139 ジャンヌの頼み事、そしてギルド再訪

「無事にナナミは復活したそうだ。良かったな」


 ナナミを生き返らせた後、ステータスボードを確認しながらジャンヌは言った。

 おそらく誰かが実際にそれを確認したということだろう。

 わざわざメッセージでジャンヌに知らせたのは、俺がメッセージを開かないからだろうか。あるいは、ファン層の厚さの成せる業なのかもしれない。


 ……正直に言えば、ナナミが生き返ったという実感はない。

 いや……そもそも彼女が死んだという実感だってないかもしれない。

 だが、神が生き返らせたというのだから、生き返らせたのだろう。そこを疑っても仕方が無い。


 ただ、昨日とは比べものにならないくらい、心が軽くなっているのは事実だった。

 もう少し落ち着いたら、メッセージも少しずつ開いていけるような気がする。ナナミが真実を語ってくれるかどうかはわからないにせよ、いつまでもこのままでいいとは、俺自身思っているわけではないのだから。


 なんにせよ、とにかくこれで一段落だ。

 ナナミの両親……おじさんとおばさんは残念だったけれど、もしかしたらまたチャンスがあるのかもしれない。……いや、こんな奇跡は一度だけのものだろうか。


「さて、クロセ・ヒカル。これでこのクエストは終わりだから、次は私が言うことを聞いて貰う番だ」


 ステータスボードを閉じたジャンヌは、そう言ってニヤリと笑った。

 

「私の番とは?」

「こないだの勝負で私が勝っただろう? だから、言うことを聞いてもらう。勝者の特権というやつだ」

「なるほど」


 まあ、勝ち負け関係なくジャンヌの頼みなら、なんでも聞いてやりたい。

 死者蘇生の宝珠を譲ってくれたのだ。金には換えられないような宝物を。

 どれだけ感謝してもしきれないほどの恩だ。


「旅の途中で聞いたが、この街にはダンジョンがあるんだろう?」

「あるな。世界的に見ても、けっこう大きいやつらしい」

「大きいのか。ならなおさら良い。私はその迷宮を最深部まで踏破するつもりだ。クロセ・ヒカル。お前も付き合え」

「踏破って……一番下までってことか? まだ、確か第6層までしか到達してないんだぞ?」


 確か、赤髪のガーネットさん率いる『真紅の小瓶クリムゾン・バイアル』でも、第6層「暁の黄金平原」を攻略中といったところだったはず。

 そして、当然だが、その下がどこまであるのか誰にもわからないという状況だ。

 もちろん、6層や7層で終わりという可能性だってあるにはあるが……。


「なおさら良いじゃないか。私たちが最初に足を踏み入れられるってことだろ?」

「そうかもしれないが……危険だぞ……?」


 彼女が、どの程度迷宮のヤバさをわかっているのか不明だ。

 最下層へ到達するなんて、そんな簡単な目標ではない。

 真紅の小瓶の戦いを間近で見たからわかる。文字通り、人間を止めなければ到達できない――いや、人間を止めてようやくスタート地点に立てるような、そんなレベルだ。

 しかも、そんな同じくらい強い仲間をキッチリ揃えなければ無理。

 俺とジャンヌだけでは、おそらく3層ですら事故が起きるだろう。


「なんだ、怖いのか? それなら別に止めてもいいが、どうせ私は一人でも行くし」

「一人で……!? わかった。付き合うよ。俺も迷宮探索は続けるつもりだったし。ただ、ついこないだ魔王ってのが出て討伐されたばっかりだから、迷宮は立ち入り禁止だぞ。あと六日くらい」


 リフレイアといっしょに組めないと断ったことを思い出したが、ジャンヌは転移者だ。リフレイアとは条件が全く違う。

 それに、ジャンヌとは、そういう関係でもないってのもあるし。


「迷宮の踏破には、どれくらいかかると思う?」

「そうだな。現実的なことを言うなら、五年かかって無理なら諦めるとか、そんな感じじゃないか? 強いメンバーを集める必要もあるし、どこかで区切り付けなきゃヤバいと思う」


 この五年ってのも根拠のない数字だ。

 俺たちは転移者だから、おそらく五年もあればかなり強くなれると思う。

 ポイントを溜めることで、チート級のアイテムも獲得できるし、他の探索者よりもかなりアドバンテージがあると言い切っていい。

 それで五年かけてもダメなら、諦めた方がいい。そういう話だ。

 命を掛ける期間としても、そのあたりが限界だろうと思う。


 実際にはピーク年齢のことも考えれば10年は戦えるだろうが、精神が摩耗するのは間違いないし、なによりそんな生活をずっと続けるのは非現実的だ。5年も探索者を続けられるなら、貯蓄もそれなりになるだろうし、引退のことは考えておくべきだろう。

 まして、世界は広いはず。

 1つの街で1つの迷宮のことだけにすべてを費やして生きるのはバカバカしい。


「五年か……よし」


 顎に手をやって少し何かを考えていたジャンヌは、決意を秘めた瞳で俺を見た。


「クロはずっと宿暮らしだろう?」

「く、クロ!? あ、ああ。そうだけど」


 急に変な呼び方をするから驚く。クロって……犬かなんかみたいだな。


「では、部屋を借りよう。ルームシェアすれば安くあがるだろう」

「へ、へや!?」

「五年かかるんだろう? その間ずっと宿暮らしは無理だぞ。私は自室を自分好みに整えたいタイプなんだ」

「そ、それはわかるけど……。ルームシェアって……一緒に暮らすってことか?」

「そうだ。転移者同士だし丁度良かろう。どうせ全部見られているわけだし。それに……私は家事が苦手だ。クロがやってくれることを期待している」

「マジかよ……」


 そんな展開になるとは思わなかったが、ジャンヌの言うことには理屈が通っていた。

 彼女は本当にただルームメイトとして提案しているのだろう。日本人的な感覚だと、男女で一緒に住むなんて! となるが、フランスでは普通のことに違いない。

 俺自身の価値観では、さすがにどうなんだと思わないこともないが、彼女が希望しているのなら異存はない。なにより、俺は彼女にはできる限り恩を返したい。


「家事は苦手か?」

「いや……得意だ。一通りできるぞ。料理も」

「最高だ。さっそく行こう。こういうのは不動産屋か?」

「ギルドで聞けば教えてくれると思う。どうせ、探索者登録もしなきゃだろ」

「では、案内頼む」


 そういうことになった。

 いや、確かに宿からは出ようかと考えてはいたけど、こんな流れになるとは想像すらしていなかった。

 俺って流されやすいのかな……。


 ◇◆◆◆◇


 ギルドに行く前に飯を食うことにした。

 ジャンヌは意外と肉食で、なんなら俺より食べるくらいだった。ナナミより細いくらいの体格なのに、どこにそんなに入るのかというくらいだが、おそらくジャンヌは位階が高いのだろう。怪物化が進んでいるというやつだ。


 その後、ギルドへ。

 ギルドの中は閑散としていたが、通常の業務は行っており、ジャンヌの探索者登録も問題なくできた。


 彼女の戦闘スタイルは、昨日見た通り防御主体の前衛だろう。

 リフレイアは純アタッカーだったから、ジャンヌと組むとなると俺が攻撃参加する場面が増えるのかもしれない。武器は今のところ短刀で問題ないが、下層を目指すのなら、もう少し大型の武器が必要になるだろうし、なにより、俺自身の強化が不可欠となるだろう。魔王相手にはあれだけ決定的な場面を作れていながら、倒しきれなかったわけだし。


 昨日の女性職員がジャンヌに、探索者の心得を説明しているのを、俺は横で聞いていた。

 精霊石をギルドに納めるのはリフレイアにやってもらっていたから、これからは俺がやらなきゃならないだろう。

 ジャンヌは……なんとなくカレンと同じような匂いを感じるし。

 甘えるところはとことん甘えてなにもしない末っ子タイプの気配が……。


「それではパーティー名はラブラブツインバードⅡでよろしかったですね?」


 書類に必要事項を記入しながら、ボソッとそんなことを言い出す女性職員。


「いやいやいやいや、よくないですよ?」


 完全に弄られているよ!

 

「……はぁ。昨日ラブラブツインバードを解消したばかりなのに、もう今日は別の女性とパーティー結成ですから、新しい鳥を見つけてきたという意味なのかと」

「ちょ、止めて下さいよ。彼女とはそういうんじゃないんで」

「む、なんだその、ラブラブツインバードというのは」

「ヒカルさんが昨日まで別の女性と組んでいたパーティーですよ。可哀想なリフレイアさん……」

「ほう。例の恋人・・か」

「恋人じゃない」

「絶対、言いつけてやろ」


 まったく好き勝手言ってくれる。俺だってラブラブツインバードなんてアホみたいな名前で登録してるって知らなかったってのに。

 それに、言いつけるもなにも、リフレイアは聖堂騎士になるために故郷に帰ったわけで、ギルドに来ることはないだろう。

 まあ……確かに別の女性と組んだと知ったら、誤解するのは間違いないだろうけど……。


「どうする、クロ。パーティー名。『探索ガチ勢@ガイア』でいいか?」

「探索ガチ勢@ガイア!? もうちょっとなんかあるんじゃない!?」

「どういうのだ?」

「そりゃ……ザ・地球ファイターズとか……?」

「却下。ダサい」


 探索ガチ勢も似たようなもんじゃない?

 いや、俺は名付けのセンスゼロだから、案外良い名前なのか? 探索ガチ勢。

 わからん。


「やはりせっかくだからな、強そうな奴が良かろう。重鉄騎とか」

「ジャンヌは確かにそういう感じだな。重装備だし」

「レイヴンズアークなんかもいいな。あとは、雅とか……ミラージュワークスとか」

「よくわからないけど、カッコイイしいいんじゃないか?」


 ポンポン出てくるが、なにか元ネタがあるのだろうか。

 いずれにせよ、あまり変な名前でないなら、どれでもいいと思う。ラブラブツインバードと比べれば、どんな名前でもまともだ。

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