168 攻略法の共有、そしてギルドで再会

 リフレイアが合流して俺達は4人パーティーとなった。

 俺、ジャンヌ、リフレイア、グレープフルーの4人である。


 たった一人増えただけだが、戦闘力という点では、かなりのものになると思う。

 俺も、ジャンヌも、リフレイアも単独でかなり戦えるからだ。魔物が複数出たときに、各個撃破できる数が増えるというのは大きい。


 俺自身の精霊術の使用も、要所でシャドウバインドやダークネスフォグを使う程度で良く、かなりの節約になるだろう。

 その分、大きな術……サモン・ダークナイトやダークコフィンなんかを使う頻度を増やしてもいいし、術レベルの低いシェードシフトを主体的に使って、熟練度上げをしてもいい。

 とにかく、人数が増えて余裕ができることだけは確かだ。

 

 それで早速2層に潜ってみたのだが――


「わかってたことだが、レーヤの戦い方も連携向きじゃないな」


 数回の戦闘を試したあと、ジャンヌはキッパリ言った。


「確かに……前に組んでた子たちにも言われてました」

「クロはこれに上手く合わせられるのか?」

「いや、リフレイアに合わせてもらってた感じだ」

「だろうな……。ふむ……」


 実際のところ、リフレイアの攻撃はデカい武器でなにもかも薙ぎ倒していく小さな嵐であり、敵と味方の区別を細かく付けるような戦い方ではない。

 俺との連携は、単純に攻撃のタイミングを合わせてもらっていただけで、連携して単独の目標に攻撃を行っていたわけではない。

 まあ、そもそも3層では、リフレイアの攻撃がクリーンヒットすれば、一撃で死ぬような魔物ばかりで、連携攻撃をする必要がなかったという事もあるが。


「私はクロと相性が悪い。レーヤは連携攻撃向きじゃない。となると、最初はあまり連携とか考えずに一人一人で戦う方式がいいか……、しばらくそれで、それぞれの戦い方を覚えて……。一対一ならほとんどの魔物には引けを取らないだろうし……。クロは戦闘指揮と統率。あと余裕があれば遊撃。あるいは補助術メインで運用する感じで……」


 ジャンヌがあごに手をやってブツブツと誰に聞かせるともない感じで喋っているが、まあ、俺の感想も同じだ。

 それぞれが強いが、俺達が連携して戦うと事故が発生しそうだ。


「じゃあ、私とヒカルでいっしょに戦って、ジャンヌさんは一人で戦う感じで……」

「いや、待て」


 結論を出そうとするリフレイアを、ジャンヌが手で制する。


「別に連携ができないと言っているわけじゃない。あくまで、現時点では無理というだけだ。せっかくパーティーを組むのに、最初から合わせることを諦めるバカがあるか。できるまでやるんだよ」

「できるまでって……」

「レーヤの連撃は強いが、無限に続けられるわけじゃない。こないだの決闘でも、5回剣を振った後は大きな隙が出来ていた。さしあたり、そこをカバーできるようにするべきだろうな」


 ジャンヌはさすがだ。志が高い。

 普通なら、現実的なほうへと流れていってしまいそうなものだが、目指しているのが常に最強の自分だからなのだろう。


「4層や5層を攻略し、さらに下層へ潜るなら個人個人がバラバラに強いだけでは必ず限界が来る。目指す形は『バラバラでも強い』『揃えばもっと強い』だ。各個撃破も、一点突破も自由自在にできるようにならなければ、一つしか無い命で迷宮を踏破することなどできるはずがない。私の見立てだが、今のままではスキュラやバジリスク、ましてピット・フィーンドなどの相手には勝ち目すらないだろう」

「じゃあ、どうするんですか?」

「そうだな……やること、やれることは多いが、とりあえずは『攻略法』を確立してしまうことだと思う。ここの職業探索者たちもそれを実行しているだろう? それだけ有効だということだ」

「攻略法って?」

「魔物ごとに戦い方を完全に決めてしまうのさ。3層専門の探索者たちは、ほぼそれだけで食ってるそうだぞ」


 探索者は3層を専門にしているパーティーが多いという話は、前に聞いた。

 暗い2層では事故が起こりやすいが、広々としている上に明るい3層では、事故の発生自体が少ないのだろう。

 ガーデンパンサーが出た時だけは、上手く逃げないと犠牲者が出る場合があるらしいが、それ以外の魔物は戦い方が確立されているとかなんとか。


「はっきり言って、この迷宮というやつは出現する魔物が決まっている上に、種類もそう多くない。魔物が成長して強くなることもほとんどないらしい。ゲームなら数十時間で完全攻略されるレベルだな」

「いや、ゲームじゃないんだから、さすがにそれはナメすぎだろ。4層の魔物は怖いぞ?」

「怖さはこの際あまり関係が無いぞ、クロ。私のやり方は逆に『最も相手をナメていない』やりかただ。クロは魔物の情報をしっかり調べてから4層に降りたか? 知らないで戦う。まして、それで負けるなんてバカのやることだよ。ゲームと違って、遊びの余地を入れられないんだから」

「それもそうか」


 なるほど、出る魔物が決まっているのだから、逆に型にハメてしまうほうが安全というわけか。

 位階という「レベル」に似た概念があるこの世界では、戦闘経験自体をたくさん積むこと。ハッキリと言ってしまえば、どれだけ多く強い魔物を殺したかが重要なのだ。

 ならば、効率を上げながら、どんどんレベルを上げてしまったほうがいい。

 その上で、個々の技術も上げていけばいいということだ。


「ただ、3層あたりで燻っていても仕方が無い。相手の強さを見ながらどんどん奥へ行きたいから……さしあたりは、レベル上げをしながら連携の練習。十分レベルが上がったら、次の層へ移り、探索をしながらその階層の魔物との戦闘方法の確立。それが済み次第またレベル上げ……と、それを繰り返す感じだな」


 ジャンヌの攻略方法は、実にシステマチックだったが、ゲームだって同じといえば同じだ。無理に先に進むのは自殺行為だし、慣れた魔物……いわゆる普通のザコ敵相手には負けないようなバランスで作られているものだ。

 この世界の迷宮も、深い場所ほど混沌が増すという性質からか、表層に近い魔物ほど弱く、その結果としてゲームのように敵の強さのバランスが保たれているのだ。

 そのゲームバランスを崩すのはせいぜい魔王くらいのもの。そして、魔王は滅多に現れないし、下層の魔王ほど弱いらしいから、あまり気にすることはないはずだ。


「クロ、レーヤ。目指すのは最強だよ。個人としてもパーティーとしてもだ。上げられるレベルはすべて上げるし、倒せる魔物はすべて倒す。最強の装備を揃えて、迷宮を踏破するんだ」


 目を爛々と輝かせたジャンヌは、まさにバトルジャンキーの名に恥じない狂気が宿っているように見えた。

 実際、ジャンヌほど高いモチベーションを持った人間でも、踏破が難しいのが迷宮という場所なのだと思う。

 5年という期限を切ったけれど、5年でどこまで進めるのか、それともその期間に到達することすらできず命を散らすことになるのか、それはわからない。

 だが、決して5年が長いというわけではないはずだ。

 そもそも、何層まであるのかだってわかってないのだから。


 ◇◆◆◆◇


 ということで、連携の練習は3層での「連携のない」狩りがある程度形になってからにしようということになった。

 2層では連携を練習するには暗すぎるし、そもそも狭い。連携の練習をするほど強い魔物がマンティスくらいしかいない。などの理由で、3層が選ばれた。

 3層なら、トロルで連携の練習ができるだろう。

 もちろんこれはレベル上げも兼ねる。俺とリフレイアは精霊術の熟練度上げも同時にやっていくことになるから、なかなか忙しいと言えるかもしれない。


 リフレイアの慣らしも兼ねて数時間2層の探索を行い、夕方ごろ外に出た。

 

 ギルドに入ると、迷宮から出てきたばかりとおぼしき探索者たちで、まあまあ混み合っていた。

 言うまでもなく、迷宮内部に時間の概念はない。同じように魔物は出るし、連中が眠ることもない。

 ……いや、俺が知らないだけで、魔物が寝たりすることもあるのかもしれないが、少なくとも俺は見たことがない。

 だが、探索を行う人間は別だ。

 朝起きて、夜眠る。そういう生活をしたいわけで、日中薄暗い迷宮に潜っていたとしても、夕方には帰ってきて、夕飯を食べて眠る。そういう生活をしている人が多い。

 そして、俺たちもそうであり、必然、この時間帯のギルドは精霊石の買い取りで混み合うのだった。


「私、行ってきましょうか?」


 俺がしかめっ面をしていたからか、リフレイアが提案してくれる。

 リフレイアと2人で組んでいた時には、彼女が一人で換金をやってくれていた。そのおかげで、ラブラブツインバードなどというイカレたパーティーネームにされていることに、ずっと気付けなかったのだが、それはさておき――


「平気だよ。もう何度もやってるし」


 そう告げて、カウンターへ。

 ジャンヌと組むことで、泣き言ばかり言っていられないと気持ちの変化が起きたからか、それとも単なる慣れか、ギルド程度の視線ならそこまで気にならなくなった。というより、みんないちいち俺のことなど気にしていないし、どちらかというと、リフレイアやジャンヌのほうに視線が集まっているからというのもあるかもしれない。


 探索者ギルドはこの周辺でもかなり大きい建物で、巨大な装備を持った探索者がうろつくからか、天井も高く、ちょっとしたホテルのロビーのような造りになっている。

 ある意味では、この場所は迷宮街の富を一手に集めている場所とも取れないこともなく、警備も厳重だし、受付嬢以外の職員はみんな元探索者なのだと、前にリフレイアから聞いた。


「お」

「よう! 久しぶりじゃん、ヒカル。元気にしてたか?」


 列に並んでいたら、横の列に新しく並んだのがアレックスたちだった。

 こないだの魔王討伐のパーティー以来だ。


「久しぶり。まあまあ、普通にやってるよ」

「そっか。最後に見た時は死にそうな顔してたから心配してたんだぜ」

「あの時はいろいろあったからな。ありがとう」


 この街ではアレックスたちは俺の数少ない顔見知りだ。

 転移者同士ということもあって、お互いになんとなく気安い雰囲気があった。もちろん、アレックスの人なつっこさに由来する部分も大いにあるのだろうけれど。

 

「アレックスさん、お久しぶりです」

「リフレイアサン! 戻っていたんですね。故郷に戻るとか言ってませんでしたっけ?」

「一度戻りました。でも実家の問題もすべて片付きましたので」

「それと……そっちの人は……って、あれ? ジャンヌ・コレット?」

「ど、どうも」


 小さく返事をして、俺の後ろにサッと隠れてしまうジャンヌ。

 いつも堂々とした彼女からは考えにくい行動だ。


「……デカい男は苦手だ。クロ、なんとかしろ」


 耳打ちするジャンヌ。

 確かに、俺とアレックスでは身長が20センチくらい違う。ジャンヌは中身オタクだし、アレックスみたいな学園カーストトップにいたようなタイプが苦手なのかもしれない。


「え? なんでジャンヌ・コレットがヒカルといっしょにいるんだ?」

「話すと長くなるんだが、いろいろあって、いっしょに迷宮探索することになったんだよ」

「そ……そうか……。いっしょに……? リフレイアさんと二人とも……?」

「そうだけど……」


 まるでお化けでも見るような目で、俺と、リフレイアと、俺の後ろに隠れたジャンヌを見るアレックス。

 そして、その後、自分のパーティーメンバーであるカニベールとジャジャルダンを見た。


「いや、おかしいだろ!? 不公平だ! トレードを要求する!」

「そうだそうだ! アレックスとリフレイアさんを交換したら丸く収まるぞ!」

「え? 俺が行く感じ!?」


 アレックスと、なぜかカニベールまでが追従する。

 ジャジャルダンも、話に入りたそうに頬を紅潮させているが、積極的には入ってこれないタイプのようだ。


「いや、トレードなんてするわけないだろ」

「そうですよ。私とヒカルは一心同体なんですよ?」

「……うるさい男は嫌いだ」


 うちは全員拒否だ。

 いや、まあ、アレックスも冗談で言っているんだろうけど……。


「くそ……なんでヒカルばっかりモテるんだ……? わからねぇ……」

「そうだそうだ。俺のほうが男前のはずなのに!」

「そんなことばっかり言ってるからじゃないかな……」


 最後の突っ込みはジャジャルダンだ。彼は一歩引いた視点を持っているらしい。

 というか、モテるモテないでいうなら、どう考えたってアレックスやカニベールのほうがモテそうだと思うけど。 

 リフレイアとの関係は、偶然俺が彼女の命を救ったからだし、ジャンヌともチームメイトとしていっしょにいるだけだし。

 俺がモテるわけがない。貧相な平均的な日本人でしかないんだから。


「それはそうとヒカル。俺達、しばらくこの街を出るんだ。迷宮が休みの間、探索以外の仕事いろいろ試しててさ、長期の護衛の仕事を請け負ったんだよ。なんと、ストラノアまでの護衛だぞ。金もなかなかいいし、宿も全部向こう持ちだ」

「ストラノアって?」

「嘘だろ!? 王都だぞ? 俺でも知ってるのに、ヒカルって真面目なわりに全然世間知らずなんだな」

「引き籠もってた時期が長いからな……」


 アレックスたちは一攫千金を目指して迷宮に潜っているパーティーで、別に最下層を目指してるわけでもないし、そこまで強くなることに執着しているわけでもないのだろう。

 アレックス以外の二人は銀等級だし、魔王討伐の実績もある。なるほど、外の仕事ができるのであれば、無理に陰鬱な迷宮内部で命を懸ける必要はない。


「ストラノアは、ジャルの実家があるから、しばらく厄介になろうと思ってる。もしかしたら、向こうのほうがいい仕事あるかもしれないから」

「そっか。気をつけろよ。護衛って山賊なんかが出るんじゃないのか? 倒せるのか?」

「えっ? いや……倒せると思う。大丈夫だろ、たぶん」

「殺し合いになるんじゃないのか? ……いや、分かってるなら、いいんだけど」


 俺の服の袖を掴んでいたジャンヌの指に力が入るのがわかった。

 ジャンヌはこの街まで一人で旅をしてきたから、いろいろあったのかもしれない。


 人間同士で殺し合いをするってのは、よほど覚悟を決めてなければ精神を消耗するはず。少なくとも、俺はできないと思う。

 迷宮の中ならば、人も魔物も死体を残すことがないから、どこか現実味がないけれど、外では死体が残るのだ。自分がやったことの結果を、真っ正面から受け止めることになる。

 平和な世界からきた俺達には難しいのではないだろうかと思う。

 アレックスは、異世界転移者であることもパーティーメンバーにペラペラと喋ってたくらい危機感が薄いタイプだから少し心配だが、カニベールとジャジャルダンが上手くやると信じよう。


「いざとなったら結界石とかもあるしな……。なんにせよ、気をつけてな」

「ヒカル達はずっと迷宮探索続けるのか? ジャンヌ・コレットも?」

「ああ。むしろ、それが目的だから。一応、ここの踏破を目標にやることになった」

「踏破って、最下層目指すってことか? すげえな……」

 

 一般的な探索者からすれば、迷宮の踏破が目的というのは珍しいものの部類に入るのだろう。実際、俺だってそんなこと考えたこともなかった。


 順番が来て、俺たちは精霊石を換金した。

 アレックス達はもう明日には街を発つのだという。


 第二弾異世界転移者が来るまで後5日――

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