161 戦士と戦士、そして母と家訓
「あなたがヒカルさんですね。はじめまして、私はリフレイアの母です。この街では、あれがお世話になったようで」
「あっ、やっぱりお母さんでしたか。はじめまして、クロセ・ヒカルです」
「少し、歩きながらお話をさせていただいても?」
「え、ええ」
リフレイアの母親は、この決闘騒ぎにも全く動じていないようだ。
いや、動じてないってのは凄いな。この世界では、決闘はよくあることなのかも? ……今まで見たことはないけど。
しかし、この人も俺がジャンヌと浮気してたみたいに思っているのだろうか。
いや、そもそもリフレイアともそういう関係なのかどうかは微妙な……いや、でもリフレイアからすれば、俺は「誰ともそういう関係にはならない」とハッキリ言っていたわけで、いくらジャンヌが転移者でイレギュラーな存在なのだとしても、いっしょにいること自体が裏切りと感じてもおかしくはないのだ。
ラブラブツインバードだって解散せずに去ったくらいなのだから。
では、この人からすると俺は「娘をたぶらかした男」ということなのでは……。
そう考えると、整った涼しい顔が妙に怖く感じてくる。
なぜリフレイアがこんな早く戻ってきて結婚とか言い出したのか、聖堂騎士試験はどうなったのか、知りたいが、ちょっと訊けそうにない。
「いいんですか? 決闘……止めなくて」
結局、話のとっかかりを掴めず、俺はそう訊いた。
どう考えてもリフレイアは暴走しているし、ジャンヌはちょっと変わっているから、まともな人が仲介して止めてくれることを俺は期待している。
「止める必要はないでしょう。これからのことを考えれば序列を決めておくことは必要でしょうから」
ん?
「序列……ですか? なんの?」
「ヒカルさんも、あの子のことでご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね」
「え、いや……その。序列ってなんの……」
「…………」
口をつぐんでしまうリフレイアのお母さん。
というか、普通に「あの子をよろしく」って言ってるけど、それって結婚自体は既定事項みたいな意味なのでは……。
いや……そんなはずは……。いつものリフレイアの暴走のはず……。
しばらく、無言で歩く。
屋台街から迷宮前の広場まではすぐだ。
俺たちの後ろから、野次馬たちがぞろぞろと付いてきている。
決闘という言葉で、面白がって見に来たのだろう。
重装備の女探索者2人の決闘だ。この娯楽の少ない世界では最高の見世物だろう。
いや、本当にどうしてこうなった?
◇◆◆◆◇
ジャンヌとリフレイアの決闘が始まってしまう。
俺は最後にもう一度止めようとしたが、あえなく失敗。リフレイアの母親にまで、黙って見ていなさいと
結局、少し離れた場所でハラハラと見守るだけになってしまった。
まあ、二人とも実力者だし、そこまでヤバいことにはならないだろう。
……多分。
戦端を開いたのは、リフレイアの攻撃だった。
裂帛の気合いで打ち込まれる大剣の一撃。
リフレイアが持つ剣は、ほとんど背丈とおなじくらいのサイズであり、その重量は彼女の体重よりも上だろう。
切っ先が細くなっている一般的な剣と違い、刺突による使用はほぼ考慮されていない先重構造の剣。普通に考えたら振り回せるような代物ではないのだが、長い修行の成果か、あるいは元々力持ちだったのか、いずれにせよ彼女はあれを振り回せるだけの膂力を身に付けている。
俺は状況次第ではすぐに勝負を止められるように、こっそりとダークナイトを召喚して、待機させていた。
お互いに真剣を使っての決闘だ。いくら大癒のスクロールがあるといっても、大怪我を負うかもしれないし、最悪、即死級の事故に発展する可能性もある。
リフレイアの最初の一撃は横薙ぎの一閃で、ジャンヌの盾を狙ったものだった。
なんだかんだ言っても彼女の中に冷静な部分があるのだろう。いきなり頭や首を狙った攻撃をするようだったら、無理矢理に止めることも考慮にいれていたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
リフレイアにとっては、剣の重量を生かした一撃で相手を吹き飛ばして戦闘不能に追い込むつもりの一撃だったのだろう。
だが、激しい金属音を響かせ、ジャンヌはそれを盾で難なく受けた。
剣速と重さは尋常ではなく、わずかにノックバックするが、それだけだ。
(あれを受けられてしまったら、もうこの時点でリフレイアは不利だな)
リフレイアの持ち味は高攻撃力の武器による連撃だが、亀のように防御の硬いジャンヌとは相性が悪く、しのがれた後は隙を晒すことになるだけだ。
リフレイアの母親も、それは一目見てわかっただろう。
小さく「あの子はまだ未熟ですね」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
その後もリフレイアの攻撃は続くが、そのすべてはジャンヌの盾により巧みに防がれた。
ジャンヌは、リフレイアの攻撃を面白がっているのか、わざと攻撃を受けているように見える。
そんな2人の決闘を見ながら、リフレイアの母親は静かに口を開いた。
「ヒカルさん。娘があなたのことをあまり話したがらないので、あなたの事情を良くは知らないんです。あの花を下さったのはあなた……それは間違いありませんね?」
「花? ああ……あの光る花ですか。そうですね」
「フローラの病気のことは?」
決闘の話かと思ったが、どうやら彼女の中でそれほど重要度は高くないらしい。
フローラというのは、たしかリフレイアの妹の名前だったはず。
「重い病気だということは訊いていました」
「なるほど……」
話が見えないが、あの花で何かあったのだろうか。
リフレイアには万能薬を渡したが、あれを飲ませたが効かなかったとか、逆に副作用で余計に酷くなったとか……? 花のほうは、違う病気に効くという話だったし、あくまで光る花以上の価値はなさそうだが……。
「どうして、あの花を娘に下さったのです? 薬効を知っていたのですか?」
「いえ。妹さんの病気とは別の病に効くらしいというのは知っていましたが、あくまで手持ちに価値のあるものがなかったので、あれは餞別のつもりでした」
「リフレイアにはそれだけの価値があると?」
「価値というか……あの時、自分にはどうしても必要なものがあり、彼女に無理を言って手伝ってもらったんです。実際、魔王と戦うことになり深い傷を負い死にかけるような目にも遭わせてしまいましたから、あんな花なんかでは到底見合わなかったとは思いますが……あの花に、なにか問題があったんですか?」
価値というからには、欲しがる貴族でも現れたということだろうか。
となると、高く売れたということなのかもしれない。妹の治療費であまりお金が無いと言っていたから、それで母親同伴で戻ってきた?
「あの花で、フローラの病気は良くなりました。長い患いが嘘かのように……今日はその感謝を伝えるためと、あの子……リフレイアの事であなたに会いに来たのですよ」
どうやら今日来た理由を話してくれるつもりだったようだ。
だが、花で病が治った?
「あの花で治ったんですか? いや、そんなはずは……」
「あの子が戻ってきた日が、ちょうどお医者様のいらっしゃる日で、お医者様も驚いていました。それで、その日のうちに処方し飲ませることができたのです。フローラはたった2日で1人で立てるまでに回復しましたよ」
「そうだったんですか。おめでとうございます」
どういう経緯にせよ、病気が治ったのなら喜ばしいことだ。
あの花のアイテム鑑定の結果では、確かに別の病名が書かれていたが、リフレイアが病気の正式名を知らなかったとか、そういうことだったのかもしれない。病気の名前ってのは、けっこう俗名で覚えていたりするものだし。
どちらにせよ、俺はリフレイアの妹が治るように万能薬まで渡してあったのだから、妹の病気が治ること自体は、想定内だ。
ただ、こんなすぐに戻ってくるとは思っていなかったが、要するにお礼をしに来たということのようだ。
……リフレイアはいきなり決闘騒ぎになっているけれど。
「それで急に戻ってきたんですね。リフレイア、聖堂騎士になるって帰ったばっかだったから、驚きましたよ。あ、花のことは気にしないでください。あれで妹さんの病気が治ったのは偶然でしかありませんし、リフレイアにあげたものですから」
あの花は『特級レア素材』というやつで、あれを手に入れたことで俺は3ポイントも得ることができたのだ。
単体の達成で3ポイントも神がくれた出来事は、他には魔王の討伐くらいのもの。
本当に珍しいものだったのだろうが、あげたものはあげたもの。
それ以上でもそれ以下でもない。
「いえ、そういうわけには参りません。私たちアッシュバード家はあなたに多大なるご恩を頂いてしまいました。この恩に報いなければ、私たちは大精霊様に顔向けすることができません」
「え……そんな」
大袈裟な――と言いかけたが、リフレイアもそれが家訓だと前に言っていた記憶がある。
わざわざ母親同伴でやってきたのだ。冗談というわけではなさそうだ。
「わかりました。それではお気持ちだけ受け取っておきます」
俺は先手を打ってそう答えた。
この淡々とした母親が、なにを言い出すのかすでに予想が付いていたからだ。
「それではこの恩を返したことにはなりません。先ほどリフレイアも言っていたように、あの子をあなたに嫁がせようと――」
「いやいやいや、そんな風に返してもらう必要なんてありませんって。本当に、僕が先に恩を受けてそのお返しとして渡したものですから。それで相殺です」
「……あの子と交際していたのではなかったのですか? もし、あの子で不服ならば、妹のフローラでも――」
「ですから、そういうことではなくてですね」
さすがリフレイアの母親ということか、一筋縄ではいかない。
というか、話を聞いているようで全然聞いていない。うちの母親もそうだが、母親ってのはそういうものなのだろうか。
……いや、ナナミの母親はそうじゃなかったから、特殊な例だろうか。
なんにせよ、自分の娘をもののように扱うものじゃない。そういうのは本人の気持ちが――いや、本人もその気なのか。
じゃあ、親を味方に付けて戻ってきたってことなのか……? ひょっとして。
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