162 決着、そして新たなる目標

「えっと……お嬢さん――リフレイアのことは、その……好ましく思ってはいます。ただ、僕自身の事情でいっしょにはいられないと、そう告げて別れたんです。ほんの10日くらい前に。なので急に結婚と言われましても寝耳に水で」

「事情というのは、あのジャンヌという子と結婚するという意味ですか」

「いえ、全然違いますけど。彼女はただのパーティーメンバーです」

「パーティーメンバー? そういう感じには見えませんでしたが……。ふむ……。では、パーティーメンバーとして使ってやってくれればいいですよ。もう煮るなり焼くなり」

「煮るなり焼くなりって……」


 ほんと、自分の娘のことをなんだと思ってるんだ? この人は……。

 いや、リフレイアは家族仲があんまり良くないみたいなことを言ってたような……。よく考えれば、聖堂騎士になれなそうだからと、迷宮に潜るってのもなかなか考えにくい理由だ。もともと、家を出たがっていたというのもあったのかもしれない。

 俺だって、妹たちのことがなければ家を出るという選択をしていただろうし……。


 俺が絶句している間にも、リフレイアとジャンヌの決闘は続いていた。

 リフレイアの攻撃は速度を上げ、間断なく打ち込まれる巨剣の連撃にさすがのジャンヌも反撃の糸口が見えないようだ。

 だが、リフレイアの攻撃も通っていない。

 ジャンヌは重装備だからリフレイア自身も思いきり攻撃を振るえるのだろうが、あんな攻撃を受けたら、プレートアーマーを身に着けていたとしても、一撃でどうにかなってしまうと思う。


 埒があかないと思ったのか、リフレイアがさらに大振りの攻撃に出る。

 ジャンヌがその攻撃に合わせ前に出て接近。

 2人は鼻を突き合わせるような距離でほぼ密着し、盾と剣でギリギリと鍔競り合いのような格好になる。

 

「――――」


 その状態で、ジャンヌが何かをぼそりと呟くのが見えた。

 リフレイアの目が見開かれる。


「――――」


 さらに、ジャンヌが何かを言い、リフレイアが唇を噛む。


「――――!」


 続く言葉で、リフレイアの膝からフッと力が抜けた。

 ガクリと膝を突き、まるで無防備な格好だ。

 だが、ジャンヌは追撃をせず、そんなリフレイアを見下ろしている。


 小声すぎて聞き取れなかったが、いったい何を言われたのだろうか。

 ジャンヌは言いにくいこともハッキリ言うタイプだが、嘘を言うタイプでもない。

 なにかショックを受けるような悪口でも言われたのだろうか。


 そんなリフレイアだったが、すぐに立ち上がった。

 いったん距離を取り、肩をふるわせながら一度剣を構え、叫んだ。


「あなたの言うそれが本当だとしたら、なおさら私はあなたを倒さねばなりません! 自分自身の未来のために!」


 これは大声だったので聞こえた。

 いや、マジでジャンヌはなにを言ったんだ?


「来い! 未来を切り開いてみせろ!」


 盾を構え直し叫ぶジャンヌ。

 こいつは完全にゲームキャラのロールプレイをしていると思う。

 正確には、この『異世界』というファンタジーな世界に来たことで、ファンタジー世界の住人としてのロールプレイに徹しているというほうが正解だろうか。

 ときどき素が出ると口調も違ったりするし、キャラを作っているのは間違いない。

 

 野次馬たちのボルテージも上がり、どっちが勝つか賭けている人までいる始末だ。俺だったら、こんなに注目されたら居心地が悪くてたまらなくなるはずだが、ジャンヌは目立ちたがり屋なのだろう。異世界転移に向いているタイプだな。


 大剣を引き摺るように下段に構え走り込んだリフレイアが、片手を前に出し、ついに切り札を切った。


「ライト!」


 瞬間、ジャンヌの眼前に出現する光そのものを圧縮した光球。

 迷宮の前は迷宮の大精霊石が放つ明かりでそこそこ明るいが、一瞬目を眩ませるには十分すぎる光量だ。

 術師はその明かりの影響を受けない。

 リフレイアからすれば術で隙を作り、一気に決めたかったのだろう。


 ――だが、結果はその逆となった。

 ジャンヌは待ってましたとばかりに光球に向けて突進し、そのまま無警戒に攻撃に移ろうとしていたリフレイアに飛びかかり、馬乗りに組み伏せた。


「嫌われ者」であるジャンヌに精霊術は効かない。

 おそらく、ジャンヌもリフレイアが精霊術を使うタイミングを狙っていたのだろう。


 俺のときと同じだ。

 ただ、俺よりも力のあるリフレイアなら、マウントポジションでもどうにかなるのでは……と思ったが、どうやら観念したらしい。

 組み伏せられた格好のまま、リフレイアはジャンヌと言葉を交わしている。

 勝った方が言うことを聞くという条件と言っていたから、その話だろうか。


 すぐに話はまとまったようで、ジャンヌがリフレイアを起こし、ホコリを払ってこちらへと歩いてくる。


「終わったようですね」

「ええ。怪我なく終わって良かったですよ……」


 終わってみればあっけない幕切れだったが、とにかくホッとしたというのが実際のところだ。

 リフレイアは冷静さを失っているようだったし、ジャンヌなら怪我をさせずに終わらせてくれると思ったが、その通りになってよかった。

 リフレイアの戦い方を事前に教えたのはフェアじゃなかったかもしれないが……。


 リフレイアは、負けたことで落ち込むかと思ったが、なんだかケロッとしている。

 ジャンヌが何か声を掛けていたから、それが理由だろうか。


「勝ったぞクロ。アタッカー、ゲットだぜ!」


 ポンと俺の肩を叩くジャンヌ。

 いや、もともとそういう話ではあったけど――


「ヒカル。私、ジャンヌさんのこと誤解してたみたい。またお世話になるけど、よろしくね」


 そう言ってぺこりと頭を下げるリフレイア。

 そのままジャンヌと合流して、談笑しながら歩いていってしまう。

 

 なんだ……? 何が起こった……?

 さっきまでキレていたのに、気付いたら仲良しに……?


「どうやら話はまとまったようですね。やはり話し合いよりも決闘による語らいが、互いの心根を知るのには一番の近道……」


 リフレイアの母親もなぜか納得顔だ。俺だけがついて行けていない。

 ていうか、決闘を話し合いの延長みたいに考えないで欲しい。普通はそんな選択肢はない。

 ジャンヌがリフレイアと母親を呼び、話しながら歩いていってしまう。

 そのまま、俺たちが借りた家へと入っていき、俺は状況について行けないまま、取り残されてしまった。


 ――そして。


 結論から言うと、リフレイアが『バトルジャンキー』にパーティーメンバー入りし、いっしょにジャンヌの迷宮攻略を手伝うということになった。

 結婚の話はとりあえず無くなったらしい。というより、こちらからその話題を蒸し返すことができなかったというのが正確なところだ。


 リフレイアは、地元に帰った次の日には聖堂騎士試験にパスして、予備隊というものに登録したのだそうだ。それで、もう彼女は正式に聖堂騎士の肩書きを得ているということになるらしい。

 俺は、聖堂騎士は神殿で働いている騎士のことをいうのかと思っていたが、どうもそういうわけでもなかったようだ。


 俺は、リフレイアと自分なりの覚悟を持って別れたつもりだった。

 だから、また一緒のパーティーを組み、しかもいっしょに住むだなんて、複雑すぎる気分だ。

 だが、ジャンヌがそうするというのに異を挟む権利があるのかという気もした。


 納得できずに難しい顔をしていたからだろうか。

 宿に戻るというリフレイアと彼女の母親、二人と別れてから、ジャンヌが訊いてきた。


「嬉しくないのか? 恋人が戻ってきたのに」


 そもそも恋人ではない……と思うのだけど、ジャンヌはメッセージで誰かからそう聞いていたのだろう。

 だとすれば、俺の態度は不思議に感じるのも当然かもしれない。


「……複雑だよ。リフレイアとは、もう会わないか、会うとしてももっと先……お互いの道を歩み始めてからになるだろうなって考えてたから」

「それはお前の思い違いだったんだろ? 彼女と話したが、全然そんな風じゃなかったし」

「思い違いというか……ちゃんと伝わってなかったんだろうな。異世界人であることとか、今も何億もの人に見られてるってこと」


 ちゃんと説明したつもりだったし、リフレイアも納得したように見えた。

 もちろん、妹の病気の件があったからというのもあるだろうし、リフレイア自身の気持ちもわかっているつもりだ。

 でも、いきなり割り切れるような事ではない。


「ま、もうどっちにしろクロにはこの件に口を挟ませるつもりはないよ。お前は私を手伝うしかないし、リフレイアにも手伝ってもらう。これは決定事項だ」

「ああ、それはわかってる。それに……リフレイアと別れた時は、本当にもうずっと1人で生きていこうって思ってたけど、ジャンヌが死者蘇生の宝珠を譲ってくれて、ちょっと強引にでも一緒に迷宮に潜るっていう目標もくれたから、すごく前向きになれてるんだ」


 自分がこんな風に、フラットな気持ちでこの世界に在ることができるなんて、一時期からは考えられないことだ。

 そのだいたいはジャンヌのおかげで、俺は彼女に頭が上がらない。


「ああ。私としても、相棒が塞ぎ込んでいるのは気分が良いものではないからな」

「そうだな」


 相棒か。ジャンヌみたいに強い人にそう言ってもらえるのは、なかなか嬉しい。

 もっと強くならなきゃな。


「それとだな、勝手に決めたことに負い目があったからというわけじゃないが、この家で恋人として振る舞うことは禁止と、リフレイアには言い含めておいた。だからクロも普通に過ごせばいい。それならば問題ないだろう?」

「いや、別にそういうことしようとか思ってたわけじゃないけど」

「なら、なおさら問題ないな。日常生活や迷宮探索も見られたくないなんて言っていたら、生きていくこともできないからな」


 リフレイアを勧誘したのはジャンヌだ。

 彼女が勝負をして勝って誘ったのだ。そういう意味では、俺とのことはまた別問題だと言えなくもない。

 俺の気持ちは……ただのわがままだが、一時期のように『なにがなんでもダメだ』とまでは思わなくなっていた。

 ジャンヌだっているし、上手くやれるのではないだろうか――と。


「もしかしたら、ちょっとギクシャクするかもだけど、リフレイアもそれで納得しているんなら、大丈夫だと思う。それに、俺たちだけじゃ3層も怪しかったってのは事実だからな」

「よし。チョロい」

「ン? チョロいって今言っただろ」

「言ってない」


 ジャンヌは微妙に俺のことをバカにしてる節があるが、だがまあ、実際バカかもしれないのは否定できない。

 でも、そう簡単には割り切ることができないのだ。


「とにかく、これで現地人の仲間ができたわけだ」

「そうだな。リフレイアは強いし、俺との連携も慣れてるからすぐ3層に行けると思う」

「それは良いな。2層は暗いから疲れるし」


 多少は連携の練習が必要だろうが、慣れればすぐに4層にも潜れるだろう。

 個人的にも、さらなる下層への期待みたいなものもある。怖いといえば怖いのだが、迷宮に魅入られているのか、それとも俺にも冒険心というものが残されていたのか、とにかくやるからには全力でやりたい。


「迷宮以外にも、私にはもう一つやりたいことがあったんだが、これでそちらも進めていける」

「やりたいことって?」

「これだよ」


 ジャンヌはステータス画面を開き、なにかを操作した。


「J'essaie d'apprendre une langue」

「え? ああ、そうか」


 ジャンヌがなにをしたのかはすぐわかった。

 異世界語の自動翻訳を切ったことで、元々の言語が表に出てきたのだ。

 フランス語は少ししかわからない。たぶん、言語を覚えたいとかそんなことを言ったんだと思う。


「Il est dangereux de trop compter sur le pouvoir que Dieu vous a donné. Si vous le perdez, vous aurez de sérieux problèmes」

「わ、悪い。フランス語は本当にちょっぴりしかわからないんだ。翻訳を入れてくれ」


 ジャンヌがステータス画面から、また異世界翻訳を入れる。


「簡単な話だ。我々の能力ってのは神から授かったものだから、急に失われる可能性があるだろ? ファンタジーもののお約束だからな。そうでなくても、このあたりの言語しか翻訳されないし、将来別のダンジョンに行った時に困ることになる。その点、一つでもこっちの言葉を覚えておけば、別の土地の言葉も少しは習得しやすいだろう」

「確かにそうだな。……考えたこともなかった。ジャンヌは凄いな」


 俺たちがこっちの人たちと言語によるコミュニケーションがとれているのは、転移時のギフトである「異世界言語」をとっているからだ。

 これは、転移された場所周辺の言語が自動で翻訳されるというギフトであり、これがなかったらこの世界で生きるハードルはかなり高かっただろう。

 だが、同時に頼りすぎているのも確かだった。神からのギフトが突然失われるかもってのは、さすがに心配のしすぎにせよ、悪い試みではない。

 リフレイアという現地の人間がいれば、習得は難しくないだろう。


「ジャンヌがさらに強くなることを望むのも、『神から贈られた力』に依存しすぎないように、自らを戒めているからなのか?」

「それもある。身についたプレイヤースキルは、レベル1に戻されたとしても腐るものじゃないし。まあ、ほとんどの能力はこの世界にもあるものだから、無くなる可能性はかなり低いとは思うが、あの神だからな。何を考えてるかわからん」

「それには俺も同意だな」


 ジャンヌはこの異世界転移をゲームのように考えているのか、それともよりリアルに考えているからこそなのか、何をすべきなのかがとてもハッキリしている。

 確かに、言葉ぐらいは現地のものを覚えるべきなのだ。便利な能力があるからと、考えすらしなかったことを俺は恥じた。


「では、なるべくこれからは異世界言語は外して生活してみるか。さっそく外してみろ。クロの日本語を聞いてみたい」

「了解」


 俺はステータス画面を開き、異世界言語をオフにした。


『妙な気分だ。自分では同じ言葉を喋ってるつもりだったけど、切ると違いがわかるな』

『コニチワー。ワタシ、ニッポンスキデス』


 ジャンヌも翻訳を切ったのか、下手くそな日本語で話しかけてくれるが、なるほどこれは不便だ。まあ、お互い英語でなら話せるから、その状態でコミュニケーション取りながら、新しい言語を覚えるのがいいか。


『Quand je suis avec toi, j'ai l'impression d'avoir des papillons dans le ventre』


 ジャンヌがニヤニヤと笑いながらフランス語で喋るが、ほとんど聞き取れない。


『I don't understand French, so please speak English(フランス語はわからないんだ。英語で頼む)』

『All right……You really don't seem to be very good at French(了解。……フランス語がわからないってのは本当だったようだな)』


 ということで、なるべく自動翻訳を切って、英語と異世界語(現地語)で喋ることになった。

 リフレイアが加入したら、迷宮のほうも3層で活動できるだろう。

 武器のほうももうすぐできるし、リフレイアのことは完全に予想の範疇を超えていたが、それでも前に向けているのは確かだ。


 ……それにしても、ジャンヌはなんて言ってリフレイアを懐柔したんだろう。

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