3 私の事情 ③

 母のお葬式は親族だけを集めた密葬で行われた。


母の両親は遠方に住んでおり、共に高齢だということでお葬式にも参列しなかった。けれど狂気に囚われた娘のことなど、多分どうでも良かったのだろう。

何しろ私は孫でありながら、一度も祖父母に会ったことは無かったからだ。



ゴーンゴーンゴーン


教会に厳かな鐘の音が響き渡っている。

喪服に身を包み、項垂れている私は背後から声を掛けられた。


「レティ」


その声に振り向くと、黒いスーツ姿のセブランが悲しげな顔で立っていた。


「セブラン……」


「ごめん、レティ。親族だけしか参加出来ないと言われていたのに……君のことが心配だから来てしまったんだ……」


申し訳無さそうに私を見つめている。親族だけの密葬だったので、まさか来てくれるとは思わなかった。


「いいえ……そんなことないわ。……ありがとう、来てくれて……」


セブランの顔を見たら、途端に涙が溢れてきた。きっと張り詰めていた心の糸がプツリと切れてしまったのかもしれない。


「レティ……!」


セブランが強く抱きしめてくれた。


「セブラン……お母様が……お母様が亡くなってしまったわ! 最後まで私を娘だとは認識してくれないまま……!」


「可愛そうなレティ……大丈夫だよ。僕がずっと側にいてあげるから……」


私の髪を優しく撫でてくれるセブランの手が、彼の温もりが嬉しかった。そうだ、私にはまだセブランがいてくれる。

だから、大丈夫。



このときの私はセブランの愛を信じていた。


あの人達が現れるまでは――




****



 それは母が亡くなって二ヶ月後のことだった。


いつもの朝食の席で父と食事をしていると、不意に話しかけられた。


「レティシア、少し良いか?」


「はい、お父様」


滅多に父が話しかけてくることがなかったので、驚きながらも返事をする。


「今日、我が家に……新しく家族になる女性がふたり訪ねてくる。ひとりはイメルダと言う名の女性で、もうひとりはフィオナという少女だ。お前の……母と妹になる」


「え……?」


その話に耳を疑った。父からは一度も教えてもらったことはないけれど、使用人たちの噂話でイメルダと言う女性とフィオナの話は既に知っていた。

父とイメルダは恋人同士で、フィオナは私の腹違いの姉妹だということも。


「そ、そんな……お父様、嘘ですよね? まだお母様が亡くなって……二ヶ月ですよ!? 到底受け入れられるはずがありません!」


父に逆らったことのなかった私ではあったけれども、今回ばかりは流石に黙っていられなくなった。


それなのに……


「我儘を言うな、レティシア。お前はまだ母親が必要な年齢だろう? それに多分知っているだろうがフィオナはお前の腹違いの妹なのだ。ふたりが今までどれほど不自由な生活をしてきたかお前には分からないのか? あまり意地の悪いことを言うな!」


滅多に声を荒らげたことのない父に驚き、私は口を閉ざしてしまった。


「……もういい。食欲が落ちた……。いいか、レティシア。2人は午後二時に屋敷に到着予定だ。新しい家族になるのだから、出迎えはするのだぞ」


それだけ告げると、父は私を残したままダイニングルームを出ていった――

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