第8話 若き王の野心

「いつつつ…!」

魔王軍の医療室、回復魔法の使える魔族等で編成された医療チームが魔王軍にあり負傷した兵士を治療する。

その世話になるのが軍団を束ねる長というのは中々珍しいレアケースだった。

空の軍団の長バルバは海の都市王国ターウォの攻略を任され、その国へと攻め込んでいたのだが彼らは戦に敗れ傷を負って帰って来たのだ。

これまで順調に国を攻め落としてきた魔王軍が初めて国を落とせず敗走に追い込まれる、これは魔王軍の各国進軍開始から初めての事。

「…まさか、バルバがやられるなんて」

「死んだみたいに言ってねーだろうな!?生きてるからな!」

暗い雰囲気を纏った少年、クレイが言うとまるで通夜のような感じがしてバルバは自らの健在をアピールする。負傷したその身で無茶をしてはならないと後ですぐに治療に当たっている魔族達に止められるが。



「人間に少しは骨あるのが居るみたいねぇ、長を退かせる程の力なんて今まで無かったでしょうし」

女魔族のサキュバス、マリアンは楽しげに微笑んでいた。特にこのバルバの今回の負傷には驚いてはいない様子だった。





「………調査不足でした」

参謀のミナは静かに呟くように言う、表情に変化は特に無く冷静沈着に思えるが今回ミナはターウォの騎士団の士気が国王の死で下がっていると読みバルバ達の奇襲で落とせる。そう踏んでいたのだが想定していなかったターウォの奮闘。バルバの敗北、これを読みきれなかった事に責任を感じているかもしれない。

「そんな責任感じる事も無いさ、ミナの想定を超える事がターウォの方に短期間で起きた。そういう事なんだろう」

今回のこの敗走、魔王であるシュウはこれにどう思っているのか。少なくともミナに責任は無いと、誰も悪い訳ではないというのを皆に伝える。

「申し訳ございません、あれから更に詳しくターウォを調べたのですがターウォの前国王ターレンの死後、王位を継いだのは彼の息子であるレオン。僅か11歳の子供ながら亡き国王の後に国を立て直した手腕が評価されているそうです」

「11歳で……今の子供はこの時代優秀な者が案外多いのだろうか」

カリアはシュウとクレイ、それぞれの顔を見た。彼らも見た目は少年であり魔王と団長を務める、彼らが特殊過ぎるだけかもしれないがこうも続くとこの時代は子供の方が大人より優秀な者の方が実は意外と多いのかもしれない。



「ああくそ!傷が治ったらすぐターウォに攻め込んでやる!借りを返してやらねえと!」

人間に不覚をとってバルバは気が立っているらしく、自分を倒した者へリベンジを果たしに行かなければ気がすまなさそうだ。

「少しは落ち着いた方が良いよ、バルバ」

「んな事言ってもよぉ!」





「……聞こえなかったのか?落ち着け、と言っているんだ」

「!」


一時はシュウの言葉でも止まらなかったバルバ、しかしシュウは彼をひと睨みして少し言葉を厳しめにするとそれだけでバルバは身体をビクッと震え上がらせてそれで彼の怒りは沈められた。


魔王としての一喝、これを受けて同じ魔王軍で止まらない者はまずいないだろう。


このままバルバを向かわせれば彼は傷が満足に癒えぬ状態のまま戦う、そんな身体で一度は敗れた相手に勝てるとは思えない。それどころか最悪の場合今度こそバルバは命を落とすかもしれない。そんな事はシュウはさせる訳にはいかなかった。



「も、申し訳ありません…!」

バルバはシュウへとこうべを垂れて謝る。頭に血が上っていたとはいえ魔王に対して暴言を吐いた事は悪いと思っての謝罪だ。

「キミがプライドが高く人間に遅れを取った事が許せないのは分かるが、これは個人の戦いじゃない。…最後に立っていて笑っている方が勝者だ。一時の勝ちぐらい少しは向こうにくれてやれ、と考えればまだ気が楽になれるだろ?」

「はっ…!」

魔王軍は今回負けたからと言ってそれで終わりではない、一つの軍が一度敗北を喫したからといってそれで進軍が止まるという事は無い。

数多くある戦いの内の一つで今回は人間側が勝利した。魔王軍が負けたと言っても空の軍団の長バルバは負傷したが健在、空の軍団も多くの兵を失った訳ではない。

負けはしたが大きな損失とはなっていない、今のターウォがどういう状態なのかも知る事が出来たので+となる部分もかなりあった。

「それでバルバ、ターウォがいくら前よりも強国になったからと言って長であるキミがその辺りの人間に遅れを取る事は早々無い。…腕の立つ誰かが居たんじゃないか?」

ゼッド程に白兵戦を得意としている訳ではない、ただ強襲といった機動力を使った作戦、戦いに関してはバルバが上だ。彼も長、その戦闘能力はかなりの物のはず。

そんなバルバの強襲を撃ち破って彼に負傷を負わせる程の者など早々いないものだ。



「ターウォを襲った時、俺の前に一人。銀色の鎧を纏った騎士の野郎が立ち塞がった、そんな騎士一人ぐらい軽くぶった斬れると舐めてかかって行った事もあるかもしれねぇが……あいつは強ぇ。剣の腕ならあんたにも負けないかもな勇者さんよ」

バルバが見た相手、銀色の鎧の騎士。その相手と剣を交えたという、強さを思い返すと剣の腕に関してカリアの剣の腕を見てきたバルバからしても劣らないであろうと。

人類の希望である勇者カリア、その剣の腕は人間の中で1、2を争う程だがそのカリアと同等の強さを持つのかもしれない銀色の鎧騎士。

シュウはそういった人間に心当たりは無い、何か知らないかとシュウはミナへと視線を向けるが彼女も首を小さく横に振りデータに無い様子だった。



「カリア…テシの時みたいに実はキミの知り合い、という事は無いかな?」

「それほどの腕の立つ騎士に覚えは無いな、私は知らない」

もしかしたらカリアが何か知っているのかもしれないとシュウは尋ねるがカリアも騎士については知らないようだ。




「ふむ……ひとまず各自身体を休めつつ、ターウォを後回しにして他の拠点から行った方がいいか」

「分かりました。改めてルートを調べてまいります」

ターウォの攻略は今は難しいと見て無理に攻め込むような事はせず後回しの選択をシュウは選び、ミナは別ルートからの進軍を調べる仕事へと取り掛かりに医務室を真っ先に出て行った。







魔王軍がターウォ攻略に失敗し、足踏みをしている間。人間側の方では各国の王が集まり会議が行われていた。

その場所はヴァント王国の会議室、大国の会議室とあって煌びやかで大きな部屋であり豪華だ。此処に王達と実力者が集い、その中には先日魔王軍の空の軍団を退けたターウォの新たなる王レオン、そしてバルバを撃ち破った銀色の騎士、ホルクもその場に居た。

各国が集い、その連携と兵力を更に高めて魔王軍に対抗しようという事だろう。





「さて、会議の前に……ターウォの新たなる若き王レオンに英雄ホルクよ。この度の魔王軍撃退は見事なものであった」

ヴァント王国の国王ベーザは中央の席に座り、正面の席に座るレオン。その傍らに立つホルクへと魔王軍撃退に対しての言葉を送った。

「うむうむ、思えば前国王のターレン殿が亡くなり国はどうなるのかと心配しておったが流石はターレン殿だ。このような立派な後継者を育て上げていたとは」

「海の優れた騎士達に加えてホルク殿のような腕の立つ者も来てくれて、そして実際に魔王軍の者共を退けたのだからたいしたものよ」

ベーザに続き各国の王も賞賛の言葉をレオン、ホルクへと送る。


「ありがとうございます」

これにレオンは言葉少なめに頭を下げて礼の言葉を述べた。




「(……最初に俺が王になった時は子供に王が務まるか、とかこんな子供が国を統べるなど出来るものかと散々バカにしてきておいて、フン…いざこうして手柄を立てればすぐに掌を返して来る…権力しか無い雑魚ジジイ共が。こっちでお前らを守ってやっておいて何だその上から目線は、むしろお前らがこうべを垂れろ)」

その内心でレオンは目の前に居る王達の事を散々罵っている、彼は最初から信用されていた訳ではない。父親のターレンが亡くなり王になった当初は見下されてきた。それが今はどうだ、脅威となる魔王軍を退ければすぐに掌返して擦り寄って来る。


とりあえず国同士の交流の事もあるので表面上レオンは友好的に振舞っているが、この権力者の年寄りどもを好き好んで守った訳ではない。なんだったら彼らが魔物に食い殺されようが知った事ではない。

ただ自分達の国を守っただけだ。自分達の国が滅ぼされるなら戦う、そして撃破した。ただそれだけの事だった。

こうなるとこの先の結末は見えている、魔王軍が来た時だけ都合良く頼り用がなくなれば邪魔者扱い。国を統べる者ではあるがこの連中はそんな器ではない。平和になったらなったで間違いなく害となるのは目の前に居る欲の塊とも言える権力者達だ。


こいつらよりも俺の方が国を、そして世界を纏めた方が良いのではないかと思えてくる。レオンの中でそんな不満ばかりが渦巻いていた。

このまま魔王軍を倒して平和を得たとしてもそれは権力者にとっての平和であり自分達の平和ではない、と。




「さて、それでは会議を始めるとしよう。魔王軍は今回の敗走によって勢いは削がれているはずだ、これを好機と見て一気に総攻撃を仕掛けるべきか各国の精鋭達を集結させて最大戦力を整える時間に費やすべきか…」

ベーザの言葉から会議は始まる、魔王軍の今回の敗走は全員が知っており早々には進軍して来ないだろうと見ていた。この時間を利用して戦力を揃えるのかそれか追撃を仕掛けて一気に魔王軍を叩き潰すべきかと。


「滅多に無い好機だ!此処を逃せば次は何時になるのか分からん、攻める時だろう!」

「いや、まだ魔王軍の軍団の一角を倒したに過ぎん!此処は慎重になってこちらの力を蓄える方に時間を費やすべきだ!」


追撃するべきだという意見があれば戦力を整えるべきだという意見もあり、二つの意見で真っ二つに分かれる。

ベーザはこれにううむ、と腕を組み目を閉じて悩む。

どちらも譲らずこれでは平行線を行くのみで時間はどんどんと過ぎて行く事だろう。


そこにレオンが手を挙げて意見を言う。

「こちらに案があります」

「ほう?述べてみよ」

今回の魔王軍撃退の功績のおかげでレオンの案をベーザは聞くつもりのようで、他の者達もその意見に耳を傾ける。




「あえて…魔王軍の軍門に下ります」

「!?」

レオンの突然の意見、この衝撃的な発言に会議室全体がざわつき、どよめいた。勝利を掴み取ったはずのターウォの若き王が何を言ってるんだと耳を疑うような言葉だ。


「何を言っているのだ!?勝利したというのにそれで魔王軍の軍門に下るなど、我々に対する裏切りにも程が…!」

「それです」

「え?」

一人が裏切りだと激昂し、猛反対していく。これにレオンは今の発言した者へと視線を向けて言うとその者は呆気にとられる。



「我々ターウォは魔王軍を退けた、それほどの存在は魔王軍の方でも無視出来ない程でしょう。そんな自分達が魔王軍の軍門に下り人間側を裏切る、と大半思う事でしょうね。その心理を利用します」

「つまり……スパイ工作という事か?我々を裏切った、そう見せかけて魔王軍の懐に入り込むと」

「ええ、魔王軍は強力な人間の助力を得られたと浮かれると思います。それで勢いに乗って進軍を再び再開する。その時に……我々は魔王軍を裏切り、隙をついて皆さんで連中を袋の鼠に追い込めて倒す。という訳です」



「奇策だが、うむ………中々それは面白いかもしれん。それでその兵力は?」

「無論、我々ターウォが引き受けます。皆さんには一切の手間も迷惑もございませんよ」

「ではこちらはその時に備えて兵力増強に専念すれば良いという事か!よし、その案で行こう!」

各国は余計な兵力を割かなくていい、やる事はレオン達の方が大変で自分達の方が楽だと分かれば皆がそのレオンの案に賛成。ベーザも反対は無く、その作戦で決定されようとしていた。


「いやはや、その年で中々えげつない作戦を思いつくものだ!これで魔王軍も終わりだなハッハッハ!!」

権力者はこれで魔王軍は終わりだと呑気に笑っている。そしてその笑ってる姿に顔を伏せてレオンは口元に笑みを浮かべている。





会議は終わり、レオンは一足先にホルクと共に会議室を出て長い廊下を歩いていた。

「……レオン様。魔王軍の軍門に下り騙し討ちの作戦、これで魔王軍を一網打尽…出来るのでしょうか?」

「上手くいかなかったら臨機応変に作戦を変えていく。そこまで魔王軍も馬鹿ではないだろうし、とりあえずこれで作戦の方はこっちに任された」

ホルクはこれで魔王軍を滅ぼせるのかと疑問に思ったがレオンもこれで絶対行けると思っている訳ではないようで、その時の流れで作戦は変えていくつもりだ。



「ホルク。一つ聞く、お前はあの各国の王に尊敬し、仕えたいと思ったか?」

「いえ。尊敬とは程遠く己の欲しか考えないような王に仕える気にはなれません」

「だろうね、俺もそんな連中とは付き合いたくない。ああいうのはいずれ民に刺されるようで良い死に方はしそうに無いだろうし」

レオンと同じようにホルクも各国の王にはあまり良い印象は持っておらず、彼のような優秀な騎士はターウォから引き抜き自分達の騎士団へ欲するだろうがホルクはそういう王に仕える気は無く話があっても十中八九断るだろう。


「だから常々思ってたんだよ、いっその事今脅威となっている魔王軍もろとも消え失せてくれればどれだけ気が楽なのか…てな」

「レオン様、まさか……」

ホルクはレオンの考えが分かった。それは少年とは思えぬ残酷な考えだった。




「ジジイ共にこの世界を統べられるか、奴らも纏めて…消えてもらおうぜ?」



野心に満ちた少年の不敵な笑み、このまま彼は魔王軍を倒して世界を平和にはせず各国の実力者をこの戦いを利用して葬り去ろうとしている。


まるでこの世界を統べるのは各国の王でも魔王軍でもなく俺だと言わんばかりに。


人間達と魔王軍の戦い、そこに新たな第三勢力がこの戦いをどう動かすのか……。

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