグラスのひとつ、細身の足つきグラスに金色の液体を注ぎ込む。
また酒か。
細身のグラスに注がれて、軽やかに泡立つ液体は、シャンパン。
だが、ラベルにあるヴーヴ・クリコのロゴはかすれていて、劣化コピーのようにしか見えない。そもそもこの世界に、なぜシャンパンがあるのか?
それをいうなら、なぜ三十路の自分が、中学生みたいな詰め襟制服を着せられて、きらびやかに着飾った貴族どもの中で酒を飲んでいるのか?
ただ、洗面所の鏡で見る自分の姿は、たしかに十代のように幼かった……。
だれか説明してほしい。何がどうなっているのかを。
「公爵。公爵は、伝説の剣豪であると伺っておりますが、段位としてはどれほどのものなのでしょう? 言い伝えでは、剣道二十段であるとか三十段であるとかいう話ですが、じっさいには?」
ここでいう公爵とは、ハルトのことである。
なぜかハルトは公爵、ということになっている。
おもねるような態度で語りかけてくる隣席の貴族は、ナルターニャ・ピルキオーネ伯爵。ここ天空都市タルオーシの知事を努めている貴族だ。
細かいことは分からないが、とりあえずこの宮殿で一番偉い人になるらしい。
伯爵というと、ついつい白人を想像してしまうが、このピルキオーネ伯爵は、浅黒い肌に黒髪の、どう見てインド人にしか見えない容姿だ。
背も低く、感情の見えない黒い瞳や、木彫りの人形のような作り物めいた顔貌から、ハルトは心の中で彼のことをピノキオ伯爵と呼んでいた。
で、そのピノキオ伯爵がハルトの方へ顔を向けて尋ねてきたので、長テーブルで横一列にならんで昼食をとっていた他の貴族たちがいっせいにこちらを覗き込んでくる。
彼らの目は興味津々に光り、その耳はひくひくとハルトの回答に向けられている。
「いえ、わたしがやっていたのは、古流剣術なので、段とかそういうのはないです。
正直に答えておく。意味が伝わるかは、置いておいて。
「ほお」
感心したように、ピノキオ伯爵が木彫りの人形みたいな顔を上下させ、それに合わせて横並びの貴族連中も同じようにうなすぐ。
中には「さすがは剣豪王だ」と訳のわからないお追従をつぶやく者もいた。
たしかに自分は週に一回、道場に通って「剣術」を習っていた。が、ただそれだけのことで、剣豪でも格闘家でもない。
あのころはちょっとした古武道ブームだったので、自分もそれにちょこっと乗っかっただけなのである。
ただ、剣術は楽しくて面白くて、大好きだった。とくにあの……謎解きの部分が。
「この天空都市にも、腕におぼえの剣士が多数おりましてな」
ピノキオ伯爵が挑むような口調でハルトに告げてくる。
「ぜひとも、伝説の剣豪王ノーテンハルト・ライドボム公に、その業前を披露したいのですが、よろしいですかな?」
ここでいうノーテンハルト・ライドボムというのがハルトのことである。なぜかこの世界では、能見晴人ではなく、ノーテンハルト・ライドボムと呼ばれている。意味がわからない。
「よろしいですな」
有無を言わせぬ口調のピノキオ伯である。
「はあ」
何となくうなずく。
肯定とも否定ともとれる曖昧なうなずきだ。
得たりと口元を笑顔に歪めたピノキオ伯爵が、壁際近くに立つ彼の秘書官エルピスにうなすぐ。それを受けて、エルピスは手にしたタロットに向けて何事かつぶやいた。
いまハルトたちが会食している場所はタルオーシ宮殿の五階部分にあるバルコニーだ。
大きく張り出した日当たりの良い場所で、強い風を防ぐ目的で、大きなガラスドームがバルコニー全体を覆っているため、考え方によってはバルコニーというよりサンルームとも言えた。
「どうぞ。では、こちらに」
ナルターニャ・ピルキオーネ伯爵ことピノキオ伯爵がぎくしゃくと立ち上がる。さっと近づいたエルフの侍女たちが素早く彼の椅子を引く。
ハルトも倣って立ち上がると、エルフが椅子を引いてくれた。これで飲まなくて済むなと、テーブルの上のシャンパングラスを一瞥すると、となりのピノキオ伯爵が優雅な仕草で彼のグラスを取り上げて、親切にもそれを差し出してくれる。
ハルトは聞えよがしにため息をついて、そのグラスを受け取った。
きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たちがつぎつぎと立ち上がり、それぞれのグラスを手にして、バルコニーの端まで進む。地上五階の高さがあるバルコニーからは天空都市タルオーシの景観が一望できた。
美しい街並みである。綺麗に整備された道路と整然と配置されたお菓子のような住宅の数々が、遠くの山並みまで続いている。が、ピノキオ伯爵が見せたかったのは、それではない。
眼下にひろがる町並みの手前。石畳が敷き詰められた広大なグラウンドに、地響きをたてて進んでくる巨大な機械どもがあった。
いっけん建造物かと見まがうほど背の高いそれらは、空にただよう靄をかき分けるように進軍する巨人の群れだった。それらは、禍々しい攻城兵器の
身長は二十メールはあるのではないだろうか? 周囲の建物を圧倒する鋼鉄の巨体は、メカニックの極み。動く機械の神としか形容のしようがない。
左右に張り出した肩部ブロックと、胸部ボディーは空色に塗装されている。ボディーは基本的にアイボリーだが、肘部パーツと脛部パーツも空色。
ヘッドギアをかぶったスノーボーダーのような頭部は左右から通信アンテナが突き立ち、目にあたる部分は偏光色のバイザーが覆っている。
胸部はスーパーカーのノーズのように突き出し、
脚部は、膝から下が大型で、内部に歩行時のショック・アブソーバーや噴射装置が組み込まれている様子。
側面から突き出したノズルは、ジャンプ用のバーニアだろうか。複雑なフレームで形成される足部は、頑強でありつつも、内部にさらなる噴射装置が内蔵されているようだ。
ハルトは息を飲んだ。
くっそ格好いい。デザインが秀逸で、まさに主役メカの風格が漂っていた。
その巨大な人型機動兵器が、ずしんずしんと五機。宮殿の前にグラウンドに地響きを立てながら、進み出て整列する。その震動が床を通して伝わり、ハルトの身体ばかりか五臓六腑までを震わせる。
そして、五機は足を止めて停止すると、びしりと敬礼を決めた。
「天空都市タルオーシを守る飛龍隊です」
ピノキオ伯爵が自慢げに説明する。
「タルオーシ龍騎士団。いずれも腕に覚えの
あとで知るのだが、ピノキオ伯爵ことナルターニャ・ピルキオーネは、天空都市の一介の知事であり、いっぽうタルオーシ龍騎士団は本国マクハーリアから派遣された防衛部隊であるから、この龍騎士団がいかに凄かろうと、別段彼が凄いことにはならないのだが、このときのピノキオ伯のドヤ顔は凄かった。
「我が龍騎士団に配備されている飛龍は、可変式カルナック・キャリバーの高機動機種『ライトニング・ローゼス』。それがなんと五機。搭乗する龍騎士も選りすぐりの剣士ばかり。これより彼らの業前を披露いたしますので、どうぞご高覧ください」
ピノキオ伯が合図を送り、秘書官のエルピスが指示。
敬礼を解いた五機の龍騎士のうち、三機がさがり、二機が中央に残った。
ハルトたちのいるバルコニーは地上五階。身長二十メートルある飛龍──カルナック・キャリバーといったか──の頭部と同じ高さである。
距離がかなりあるため、巨大な人型機動兵器はそばに立つ人間のように錯覚してしまうが、その立ち位置はタルオーシの街並みの手前にあり、風景といっしょに見ると遠近感が狂う。
中央に残った二機が、たがいに向き合う。人の身ごなしのような流麗で自然な動きだ。それでも、かすかな震動が床から伝わってくる。
側面から見ると、人型機動兵器の神殿柱のように細い腹部や、胸部背面から突き出した二基の噴射装置がよく見える。
いまその噴射装置は、打ち上げを待つロケットのように水蒸気をベンチレーターから静かに吹いていた。
格好良すぎる。ハルトはぞくぞくする興奮が肚の下から湧き出でくるのを抑えられない。なんでこんな巨大な人型機動兵器がここにあるのか?という基本的な疑問も吹き飛んでしまっていた。
互いに一礼したカルナック・キャリバーが、するりするりと後退して距離を取る。まさに人の動き。この巨大なメカの魔神がこうも軽やかに動くとは、その駆動系はどうなっているのだろう。
肘関節の装甲の隙間から見える機構部は、単純なシリンダー・タイプの油圧機構とはちがうようだが。
二機は距離をとると、腰部ボディーにマウントされたラックから、剣をするりと抜いた。
「おお」
ハルトばかりではなく、周囲の貴族たちからも感嘆のため息が漏れる。
人型機動兵器が抜き放ったのは、白銀の金属刀。刀身タイプは片刃の日本刀に酷似した形状。アニメやSF映画でみる光線剣とかではないらしいが、そこがいかにも無骨で、武具という感じだ。
この機動兵器は、この世界の騎士にとっては、まさに剣であり甲冑であるのだろう。
二機はたがいに剣を向け合い、中段に構える。
「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ──────────っ!!」
思いっきり、外部スピーカー最大音量で、裏返るような奇声でもって二人の龍騎士が大絶叫した。
ガラスがびりびり震え、天空都市ごと振動した。ハルトの手にしたクリスタルのシャンパングラスが、ぴーんと共鳴する。彼は思わず片手で耳を抑えた。
二機のカルナック・キャリバーが鉄剣をたがいに上段に構える。右の機体が大きく前に踏み出し、一刀振り下ろす。まさにぶん殴るような力任せの一振りだった。
それに合わせて左の機体が後ろに下がる。
「たーっ!」
これまた外部スピーカーを通して、絶叫が天空都市に響き渡る。
変に身を仰け反らせた、大袈裟な後退だったが、そもそも相手の剣は届いていない距離なのだから、下がる必要自体ない。ハルトはちょっとした違和感を感じた。
「とーっ!」
先に切りつけた龍騎士はそのまま刀を下げ、頭部を差し出している。
そこに、下がって躱したていの龍騎士が鉄剣を振り下ろし、寸止め。寸ではなく七メートルくらい手前で止まっているが。
「めぇぇぇぇぇぇぇん!」
相手の頭部に寸止め、もとい七メートル止めした龍騎士が勝利宣言のように絶叫する。
「おお!」
周囲の貴族たちが感嘆の声をあげ、ピノキオ伯爵が同意を求めるようにハルトを振り返る。
だが、ハルトは苦笑するしかなかった。
そして、小さくつぶやく。
「
そのとき秘書官エルピスのタロットがびりりびりりと鳴った。
通話に出たエルピスを振り返る一同の視線を受けて、秘書官は重々しくうなずく。
「守護天使様が到着されました」
貴族たちが神妙な表情でうなずき返す。
当然ハルトには意味が分からなかった。
守護天使? 天使って、あの天使?
この世界には、天使が……いるのか?
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