140 パーティーネーム、そしてパーティーハウス

「……さっきのは冗談だ。私とクロのパーティーなんだし、ジャンクロとかそういう方向性で――」

「ちょっと恥ずかしい気もするけど、悪くない」

「いや……もう少し捻りたいな。ジャンクロ……ジャンク……。ジャンクって英語でガラクタって意味だっけ?」


 ジャンヌの自動翻訳がどうなっているのかはよくわからないが、『ジャンク』の部分は

そのまま聞こえているんだろう。俺もそうだ。


「ジャンクはガラクタとか故障品とかって意味だな」

「ほう。私にピッタリの名前だな」

「ピッタリ!? ガラクタが?」


 ジャンヌがどういうつもりで、そんなことを言ったのかはわからなかったが、俺にとっても馴染みが良い言葉だ。故障品、ガラクタ、出来損ない……母親には、そんな風にいつも言われていたし……。

 さすがにそれをパーティー名にするというと自虐が過ぎるような気もするが、ジャンヌがそうしたいというのなら、別に問題ない。


「じゃあ、パーティー名をジャンクにする?」

「もう少し付け足そう。なんか良い言葉ないかな。私は英語にあまり詳しくないんだ」


 フランス語にすれば? とも思ったが、なにかこだわりがあるのだろう。


「がらくたは、正確には『ピース・オブ・ジャンク』って言うんじゃなかったかな。あとはジャンクの後に単語付ければ『壊れた○○』みたいな意味になる。迷惑メールなんかも、ジャンクメールって言うし」

「ふふ、ジャンクメールには私も悩まされたよ」


 ジャンクメールか。

 俺のところに届いていたものも、ジャンクメールなのだろうか。

 不特定多数へ送る迷惑メールとはまた少し違うだろうし、それを迷惑メールだと言い切れるジャンヌは強いな。


「あとは、複数系にしてジャンクスとか。あるいはジャンキー……はマズいか」

「む、ピンと来た。バトルジャンキーにしよう」

「戦闘狂?」


 なるほど、ジャンヌは『戦って戦って戦って強くなりたい』んだったな。

 戦闘狂はピッタリかもしれない。


「じゃあ、それで登録しよう」


 ある程度有名になると、真紅の小瓶みたいに名前が売れてきたりするんだろうから、あんまり適当な名前でも恥ずかしい思いをすることになるだろうが、俺達は二人共ブロンズという駆け出しパーティーだ。実力的には3層で活動できるくらいはあると思うが、それはそれとして。

 なんにせよ、パーティー名はいつでも変えられる。今は(仮)ということでもいい。


 パーティー登録を済ませてから、次の要件を切り出す。


「ギルドで、住む場所って斡旋してましたよね? 確か。少し広めの部屋を探してるんですが」

「はい。探索者向けの住居の紹介ですね…………って、ええええええ? 同棲ですか!?」

「いちいち、突っ込まないで……」


 この女性職員はゴシップネタ好きというか、あんまり真面目じゃないというか。

 いや、実際ルームシェアなんて地球の価値観というか文化で、男と女が一緒に住むとなれば、それは同棲ってことなんだろう。うーん……。


「個室が二つ以上ある大きめの物件があれば。あ、家賃は多少高くても問題ないです。例の金がありますから」

「なるほど。少々お待ち下さい」


 迷宮探索でかなり稼げるから、家賃に関しては問題ない。

 場合によっては購入という手もあるかもしれないが、根無し草の俺達が物件を買うというのも何か変な気がする。……まあ、どっちにしろそこまでの金はない。


「おい、クロ。そんなに広い部屋を借りる必要はないぞ。高く付くだろ」

「いや、さすがにそれぞれの個室は必要だし、探索者をガチでやるなら荷物も多くなるから、広いほうがいいよ。それに金には余裕があるから。まかせろ」

「そうか。なら任せる」


 俺はシャドウストレージがあるから、荷物置き場で困ることはなかった。

 だが、ジャンヌの装備はどう見たって場所を取るし、手入れだって必要だろう。

 さしあたり金の心配はないし、これからだって稼げるわけだからな。


「お待たせしました。カップル向けの物件を見繕ってきましたよ!」

「カップルじゃないです」


 女性職員がバサッと広げた物件は、文字情報しかなく、どういうものかよくわからなかった。

 まあ、俺としては条件はハッキリしている。

 水の大精霊の勢力範囲で、迷宮から近くて、神殿から離れていて、できれば銭湯が近いことくらいか。

 とすると、けっこう場所は限られている。

 というか、今の宿の近くという条件になる。


 俺がそれを伝えると、女性職員は難しい顔をした。


「一等地じゃないですか。あるにはありますが、滅茶苦茶高いですよ? 一ヶ月で銀貨20枚とか」

「本当に高いですね。宿はけっこう安いのに」


 銀貨20枚なら、今の宿に2ヶ月以上泊まっていられる。

 宿より賃貸のほうが高いということだ。


「探索者向けの宿は街から補助金が出てるんですよ。ここって探索者の街ですから」


 なるほど。銀貨20枚は確かに高いが、それなら納得だ。

 物件について、一つ一つ説明を受ける。

 アパートもあるが、総合的に考えれば庭付き一戸建てが良い。

 というか、戸建て物件普通にけっこうあるな。


「これなんていかがですか? ギルドからも近く、狭いですが庭付きです。築年数もほどほどで、精霊具も一通り備え付けられている。上級探索者向けの物件ですよ」

「良さそうですね。家賃は?」

「月に銀貨28枚ですね」


 オーガの色つき精霊石28個分だ。不可能な金額ではない。

 そう考えると、迷宮探索は本当に稼げる職だと言える。

 まあ、命の危険があるのだから当然かもだけど。


「じゃあ、見せてもらって問題なければそこにします」

「では、案内しますね」


 職員にくっ付いて、ギルドの近くにある不動産屋でカギを受け取り、物件の下見へ。

 ギルド自体が迷宮のすぐ近くにあるのだが、はたして目当ての物件は徒歩3分ほどのところにあった。確かに近い。


 石造りの2階建てで、築年数が浅いという話通りきれいだ。

 家の中も清掃されていて、さすが高級物件である。この世界のことをよく知っているわけではないが、少なくとも俺が泊まっているところは、まあまあの金額を取る宿のくせに、全体的に小汚い。俺もそれを綺麗にするというほど心に余裕がなかったから、そのまま暮らしていたが、こうして比較してみると、やはり綺麗なほうが良いなと思う。


 この物件は、部屋数も多く、2階に4部屋。一階にも2部屋ある。

 全部で6部屋もあるのは、探索者がパーティー単位で住むことを想定しているからだろう。

 地球の言葉で言えば、6LDKの物件だ。

 庭もついてこれなら、銀貨28枚は安いくらいかもしれない。

 ……いや、日本円に換算すると40~50万だから決して安くはないか。


「クロ。これはいくらなんでも広すぎるだろう。メイドでも雇わんと、掃除の手もまわらんぞ」

「雇えばいいんじゃないか?」

「ほう。日本人がみんなメイド好きという話は本当だったか。知っているぞ? フレンチメイドは邪道なのだろう?」

「……ノーコメント」


 俺にだって秘密にしたいことくらいある……。

 セリカとカレンの付き添いでメイド喫茶に行った時、俺は兄の威厳を保つためにシレッとした顔を崩さなかったけど、実はけっこうときめいていたなんて話はする必要がない。

 ちなみに、フレンチメイドは俺も邪道だと思います。


 まあ、しかしメイドというかお手伝いさんは必要かもしれない。

 金銭的に可能ならば考えてもいいだろうが、ジャンヌの言う通り、広すぎるというのは確かだ。


「他に近場でもうちょい手頃な物件ないですかね」

「ここ以外だと、けっこう離れますね。ていうか、クランハウス向けのもっと大型の物件か、そうでなければ狭いアパートか、あとは本当に街外れのほうになりますよ」

「借りるのに家賃以外にお金かかります?」

「いえ、前払いの家賃だけですね。ギルドの登録メンバーなら、私達が保証人になりますから。本当は青銅級の保証人にはならないんですけどね、ヒカルさんは実績ありますから、特別です」


 日本の役所だったら、ブロンズという時点でダメだと言いそうだが、そのあたりは杓子定規ではないようだ。というか、ただの職員の権限がけっこう強い。

 どうせ、この世界じゃ金の使いどころは装備品か探索の消耗品、あとは食費と家賃くらいだ。通信費もないし、税金はギルドで天引き。

 となると、家賃に多少金を掛けても問題あるまい。


「じゃあ、ここに決めます」

「はーい。ありがとうございます。今日からでいいですか?」

「そうですね」


 宿屋には月末分まで支払ってあるが、まあいいだろう。

 ここ以外に良い物件がないなら、迷っても仕方が無い。稼げばいいのだ。

 その気になれば俺は2層で安定して稼げる。全く問題はない。


「クロ。なかなか思い切りがいいんだな」

「迷っている時間が無駄だからな。それに、俺も宿暮らしはそろそろ終わりにしようと思ってたところだったから」

「ふぅん」

 

 そうして、俺のこの世界での新生活が始まったのだった。

 ナナミが生き返ったことで、自分でも驚くほど心が軽くなっていた。

 視聴者からの視線のことを忘れるほどではなかったが、自分よりも視聴者が多いというジャンヌがすぐ隣で平気な顔をしているから、俺もそれに引き摺られている部分もあったかもしれない。


 不動産屋で契約書を書き、家賃を一ヶ月分支払う。

 まだ貯金は金貨10枚丸々ある。


「クロ。家賃は折半だぞ。ルームシェアなんだから」

「ああ、来月から頼む。今月は俺が払っとくよ。宝珠の礼だと思ってくれ」

「あれはお前の妹からの依頼された品だから、気にする必要はないんだがな……。まあ、いいだろう。また何かの時に返す」

「ん? じゃあそうしてくれ」


 セリカが頼んだ品だからと割り切れるわけがなかった。

 俺にとっては、命に替えても手に入れたかった物なのだから。

 彼女が、迷宮を踏破するというのなら、俺はそれを最後までバックアップする。

 それが今の俺にできる恩返しというものだろう。

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