第14話 『 アマガミさんと異名 』

 智景ちかげ天刈あまがいがセットでいる光景が、クラスの中で見慣れた光景になりつつある。


「おいボッチ。次の授業ってなんだ?」

「次は世界史だよ」

「うえぇ。絶対寝る」

「寝たら起こしてあげるよ」

「んな面倒なことしなくていいっつの」

「でもそろそろ中間テストだよ?」

「もっと最悪だ⁉」


 皆その光景が異質だとは思いながらも、余計な口は挟まず見守っていた。

 よく言えば智景を信用していて、悪く言えば被弾を避けたい傍観者。

 ここ数日どうにかして智景と天刈を引き剝がしたい俺は、二人の邪魔者。


「くっそ。なんでこんなイライラしてんだ俺は」


 授業中も、そして下校中も、俺はずっとやり場のない怒りをどこにも発散することができずにいた。

 たまたま足元に落ちていた空き缶を蹴っても、この鬱憤うっぷんが晴れることはなく。

 不意に立ち止まった公園でぶらんこを漕ぎながら、夕焼けと夜空が入り混じるの景色を茫然と眺めた。


「……そもそも、なんで急に距離なんか縮まってんだよ」


 数週間前ではあの二人に接点なんてなかったはずだ。あるとすれば席が隣同士くらい。

 それも十分に距離が縮まる理由ではありそうだが、あの群れることを嫌がる天刈だ。些細なきっかけ程度で相手に気を許すとは到底思えない。

 あるとすれば、ボッチがやたら積極的に天刈に関わりにいったくらいか。それしか思いつかん。


「アイツは天然なところあるからなぁ」


 智景は抜けていないようで抜けている性格をしている。例えば、相手が超怖いヤンキーでも、まだ自分に敵意を向けていないから関わっても平気という理由で話しかけにいく。

 そして、アイツは天性のコミュニケーション能力と聖母の如く穏やかさで見事に相手と打ち解けてしまうのだ。

 そういう意味では、天刈は被害者なのかもしれない。智景という男に目を付けられたが最後、誰しもがあの男と仲良くならざるをえなくなる。


 しかし、それ故に危険なのだ。


「……よりによってヤンキーと仲良くなるとか、本当にありえねぇ」


 そこが智景が天然である由来なのだ。地雷原にすたすたと向かって、その地雷を回収して笑顔でこっちに持ってこられる身としてはたまったもんじゃない。

 現に、天刈と関係を持ったことで周囲が智景を見る目が少し変わった。

 端的にいえば、周囲から危険視されるようになった。

 無論アイツの性格を中学から知っている俺、遊李、誠二、そして他の元同級生たちはそんなことはない。また面倒ごとを持って来やがった、くらいの感覚だ。


 しかし、高校から関わりを持つようになった生徒たちは違う。わずかに智景と距離を置き始めている。

 当然だろう。ヤンキーと関わってる人間なんて、同類とみなされるに決まってる。

 そして、それを当の本人が気にしていないのも問題の一つだ。

 アイツは周囲と距離を置かれ始めていることに察していながら、それでも天刈と一緒にいることを望んでいる。


「まさか智景のやつ。本当に天刈のこと好き……いやない。それだけは絶対。つーかそれだけは勘弁してくれ」


 智景が天刈に恋してるとか、想像するだけで背筋が震える。

 俺が決めていいことではないということは分かってるし、他人の恋愛に口を挟むなんてナンセンスだと分かっている。でも、天刈だけはない。アイツにはもっとこう、

優しい性格の女の子が合ってると思うんだ。優しくて笑顔が可憐な、そうだな。同じ学級委員長の萌佳とかが智景には合ってる気がする。

 それは素敵なカップルだな! と思わず興奮する俺。しかし、それと同時に智景と天刈が腕を組んでる光景も想像してしまって吐き気がした。なんだこれ悪夢かっ。


「……はぁ。ほんと、なんで天刈なんかと関係持っちまったんだアイツ」


 俺がもっとアイツと教室で話していたらこんなことにはならなかったのだろうか。

 俺がもっと早くに二人の変化に気付いて、先んじて釘を刺しておけばこうはならなかったのだろうか。


 後悔は募るばかり。


 放っておくのが最善なのだろうが、大事な友達だからこそ、放っておくわけにもいかない。

 しかし、既に親交が深まっている二人を引き裂く方法も思いつかない。

 途方に暮れる俺。しかし、その時だった。――奇跡が舞い降りたのは。


「……ん? あれって天刈? 誰かといるな」


 ふと揉めているような会話が聞こえてそっちに顔を振り向かせると、数十メートル先からでも目立つ金髪を捉えた。

 徐々にくっきりと輪郭を捉えていくと、それが天刈であることが確定した。そして、彼女を囲むように制服を着た男子生徒が数名いる。


 ――直感的に嫌な予感がした。


「こっちに向かってくる……やべ!」


 天刈と見知らぬ男子高校生がこちらに向かってくるのを察知して、俺は慌ててブランコから離れて近くの木に隠れた。

 それから天刈たちに気付かれぬよう、木影からこっそり顔を覗かせる。


「何か話してんな。ここからじゃ全然聞こえねぇ」


 しかしお互いに険悪な雰囲気なのは伝わった。

 そして、次の瞬間。


「オラァァァ!」

「――おわっ⁉」


 それはまるで開戦を報せるような雄叫びだった。それと同時に天刈と対面する男が拳を振り下ろす。

 それを容易く避けた天刈がカウンターを喰らわせ、蹲ったところに追撃と膝蹴りを浴びせた。


「うわめっちゃ痛そ……じゃなくてこれ喧嘩だよな⁉」


 おそらく、いや十中八九そうだ。

 生の喧嘩ってやつを初めて見た。

 ドラマや漫画ではよく見る光景が、今自分の目の前で繰り広げている。その光景には感動なんてものは一切なく、ただただ恐怖だけが俺を支配していた。

 足が、ガクガクと震える。

 これが、本物の喧嘩。

 一体多数。しかも男数人に対して女子一人。傍から見れば劣勢、負け確定でしかない状況。けれど、


「……マジかよ」


 天刈は、そんな圧倒的不利な状況をものともせず次々と男たちをねじ伏せていった。


「甘ぇんだよ‼」

「「ごはあっ⁉」」


 背後に目でもついているかのように後ろからの殴打を避け、回し蹴りを浴びせる。

 二人がかりで天刈に攻撃を仕掛けるも、その拳を両手で受け止めるとそのままぶん投げた。自分より頭一つ以上身長のある相手を容易くだ。


「――バケモンだ、あの女」


 天刈は血に飢えた獣のように赤い瞳を狂気に光らせ、戦いを楽しむように笑っていた。

 瞬く間に戦場と化した公園は、ものの数分で天刈一人の手によって惨状へと変わり果てた。


「ふぃぃぃ。ザコだなお前ら。二度とあたしに歯向かうんじゃねえぞ」

「「――――」」


 天刈は、自分より大きな男たちに怖気づくことなく挑み、そして悉くねじ伏せた。

 ぱんぱん、と土埃を払うように天刈が手を叩き、そして倒れる男たちを睥睨しながら去っていった。


 ――あれが、『スカーレット・ブロー』。


 なぜ彼女がそんな異名を名付けられたのか、俺はこの喧嘩をみてようやく納得した。

 あれは、俺たち凡人が関わってはいけない女だ。住む世界が違う。

 一人。木陰で震える俺は、しかし確かな決意を瞳にはらんで誓う。


「――絶対に引き剥がしてやるからな」


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