裏エピローグ

第66話 クロウとサンダージョー

「ん? あれは――」


 バエルとシャルへのプレゼント買いにいった帰り道。玄咲はパチンコ&スロット店のガラス窓の向こう側に見覚えのある人影を見つけた。


 紫色の長髪に引き締まった体。それになぜかアロハシャツを身に纏っている。片腕をだらしなく下げてパチンコのハンドルを回しっぱなしにしているその男性は玄咲のクラスの担任教諭だった。


 クロウ・ニートだった。


「あらあら、彼はゲーム通り今日も堕落しているわね。パチンコなんて馬鹿のする遊びよ。玄咲は絶対嵌まっちゃダメだからね」


「俺がパチンコなんかに嵌まるはずがない。要するに分の悪いギャンブルだ。そんなものに嵌まる奴は馬鹿だと思っている。だから俺は絶対嵌まらない。完璧な論法だ」


「最初はみんなそう思うのよ」


「なに、俺は別さ。それはそれとして、ちょっとクロウ教官に話しかけてくる。バエル、いいか?」


「ええ。ご自由に」


「送喚」


 バエルを一時的に送喚して玄咲はパチンコ&スロット店に入店した。この世界でのパチンコ&スロット店は15歳から入店できる。


「あー……この金と時間の浪費感、落ち着くなぁ……む? 天之玄咲、どうした」


「いえ、街中を歩いていたらクロウ教官を見つけたので、お声をと……なぜ、アロハシャツを着ているんですか」


「投げ売りされてたからだ。金を節約してるんだよ。まぁ、隣座れ」


「えっ?」


「何もせず突っ立ってると注意されるぞ。取り合えず座っとけ」


「はぁ」


「ほら、このカードに入ってる玉使っていいから」


「あ、ありがとうございます。……このカード、どうすれば」


「そこからか。まず――」

 

 クロウに簡単なレクチャーを受けて玄咲はパチンコを打ち始めた。パチン、パチン、玉が飛んで釘を跳ね回って、たまにへそに入って、大仰で馬鹿らしく全く無駄な演出を見せられながら外れを引く。その繰り返し。何が楽しいのか玄咲には全く分からなかった。


 パチンコ台の名前は花の拳次―漆黒の凶星―。戦国世紀末という謎の世界観で玄咲が嫌いな画風のむさくるしい男たちが天下統一を成し遂げ覇王となるために胡散臭さ抜群の拳法を使って戦って戦って戦いまくる話のようだ。パチンコが楽しくない以上に玄咲は画面に表示されるむさくるしい男が気持ち悪くて仕方なかった。男の半裸を画面いっぱいに表示するくらいなら美少女の笑顔を画面一杯に表示して欲しかった。堕天使の女の子なら尚いい。


 ちょっとだけワクワクしながら打ち始めた生まれて初めてのパチンコに早々に飽き始めた玄咲はクロウに話しかけることにした。


「つまらないですね」


「当たらないパチンコなんてそんなものだ」


「しかもむさくるしい男ばかりで気持ち悪いですね」


「ああ、お前は美少女が好きだもんな。こういうのは嫌いなタイプだよな」


「……そういう、訳では」


「思春期の男なんてそんなものだ。恥ずかしがらなくていい。ちっ、挙動悪いな。台移動するぞ」


「えっ?」


「一々驚くな。普通のことだろうが。お前好みの台を紹介してやる。来い」


 クロウにうながされて台移動する玄咲。そうしてクロウに座らされた台は3人の美少女が画面に表示された、きらきらした台だった。


「これはパチンコメーカーコイズミが開発した名台10000まんちゃんのごらくVerだ。1/29の確率で当たるちょいパチ。取り合えず回せば当たる。そしてお前が大好きな美少女満載の煌びやかな演出とSTが楽しめる。稼ぐというより遊ぶために打つ台だ。素人のお前へのとっかかりとしては丁度いいだろう」


「いえ、だから美少女が大好きな訳では。しかし、酷い名前ですね」


「酷くない。10000ちゃんはパチンコの大当たりの一つの区切りとされる万発にちなんだ名前だ。ミドルタイプの10000ちゃんは10000分の1の確率で当たる10000まんチャンスを突破すると必ず10000発出る上位STに突入して、しかも消化中に上乗せまで狙えるプレミア契機が受けた台なんだ。10000チャンスを引けないとちょっときついが、このごらくVerはその10000チャンスを排除して小当たりと魅力的な美少女の演出を楽しむまさに娯楽として開発された台だから、まぁとにかく楽しめると思うぞ」


「はぁ、よく分かりません」


「じゃあお前が興味のある話をしてやろう。この真ん中の青髪ピュアなパチンコ妖精が10000ちゃん。右隣にいる赤髪八重歯の科学者がミリオン。左隣にいる黄髪褐色の天使がプリエル。この画面にはいないが、もう一人ヨルという白髪黒衣のライバルがいる。リーチ演出やSTで見れるぞ」


「プリエルちゃん、可愛いですね」


「ほう? お前はプリエル推しか。俺は無難に10000ちゃん推しだ。天使好きなのか?」


「まぁ、多少は。一番ではないですが、その、はい。好きです」


「ひとまずキャラクターは気に入ったみたいだな。画面を見る眼の色が全然違う」


「……いえ、その、可愛いのは認めますがね。所詮パチンコですよ」


「そうだな。確かに所詮パチンコ。だがそれがいい。お前にもいずれ分かる日が来る。ひとまず残弾がなくなるまで打っていいぞ。俺は別の台打ってるからなくなったらこい」


「分かりました」


 玄咲は10000ちゃんごらくVerを打ち始めた。すぐに当たった。3人の美少女が煌びやかな演出で当たりを祝ってくれた。そしてヨルが登場しバトルを繰り広げる。基本は10000ちゃん一人。けど、たまにミリオンやプリエルが加勢に現れて勝率がアップする。バトルに勝利するとレバーがぶるぶる震えてけたたましい音と虹光を駆使した大げさなまでの演出とともにWINの字が現れる。玄咲はなんだかテンションが上がった。2回ヨルを倒して、負けた。がっかりしていると、復活してヨルを倒した。そして、また負けて、2回転で当たって、またヨルとバトルして、その上司のディーオが現れて、ヨルより手強いが倒すとちょっとだけ恩恵が強くて――。


 残弾がなくなり我に返った時には、もう1時間以上も経っていた。気づけば1時間以上が経っていた。


 玄咲は愕然とした。


(す、すっかり嵌まってしまっていた。パチンコ、お、恐ろしい……)


 残弾がなくなったカードを持って玄咲はクロウのもとを訪れる。クロウはとある処女厨ユニコーンの異世界生活という謎の台を打っていた。ファンタジー世界で処女の話題になると説教臭くなる男が科学と魔法を組み合わせて0から美少女と初めてをやり直す話らしい。「いいぜ。処女が感じねぇって言うなら、まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!」しばらく後ろから液晶画面を眺めていた玄咲はそのあまりにもふざけた主人公の決め台詞にふと我に返ってクロウに話しかけた。


「クロウ教官」


「ん? 玉切れか。結構持ったな」


「はい。楽しかったです」


 クロウはフッと笑った。


「そうだろう」


「夢中になってしまいました」


「今度スロットも教えてやるよ。A+ATタイプの6号機の10000ちゃんもある。というかそれが大ヒットしてパチンコ台が作られたんだ。スロットとパチンコが大ヒットを気に互いの垣根を超える例はそう珍しくないからな」


「いえ、申し出はありがたいのですが断らせていただきます」


「なぜだ?」


「嵌まり過ぎるのが怖いからです」


「そうか。健全で何よりだ。お前くらいの年頃の人間はパチンコスロットなんて打たない方がいい。こんなものは未来が閉ざされてからでいい」


 じゃあ何故打たせたのか。それも嵌まらせる方向で。その言葉を飲み込んで、パチンコに気を取られてすっかり忘れていたクロウに聞こうと思っていたことを玄咲は聞いた。


「サンダージョーと因縁があったようですが、何があったのですか」


「別に。大した因縁じゃない。たまにパチンコ店で顔を合わせた。それだけの縁だよ」


「ああ。なるほど」


 サンダージョーのパチンコ好きというプロフィールにのみ明記されて本編には反映されなかった情報を玄咲は今更思い出した。確かに顔を合わせることくらいあっただろう。


「丁度いい。この台もフィーリングが合わないから変えようと思っていたところだ。台移動するぞ。サンダージョーの作った台を打ちながら話をしようか」


「サンダーキング3000ですか」


「知ってるのか」


「ええ。名前だけは」


 ゲームではパチンコ店に入店して特定の台に座るとスロットのミニゲームを遊ぶことが出来る。サンダーキング3000はその対象外だが台に座ってAボタンを押すと『サンダージョーが作った台だ。爆雷王ナックルのリアルな役物が近寄りがたいオーラを放っている』というフレーバーテキストが読める。だから玄咲もその存在だけは知っていた。


「そうか。ま、有名だからな。悪い意味で。噂の一つくらい聞いたことあるか」


「ただ、見たことはないです」


「そうか。見たら圧倒されるぞ。フフ……」


 ほくそ笑みながらクロウが玄咲を先導する。学校にいる時より遥かにテンションが高い。本当にパチンコが好きなんだなと思いながらその背に従っていくと、クロウがある列に入る。玄咲も続いて。


「う!?」


 その瞬間、悪趣味を極めたような金色の化け物2匹と眼が合って、玄咲は呻きを上げた。


 気持ち悪いほどにリアルに再現された爆雷王ナックルの巨大な役物がサンダーキング3000の筐体についていた。薄気味笑いがこちらを向いていた。奸物極まりない視線が舌舐めずりを添えて中央通路に向けられていた。悪魔的なアングル。玄咲はその極まった悪趣味に圧倒されて、開発者の正気を疑った。サンダージョーだから正気であるはずがないなと納得した。


「ハハハ! 気持ち悪いだろう。あれがいいんだ。あの際物感がいいんだ。マイオナ感を刺激されるんだ。早速打つぞ」


「え、嫌です」


「いいから」


 何としてでも打たせたいらしくクロウは玄咲の手を引っ張って台まで連れて行った。クララと異なり筋肉で補強された固い手。クララの性的部位のような手とは大違いだなと玄咲は思った。無理やり台に座らされ、カードを渡され、仕方なく玄咲はサンダーキング3000を打ち始める。


 意外と面白かった。


「……バランス、いいですね」


「ああ。適度に煽って、適度な演出で期待させてくれる。だから常に期待感を持って打てる」


「この7の数字に纏わりつくナックル消せないんですか?」


「仕様だ。この役物見たら分かるだろ。この台はナックル推しだ。諦めろ」


「このナックルさえいなければもうちょっと普通の精神状態で楽しめる気がするのですが」


「修行が足りないな。狂った演出を楽しむくらいの素養を身に着けろ。狂ってるくせにこれだけ出来がいい台はそうないぞ。迷台で名台だ。世間的には近寄りたくもない怪台という評価を受けているが、まぁ、それも妥当だ。この役物に加えて、あのプレミア演出だからな。こんな台を好んで打ってる俺たちの方がおかしいんだ」


「好んで打ってるのはクロウ教官だけです。俺は一刻も早く離れたくて仕方ありません」


「そしてまた10000ちゃんを打つのか。他の萌え台も紹介してやろうか? 撲殺堕天使トゥィンクルエンジェルなんてお前好みだと思うんだが」


「いえ、帰ります。俺はパチンコとは絶縁します」


「まぁ、もう少し粘れ。サンダージョーの話をしてやるから」


「……なら、もう少しだけ」


 クロウが未成年への配慮など慮外で煙草を一本取り出しふかす。この世界のパチンコ屋は禁煙化されていない。天井へと煙を吐く。


「俺がこの台を打ってるとさ。サンダージョーがよく嬉しそうに話しかけてきたんだよ。面白いですかって。俺がああ、面白いって言うと、喜んで隣に座ってさ。隣でサンダーキング3000を打ちながら、開発秘話を語ったり、パチンコへの思いを一方的に語ったりしたんだよ。例えばさ――」


 クロウがサンダージョーとの思い出を語る。そこでは、サンダージョーはパチンコ台製作者に憧れる等身大の一人の少年だった。ゲームでもサンダージョーはクロウには妙に素直に従っていた。クロウの強さを認めているからだと思っていたが、ストーリー外で親交があったかららしかった。


「未だに覚えてるよ。祖父が絶対許してくれないからパチンコ台製作者の道は諦めるしかないんですけどね……とぼやいてたあいつの笑みなき横顔は。あいつはたまにそういうことをいう。そして数日後には決まって笑みを取り戻して祖父のためにはパチンコ台制作なんてしてる場合ではないなどという。洗脳されてたんじゃないかな。定期的に」


「……そうですね」


 マギサの言葉で玄咲はサンダージョーが洗脳されていた事実を初めて知った。あの異常で極端な性格の原因に洗脳という言葉はぴたりと当てはまった。違和感が解消された。だからと言って同情はしないし何度目の前に現れても殺すことに躊躇いはないが。


「あいつは屑だよ。けど、育った環境が違ったらそうはならなかったかもしれない。あいつはパチンコを愛していたんだよ。屑だけどパチンコへの愛だけは本物だったんだよ……」


「……そうですか」


 だからなんなんだろう。そんな本音、クロウの少し寂し気な横顔の前には言えなかった。玄咲は無感動にパチンコを打ち続ける。


「そういや今日はあいつの死刑執行の日か。この台ももうすぐ撤去されるだろうな。この業界、案外不謹慎って言葉に敏感だから。むしろよくまだ置いてあると思うよ」


「日陰業界ならではですね」


「俺は撤去される前にできればこの台のプレミア演出を自力で見たいんだ。俺は気に入った台はプレミアフラグ引くまで打つタイプなんだ。撤去されるまでに見れればいいんだが……」


「確率は」


「6万分の1」


「きついですね」


「まあな。だからプレミアだ。だから引き甲斐がある」


「そんなものですか」


「そんなものだ」


 クロウはきっと撤去日までにそのプレミア演出を引くことはないのだろう。なんとなくそう思いながら玄咲は玉を弾く。聞きたかったことはもう十分聞いたので、せめてあと1回転だけ回してから帰ろうと。


 パチン。パチン。


 ひょい。ポトン。


 へそに玉が入る。玄咲の心が少し弾む。なにがくるか。ワクワクと液晶を見つめる。


 その液晶から。


 プチュン。


「え?」


 突如映像が消えた。玄咲は故障を勘ぐり液晶に顔を近づける。


 そして――


『ぼぼぼぼぼ僕が神の子だァだァだァ――』


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 耳を壊すような大音声。突如液晶一杯に表示されたこの世で一番嫌いな面。玄咲は悲鳴を上げてひっくり返った。転げ落ちた椅子に座り直し、改めて画面を見てみる。玄咲が今まで見た中で一番いい笑顔のサンダージョーが液晶一杯に映っていた。完全な精神的ブラクラ画像。絶句して何も言えない。思考がフリーズする。


「――フリーズ、からの、ライジンタイム、だと? ば、ばかな、俺が引きたかったプレミア演出を、よりにもよって、俺の隣の奴が、また――!」


「え?」


 クロウが戦慄き唇を震わせている。ゲームでも見たことのない同様具合。とうとう頭を抱えてクロウは叫び出した。


「な、なんでッ! なんで俺は隣の台に座らなかったんだッ!!! 糞ッ! いつもそうだ! いつも何の台でも俺の隣の奴ばっかり俺が引きたいものをあっさりと引きやがる! 糞ッ! 糞ッ! 糞ッ! もう嫌だぁ……っ! お、俺は、現ナマで物量押しするしかできないってのによぉ……! 糞ッ! なんで、なんで俺はこんなに運が悪いんだよぉっ……!」


「……」


 どうやら今玄咲が引いたのがクロウがどうしても見たかったプレミア演出らしかった。改めて液晶を見る。ROUND1という文字の背景に物凄く良い笑顔でこちらに指を突き付けてくるサンダージョーが映っている。正気ではない演出。こんな演出に遭遇する可能性があると知っただけでもう玄咲はこの台を打つ気が未来永劫なくなった。


(この人、こんな精神的ブラクラをわざわざ金を出してまで見たがっていたのか――)


 ドン引きする玄咲の肩をクロウがガシッと掴む。凄まじく悔しそうな表情で微妙に首を捻り角度までもつけて睨んでくる。


「お前、その台、俺がやった玉で当てたよな?」


「はい」


「寄越せ」


 明確が過ぎる殺意を瞳に凝縮させてクロウは玄咲に凄んだ。生涯遭遇した中でも間違いなくトップ10に入る殺意。玄咲は気圧された。0コンマレスポンスで応じた。どうせ手放そうと思っていたので惜しくもなんともなかった。


「どうぞ」


「……はは! そうだよなー! お前はそういう奴だと信じてたぞー! はは! やったー! 俺の玉で引いたから実質俺が引いたようなもんだ! 撤去に間に合ったぞー! やったー! やったーーーー!!!」


「……」


 玄咲は黙って店を退店した。もうついていけなかった。やはりパチンコは自分には理解不能の世界だなと玄咲は店から距離を取っていく。

 

 最後に一度だけ、後ろを振り返る。


 サンダーキング3000に泣きながら台パンしているクロウの姿が目に入った。それに近寄る店員も。


「……ああはなるまい」


 玄咲はシャルナの待つラグナロク学園の帰路を辿る。もう、パチンコ&スロット店を振り返ることはなかった。


 玄咲は二度とパチンコ&スロット店に入店しないことにした。

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