163 聖堂騎士試験、および彼の浮気相手 ※リフレイア視点
ヒカルがくれた花は、テキメンに効果を現した。
乱魔病は、悪くなることこそあれ良くなることはない病だ。2年前、妹であるフローラに発症してから、彼女の身体はジワジワと蝕まれていき、1年前にはもう自分だけの力で立つこともできなくなっていたのだ。
それが、薬を飲んで2日。
たった2日で1人で立てるほどにまで回復したのだ。
もちろん、お医者様のいいつけを守り、精霊力の循環を毎日頑張って続けていたフローラ自身の努力もあっただろう。
だとしても2日だ。
お医者様が、診療日以外は、あっちへこっちへとあの花を探し回っていると言っていたが、あれだけの効果があるのならば、当然なことなのだろう。
話は前後するが、フローラに薬を飲ませた次の日。
私はヒカルとの約束を果たすために光の大神殿へと足を踏み入れていた。
光の大精霊様は、1年前と変わらぬお姿――といっても、光の化身である光の大精霊様の姿は直視することができず、黒い布越しでの謁見となる。
私が光の聖堂騎士として正式に認められるには、光の精霊術『第4の術フォトンレイ』が使えるようになっていなければならない。
ちなみに武器を使った戦闘もできる必要があるのだが、そちらの試験は1年以上前にパスしているから、残りは術のほうだけだった。
「久しいな、リフレイア・アッシュバード。研鑽を積んだな。1年前よりもずいぶんと強くなったようだ」
シルティオンの大精霊様は、メルティアの大精霊様方と違い、自然神殿に元々いらっしゃった方だ。
だからか、こういう言い方は不敬かもしれないが、とても落ち着いている。
本来、大精霊様とはこういうものらしいが、迷宮街の大精霊様方は、街作りのために強引に連れて来られて、さらに他の大精霊様がすぐ側にいるという状況にあるからか、なんというか……いつもイライラしていて、最初は驚いたものだ。
「ご無沙汰しております。今日は、聖堂騎士試験のために戻ってまいりました」
「ほう。では、見てやろう」
「よろしくお願い致します」
大精霊様が私の頭に手を乗せる。
それだけで、大精霊様方は人間の能力のほとんどを看破するのだ。
大精霊様は嘘をつかない。忖度もしない。本当のことを言うだけだ。
私の横には神官長様。いっしょに大精霊様からの言葉を聞き、私が聖堂騎士に相応しいかどうかの判断をする。
といっても、もう合格ラインに達しているのは確実だし、最悪ダメだったとしても、もう聖堂騎士になるつもりもないのだ。ヒカルには試験に落ちたと言えば、むしろ慰めてくれる可能性すらある。
だから、審判が下される場面であるにも関わらず、私は落ち着いていた。
「位階26。術は第5まで習得だな。聖堂騎士として申し分ない。正規騎士でもここまで位階を高めた者はほとんどいないはずだ」
「ありがとうございます」
大精霊様の言葉は、私の予想通りのものだった。位階も少し上がっている。魔王にトドメを刺したのが大きかったのだろう。
必要なことだけを聞き、私と神官長は大精霊様に礼をして、謁見の間を辞した。
外に出ると、顔なじみの正規騎士の方々が拍手で出迎えてくれた。
私はずっと聖堂騎士になるつもりで生きてきたし、大神殿は自分の庭のようなもの。母親も聖堂騎士だし、ここには知り合いが多い。というより、全員知り合いだ。
みんなが、私のことを祝福してくれる。
これで私は晴れて聖堂騎士の仲間入りというわけだ。
失意のどん底で逃げるように迷宮都市へと旅だった1年前からすれば嘘みたいな光景だ。
(何もかも……ヒカルと出会えたおかげね……)
ヒカルと出会っていなかったら、私は命すら失っていた。
私の収入を失って実家は完全に没落していただろうし、フローラの治療費も捻出できず、一家で路頭に迷うことになっていただろう。
(とにかく、これで約束は果たした)
1年前には夢だった聖堂騎士。
それが、今では色あせて見えるのは、ヒカルという光を知ってしまったからだった。
もう自分の中に、シルティオンに残って聖堂騎士になるという選択肢はない。
フローラの回復を待たず、明日にでも私は戻る。
私の――私だけの光の下に。
◇◆◆◆◇
――そう思っていた時期が私にもありました。
「だ……誰なの……あの鎧姿の娘は……」
「あなたも知らない子?」
「はい。ヒカルの周りに私以外には女どころか、友達だってろくにいなかったはずなのに……どうして……」
「調べる必要がありますね……」
フローラのことの礼をする必要があると、迷宮街メルティアには母も同行している。
そしてそこで予想外のことが起きた。
迷宮入り口を張ることで、思ったよりも早くヒカルを見つけることはできたのだが、まさかの女連れだったのだ。
華奢で女らしい体つきの可愛らしい女性。
大きくクリクリとした可愛らしい目と、少し跳ねたストロベリーブロンドの髪が愛らしい女の子だ。無骨な鎧姿だが、その中身が華奢で女性らしいものであることは、その所作とわずかに露わになった部分から簡単に予想ができた。
私は、一瞬、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。
私は……女としては、少し体格のいいほうだから。
あんな風に――可愛らしくないから。
それで、飛び出していくことができなかった。
怖い。
本当はヒカルはああいう女性が好きだったのかもしれないと。
私が命の恩人だからと付きまとっていたから相手をしてくれていただけで、本当は嫌だったんじゃないのかと。あの別れの理由だって、私と別れるためのこじつけで本当は嘘だったんじゃないかと。
そんな悪い想像が一瞬で頭を駆け巡る。
どうやら相手は、ヒカルと組んで迷宮に潜っているようだった。
なじみのギルド受付嬢に訊いたら教えてくれたが、詳細は言葉を濁された。私を見て、顔を青くさせていたから、なにか酷い秘密があるのかもしれない。
(ヒカル……誰とも組まないって言ってたのに……)
たった10日くらいでそれを反故にされたことに、怒りを覚えないわけでもなかった。
あんなに影のある男の子だったヒカルは、まるで憑きものが落ちたように、朗らかな笑みを浮かべて鎧姿の子と談笑している。
――あの笑顔は、私だけのものだったはずなのに。
そして、ヒカルはあろうことか、私が紹介したゴージットプレートの店に彼女を案内し、しかも高価な品をプレゼントしたようだった。
「あ……ありえない……」
「ふむ。どうやら二股……。しかし、浮気は男の甲斐性とも言いますし、私たちが彼に恩があるのは事実。彼の今の生活がどうであろうと、あなたが恩を返さねばならないことに変わりはありません」
「それはわかっています。……少し、驚いただけなので」
母にはそう言ったが、実際は天地がひっくり返るほど驚いていた。
店を出たヒカルが、なんとゴージットプレートを恭しく鎧の子に着けてあげているではないか。
こんな往来で! あのヒカルが! まさか!
あまりに強い感情が巻き起こったからだろうか、鎧の子が私に気付いたような動きを見せた。
かろうじて隠れることができたが、本来ならこの時点で顔を出すべきだったのかもしれない。
「こっ、このヒカルの浮気もの!」
その後の屋台街で、結局私は堪えきれず、そう叫びながら飛び出してしまった。
仲睦まじく食べ物を食べさせてあげる姿は、誰がどうみても恋人同士のそれにしか見えず、もう私自身なにがなんだかわからなくなってしまったのだ。
私の姿を認めた後のヒカルの狼狽えぶりは、まさに浮気の決定的証拠という感じだったが、私としては相手のほうが気になってしまっていた。
浮気相手のくせに、やけに堂々として落ち着いている。
なんというか、正妻の貫禄だ。これでは、まるで私が浮気相手みたいではないか。
実際、私が癇癪を起こしても、彼女は堂々とヒカルの所有権を主張した。
ヒカルもデレデレ……という感じではなかったが、彼女には強く出られないように見えた。
(もしかして、弱みを握られているのでは?)
そこでピンと来た。
きっとそうだ。ヒカルは底抜けにお人好しだ。あの狡賢そうな女に騙されているに違いない。
そうでなければ、ヒカルがラブラブツインバードを解散するわけがないのだ。
だが、その前に女のほうを引き剥がさねばならないのだが、この女はこの女で、ヒカルの所有権を主張するし、まさしく泥棒猫である。
悪い泥棒猫は叩き出すしかない。
「あなたに決闘を申し込みます!」
こう言えば、さすがに泥棒猫もすぐ引き下がると思ったのだが、なんと嬉しそうに彼女はこれを受けた。
チラリと見える探索者タグは青銅。探索者になったばかりだろう。
青銅でもヒカルのように強い人が、そういるはずがない。
だが、彼女はまるで負ける可能性などないかのように煽ってくる始末。私は余計に頭に来てしまった。
私だって、迷宮都市で1年間もみっちり探索者として死と隣り合わせの生活を続けてきたのだ。等級だって私のほうがずっと高い。
負けられない。
負けるはずがない。
鎧の女は、「負けたほうがなんでも言うことを聞く」などというふざけた条件を出してきた。
おそらく、自分が勝ったら私に消えろと言うつもりなのだろう。
甘く見られたものだ。
その言葉――
私が勝って、そっくりそのままお返ししてやる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます