137 新しい朝、そして死者蘇生の宝珠
次の日。
ひさしぶりに清々しい朝だ。
天気にも恵まれて、何かをするには最高の日だと言えるだろう。
シャドウストレージから死者蘇生の宝珠を取り出す。
(夢じゃない)
宝珠は変わらぬ不思議な光をたたえ、手のひらの上で鈍く輝いている。
俺は宝珠をしまい、宿の外に出た。
ジャンヌとの待ち合わせの時間まで、もうすぐだが、先になにか朝飯でも買っておくべきだろうか。
いや、好みもあるだろうし、いっしょに選ぶほうがいいか。
近くの市場では、朝早くから屋台が開いているから、肉でも魚でも野菜でも選び放題だ。値段も安いし、量も多い。
味も悪くないが、どちらかというと濃い口であるし、香辛料を利かせているものなどだと、口に合わないということもあるかもしれない。
フランス人が普段どういうものを食べているのかよく知らないしな。
昨日の夜は、深酒してしまった。
ジャンヌはフランス人だからか、なんだか知らないが、やたらと酒をよく飲んだ。
俺も釣られて飲み過ぎてしまった。
未成年で飲酒なんてとか、前の世界での常識が少しは残っていたし、視聴者のことだって気になっていたけれど、ジャンヌだって同じ転移者だし、気にしても無駄だというのがあったからだろうか。
美味しい酒と、美味しい料理で、少し記憶も飛び飛びだ。
井戸水で身体を清める。
少し酒の残る頭がシャキッとする。
ついでに、昨日海水に浸かったままだった服を洗濯した。
綺麗な水を使い放題というのはこの街最大の利点で、衛生の観点から見ても素晴らしいものだ。大精霊さまさまである。
洗濯を終えた俺は、服を干した。
宿の庭に物干しがあり、宿泊客はそれを使っても良いことになっているのだ。
あとは、食事が出れば最高だが、この宿は食事は出ない。
まあ、近くにいくらでも食堂や市場があるから、勝手にやれということなのだろう。
(それにしても遅いな)
やることがないので、短刀の手入れをしたり、ブーツを磨いたりして待っていたが、一向にジャンヌは姿を見せなかった。
宝珠を渡したからと、朝から辞した……という可能性もあるのだろうか。
あのサバサバした女なら、ありえる。
俺は宿のおじさんを捕まえて、ジャンヌがもう宿を辞したのかを聞いた。
「いや、まだいると思うが。お前さんのツレなんだろ? 見てくりゃいいじゃねえか」
「なるほど」
こっちの宿は日本のホテルではない。だいたいなんでも「勝手にやれ」だ。
俺はジャンヌの部屋の扉を叩いた。
とりあえずカギは掛かっているから、まだいるようだが返事はない。
昨日はかなり飲んだから、まだダウンしてる可能性もある。
解毒剤でもクリスタルで出しておいてやったほうがいいだろうか。
何度かノックをしていると、ドタンと何かが落ちる音の後、ペタペタとした足音がして、ジャンヌが顔を出した。
「むぅ~。もう朝?」
「ああ。おはよう。二日酔いか?」
「毒耐性レベル3の私に二日酔いなどない……。ただ、久しぶりにベッドで寝たから気持ちよくて……」
「そっか」
鎧を脱いでダボダボのシャツ一枚のジャンヌは、昨日の凜々しさを忘れるほど、ただの同年代の女の子という感じがした。
シャツの袖と裾から伸びるスラッとした細い手足を見ると、ここからあれだけのパワーが生み出されるとはにわかには信じがたい。
「なぁ~に、じろじろ見ちゃって。エッチ」
「あっ、いや。ごめん」
俺は急いで扉を閉めた。
いくらなんでも寝起きの女性に対して無遠慮すぎた。
外に出てしばらく待っていると、ジャンヌは降りてきた。
昨日の鎧姿から打って変わって、ラフな服装だ。
「待たせた。どうも朝には弱くて。元々、夜型だったから」
「ベッドで寝るの久しぶりだったなら、仕方ないよ。俺も、初めてこの街に来た時はほとんど一日寝てたし」
よく覚えていないが夕方ごろに寝て、起きたら夜中だった記憶がある。たぶん30時間くらい寝ていたと思う。まあ、森で死にそうになった上に、精神的にもズタボロだったから、それくらいは当然なのかもしれない。
ジャンヌももっと寝かせてやったほうが良かっただろうか。
「それで、どうする? ナナミを生き返らせるんだろ?」
「ああ」
メッセージでセリカから朝にして欲しいと頼まれたらしいから、つまりたぶんもういつでもOKということだと思う。
あんまり、まごまごしてると昼になってしまう。
「庭でやろう」
たくさんの白いシーツが風にはためいている庭先で、俺は宝珠を取り出した。
ステータス画面を開くと、見慣れない画面が出ていた。
『死者蘇生の宝珠を使いますか? 神へ祈りを捧げよ!』
「祈りって……。どうすんだろ。おおー、神よ! 我が願い聞き届けたまえ!」
完全に適当な祈りだったが、「祈りを捧げよ」ということ自体が形式的なものだったのか、あっけなくステータスの画面がパッと切り替わった。
『あなたの願いは神に届きました。あなたにとって大切な人を一人、蘇らせることができます』
・相馬七美
・相馬仁美
・相馬幸夫
そこに並んだ三つの名前を見て、苦しいほど鼓動が早くなる。
ナナミだけじゃない。おじさんとおばさんの名前も並んでいた。
三人とも殺された。その事実を目の前に突きつけられたような気分だ。
(――ナナミ)
ただ触れるだけでいいのに指先が震えていた。
一瞬、本当に生き返らせていいのか。それは人の道に反することなのではないかという考えが脳裏に過る。
ナナミだけを生き返らせることができても、おじさんもおばさんもいないのに。
生き返って……かえって絶望するのでは……。
「どうした? もう押したのか? 他の転移者のステータスボードは見えないから、状況がわからんぞ」
「いや……まだ押してない」
あの部屋で一人で生き返って、状況もわからず戸惑うナナミを想像すると、この期に及んでそれをしていいのかわからなくなってしまった。
彼女に生き返って欲しい。その気持ちは嘘はない。
だが、それがただのエゴではないと誰が言えるだろう。
俺は自分の身の潔白を証明してくれるナナミに、ただ自分の為に生き返って欲しいだけなのでは――
「なにを心配しているかわからんが、それもこれも全部配信されているんだぞ? ナナミが生き返った後のことなんて心配する必要はない。近所の人だっているだろうし、最悪、国が保護するだろう」
「そっか……そうだよな……」
心配はある。
だが、確かに生き返った人間のことを心配しても仕方が無いかもしれない。
ナナミは転移者に選ばれていたから有名人だし、セリカやカレンだって動いてくれるかもしれない。……いや、あいつらは日本にいないから無理か。
いずれにせよ、これを使わないという選択肢はないのだ。
俺は意を決して、ステータスボードに表示された『相馬七美』の文字を押した。
『相馬七美を復活させます。よろしいですか? YES / NO 』
YESを押し込む。
ナナミ帰って来いと、心の中で呼びかけながら。
すると、手に持っていた『死者蘇生の宝珠』が宙に浮かび上がり、空気に溶けるようにバラバラの細かい輝く粒子へと還元されていくではないか。
その粒子は、ステータスボードへと吸い込まれていき、それですべての現象は終わった。
ただ、画面にはこう残されていた。
『相馬七美を復活させました』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます