167 リフレイアの合流、そして持参金

「は~い、ヒカル。こっちも美味しいよ? あ~ん」

「クロ、クロ。これもなかなか絶品だ。分けてやるぞ、ほ~れほ~れ」


 俺は今、食卓につき、二人の女性に給餌されている。

 リフレイアがいっしょに住むようになって一週間。気付いたら、日常的に食事を食べさせようとする二人によって、給餌されるようになってしまったのだ。


 しかし、我が儘な妹二人と幼少期を過ごしてきた俺にとって、こんなことは日常茶飯事である。

 こういう時は、大人しく食べる機械に徹するのが鉄則だ。

 心を無にするのだ。


「うん。美味い」

「やったぁ。これ私が買ってきたんです」

「私が買ってきたやつも、美味しいはずだ。グルメなフランス人嘘つかない」

「うん。美味い」


 無心だ。

 無心になるのだ。

 こんな恥ずかしい場面を地球の何億もの人が見ているなんて、考えてはいけない。

 意識してしまったら終わりだ。

 かといって逃れるわけにもいかない。逃げる場所もない。


 それに、彼女達は善意でやっているのだ。

 ……いや、面白がっているだけの可能性のほうが高いが……それはそれとして、悪意はない。それだけは確かだ。

 だから、大人しく享受する。それが俺の処世術だった。


 ◇◆◆◆◇


 リフレイアとジャンヌが決闘騒ぎになった次の日。

 リフレイアは母親といっしょに朝早くから家に来た。

 宿に預けてあったのか、何日か前に帰省したときと同じか、それよりもたくさんの荷物を持っている。


「それではヒカルさん。娘をよろしくお願いします。リフレイアも、よく尽くすのですよ」

「はい! アッシュバード家の誇りにかけて!」

「良い返事です。家のことはフローラがおりますから、あなたの家はもう無いものとお思いなさい」

「心得ています。お母様もお元気で」

「いやいやいや、ちょっと待って?」


 戸口で今生の別れを始めてしまう母娘。放っておいたらそのまま話が進んでしまいそうだ。俺の方も一晩考えてある程度冷静さを取り戻したが、まだイマイチよく分かっていないのだ。


「あの、リフレイアはパーティーメンバーとして家に置くということですからね? 休みも設けますし、帰郷も自由ですから」

「いいえ、ヒカルさん。迷宮踏破は生半可な覚悟では為し得ない荒行。帰る場所があるなどと考えては、かえって危険に身を晒すことになるでしょう。私も若い頃メルティアに挑んだことがありますが、4層以降はまさしく魔境……。リフレイアには不退転の覚悟が必要です。仲間の命を預かる前衛の戦士であるのなら、なおさら」

「な……なるほど……」


 荒行て……という気持ちもあるが、確かに一理ある。

 精神的な強さが、ギリギリの戦いでは紙一重の勝負を分けるということもあるのだ。

 しかし、リフレイアのお母さんも探索者やってたのか。代々聖堂騎士の家系だとは聞いていたけれど、意外といろいろあるのかもしれない。


「ヒカルさんにはご迷惑をおかけしないよう、よくよく言い聞かせておりますから、どうかここに置いてやって下さい」

「迷惑なんてことはありませんが……わかりました」

 

 ここで変に問答になるのは、俺の望むものではない。

 いずれにせよ、ここまで来てリフレイアとパーティーを組み直さないという選択肢はない。

 複雑な思いはあるが……今は一度呑み込もうと思う。少なくとも、彼女のほうの問題はすべて解決し、その上でこの選択をしたのだから。

 それにリフレイアを誘ったのはジャンヌで、俺はジャンヌと迷宮を踏破すると約束したのだから、俺に拒否権はないというのもある。


「それでは、私は戻ります。まだフローラが病み上がりですからね」

「はい。フローラにも元気でと伝えて下さい。姉はメルティアを制覇するまでは戻らないと」

「必ずや成し遂げるのですよ」


 結局、今生の別れみたいになり、リフレイア母は雑踏へと消えていった。なんだか凄まじい人だったな……。


「改めて、またよろしくね、ヒカル」

「あ、ああ」

「……ヒカル……、昨日からずっと変な顔してるけど……嬉しくないんですか? 私が戻ってきて……迷惑でした?」


 上目遣いで自信なさげにそう言うリフレイア。

 割り切れない気持ちが表に出てしまっていたらしい。

 彼女だって本当は不安なのだ。ちょっと強引で行動力があるから、勘違いしてしまうけれど。光のように輝く人だからといって、陰りがないわけじゃないのだ。


「ごめん。そんな気持ちにさせるつもりはなかったんだ。ただ……本心を言えば…………驚いたってのがほとんど。もう、本当にお前とはもう会わないつもりだったから」

「え……、ひどくありません? 私、また戻ってくるって言ってありましたよね?」

「そうだけど、聖堂騎士になるってことは、向こうで働くってことだと思ってたからさ。俺に気を遣って言ってくれてるんだなって。そうでなくても、妹さんのことも聞いてたし」

「ん……まぁ……そうですよね。私だって、家に戻っちゃったらヒカルのとこにまた戻るのは難しいかもなってくらいは思ってましたから」

「そうだろ? でも……だからさ……、嬉しいよ」


 驚いたけど、今は嬉しいと思っている俺がいるのは事実だった。

 彼女のことを見られたくないくせに、俺自身は彼女に側に居て欲しいと、本心ではそう思っていたのだろう。

 彼女に惹かれている。

 そのことは、少し離れたくらいで消え失せるような気持ちではない。


「私も……。私も、またヒカルといられることになって嬉しい。ちょっと変なことになっちゃったなって部分もあるけど、またヒカルといられるならなんでもいいから」

「でも、俺のほうの問題は別になんにも変わってないから。それだけは理解していてくれ」

「うん。ジャンヌさんから昨日聞いた。前衛としてパーティーに入るってだけだし、ヒカルもとりあえずは身構えなくていいから。ジャンヌさんにも、この家では恋愛禁止だって言われているし」


 恋愛禁止か。

 ストイックなジャンヌらしい決め事だ。俺の事情にも配慮してくれたのだろう。

 リフレイアの母親が言ったように、迷宮探索……まして、最下層まで踏破しようというのなら、それくらいの覚悟が必要ということなのかもしれない。


「それにしても、本当に驚いたんですよ? すぐに戻ってきたのに、知らない可愛い女の子といっしょにいるから。結局、どういう関係なんです?」

「ジャンヌが俺と同郷だってのは聞いただろ。少し前に彼女は俺のとこに来てさ、俺が欲しがっていた視聴率レースの景品をくれたんだよ。その対価として、彼女の迷宮探索を手伝うことになったというわけ。……もちろん、迷宮探索自体は自分の生活のためという側面もあるけどな」

「……そうだったんですか。欲しがっていたものって、死んだ人が生き返る宝珠? でしたよね? それじゃ、あのとき言っていた、ヒカルの幼なじみの人も生き返ったってことなんですか?」

「そうだよ。だから、ジャンヌには本当に返しきれないほどの恩を感じているんだ。リフレイアからすると、確かに変に見えるかもだけど、わかってほしい」

「まあ、わかりました。ヒカルは真面目ですからね。許しましょう、許しましょう。ジャンヌさんも悪い人じゃなさそうですしね」


 そう言って笑うリフレイアとの会話は、なんだかすごく久しぶりという感じがした。

 実際には一ヶ月も経ってないのだが、この世界に来てからは毎日が濃密だ。


「ところでジャンヌさんは?」

「まだ寝てる」

「え、えええ? もう8時ですよ?」

「朝に弱いタイプなんだ」


 まだジャンヌは前の世界の習慣が抜けないのか、朝になってもなかなか起きてこない。

 日の出と共に活動を開始するのがデフォルトのこの世界では、かなりの寝坊だろう。

 ちなみに俺は5時には起きるようにしている。


「ヒカル。これ」


 リフレイアが荷物を漁り、何かを取り出して俺に手渡してきた。

 革の小袋だ。ズシリと重い。


「なんだ……? お金?」

「ええ。持参金だって。後で渡せって言われてたんです」

「なに、持参金って……」


 ちょっと口から見えるだけで、金貨が数枚以上はある。


「こんなの受け取れないよ。ていうか、なんで?」

「受け取ってください。あの花、実はフローラの病気を治しただけじゃなくて、まだ何人分か治せるとかで、譲って欲しいって頼まれちゃって……それで助かる人がいるならヒカルも許してくれるだろうって、譲ってしまったんです。これはその代金ですから、ヒカルのものなんです。元々」

「そうなのか……。でもな」


 売れたからったって、あの花はあげたものだ。

 そのお金を受け取るわけにはいかないだろう。

 かといって、俺が固辞しても彼女たちは納得しないだろうことは容易に想像できた。


「じゃあ、その金でリフレイアの部屋の家具とか買おうか。装備だって、新調しなきゃいけないものもあるだろうし」

「いいんですか? それじゃあ、結局、私が使うのと同じなんじゃ……」

「パーティーメンバーの装備を買うのは、自分のためみたいなものだから。それに、パーティー共用の財布に入れて、使ったと思えばいいんじゃないかな」


 たぶん、彼女の母親もそういう意図で渡したものなのだろう。

 探索者はお金がかかる。装備もそうだし、ポーション代なんかの医療品、精霊具、さらには魔導具も買うとなれば、いくらお金があっても足りない。

 さらに上を目指すパーティーは、誰かが売った『神獣の贈り物』を買うのだという。

 神獣の贈り物は、迷宮で見つけたばかり……つまり宝珠の状態での譲渡は厳禁だが、外で『開封』した後ならば、譲渡が可能だ。

 神獣の贈り物は、誰かにとっての一点物だが、サイズが合って装備できるのならば、かなり性能が高い。

 俺が持つ『闇夜の籠手』も、実際何度か魔物の攻撃を受けているが、細かい傷がついている程度で、ほとんど劣化がない。おそらく、俺も一生使い続けると思う。


「ヒカルがいいならそれでも……いいですけど。……ありがと」


 リフレイアがコツンと俺の胸に頭を付ける。

 ふわりと良い匂いがして、つい抱きしめたくなってしまう。


「はいっ、そこ! 恋愛禁止!」


 突然の声に、すごい速度で離れるリフレイア。

 振り返ると、ジャンヌが寝間着のまま、ビシリとこちらを指さしている。

 ビビった。心臓が飛び出るかと思った……。


「ふふ、冗談だよ。あれくらいなら問題ない。おはよう、リフレイアもようこそ」

「あっ、はい! リフレイア・アッシュバード! これから、お世話になります!」

「私達は青銅級の駆け出しだ。世話になるのは私達のほうだよ。こちらこそよろしく」


 はははと軽く笑って、洗面所のほうへと歩いて行くジャンヌ。


「あ、そうだ」


 と思ったら、足を止めて言った。


「リフレイア。ちょっと長くて呼びにくいな。愛称とかないのか?」

「愛称……ちっちゃい頃は、レーヤって呼ばれてました」

「ほう、いいな。じゃあ、これから私はレーヤと呼ぶ」


 それだけ言って、顔を洗いに行ってしまうジャンヌ。

 

「……私の名前、長いですか?」

「いや、多分戦闘中に短いほうが呼びやすいからとか、そんな理由じゃないかな。俺のこともクロって呼ぶし」

「なるほど……。すごいですね、戦闘のプロかなんかだったんですか? 向こうの世界で」

「詳しいことは知らないけど。戦闘のシミュレーションは完璧だったんだと思う」


 あの世界では、戦うゲームには事欠かなかったから。


 その後、リフレイアの部屋割りを巡って一悶着あったが、それも決まり、その日はギルドでパーティー登録をしたり、家具やら生活用品を買い足したりやらで終わってしまった。

 明日からはこの新しいパーティーで迷宮に潜る。

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