第11話
「富田くん? 同じ中学校だったよ」
恋の相談をしたのも、やっぱり瑞姫だった。図書室の隅の机に、わたしたちは並んで座っていた。
去年の夏休み明けごろ、真奈美に彼氏ができたと発覚したそのころには、わたしと瑞姫はもういまと同じような関係を築いていた。わたしが真奈美への劣等感を打ち明けると、「わたしも感じるよ、そういうの」と瑞姫は同調してくれた。本音で話せる関係はとても心地よい。
そして、わたしは彼女に自説を披露した。「富田祐斗って男子がいて」と語ったときに、瑞姫は祐斗と同じ中学校に通っていたことを明かした。
「え、本当?」
「うん、本当。一回も同じクラスにはならなかったんだけどね」
「なぁんだ。じゃあ、よく知らないんだ」
「全く知らないってわけじゃないけどね」
「廊下ですれ違ったことがあるってくらいでしょ?」
瑞姫が男子と喋っているところなど想像できない。同じクラスでないのならば、なおのことである。
「ううん。同じ部活だった」
「えっ? 瑞姫、バドミントン部だったの?」
「『だったの?』って、いまでもそうだよ」
「うそ」
「本当。今日は図書室でサボってるけどね」
出会って約半年。夏休み前にはそこそこ喋る間柄になっていたのに、わたしは瑞姫が部活に所属していることを知らなかった。しかも、文化系じゃなく、運動系の部活。意外だった。
「じゃあ、三年半も富田くんを見てるわけじゃん」
「そうだよ。見てるだけだけど」
「話したことは?」
「ない。記憶の限りない。シャトル拾って投げたことくらいはあるかも」
「じゃあ、どんな人か全然知らないんじゃん」
「ううん。わかるよ」
「見てるだけで?」
「そりゃそうだよ。中一の秋にはもうレギュラーになるくらい強かったけど、バドミントン用の練習着なんか買わずに、ずっと学校の体操服で練習に来てた。シューズも最初に買ったのを三年間ずっと使ってたし、ラケットだってそのままだった。友達にそのこと言われても、『道具じゃなくて実力で勝負してるんだよ』って言う変わり者。強い人ほどラケットとか買い替えるの好きなのにね。成績も良かったっぽいけど、なんでか明真に来てるし。女子と喋ってるところはほとんど見たことないな。部長だったからだろうけど、練習メニュー決めるのに副部長の女子と喋ってたくらい」
「よく見てるね」
「そりゃ見るよ。エースで、部長で、顧問の先生が未経験者だったから富田くんが自分で練習メニュー組んでたんだよ。図書室で練習本の購入願い出して、情報室のプリンターで勝手にコピーして冊子にしたやつを持ち込んでた。あれだけ熱心になれるのは正直羨ましい。まぁ、才能があるから熱も入るんだろうけどね」
瑞姫は冷笑を浮かべる。ひねくれたやつだけど、わたしはそのひねくれ方が好きだ。
「部活に熱心なのは分かったけどさ、これは恋愛相談なわけ」
わたしはとりあえず、話を本題に戻した。
「彼女がいるって話は聞いたことないけどな。わたしの情報網の範囲でだけど」
にやりと笑う瑞姫。あけすけな自嘲にわたしもついにやけてしまった。
「全然意味ない情報網じゃん。やっぱり、瑞姫に相談したって仕方ないか」
「そうかもねぇ」
瑞姫は軽薄な口調でそう言いながら、ゆったりとした動作で横を向き、窓の外を眺めやった。瑞姫が窓に視線を向けたまま黙っているので、わたしは立ちあがり、窓ガラスに手をついて中庭を見下ろした。三年生の集団が二人一組になって、畳一枚ほどの大きさの木板を運んでいる。文化祭が週末に迫っていた。
「文化祭、誘ってみたら? 『一緒に回りませんか?』って」
瑞姫がささやくような声で言った。いつの間にか隣に立っている。
「いきなり?」
わたしは驚いて、図書室にそぐわない声量で返事をしてしまう。
「わたしがいまハマってる小説ではそういう展開だけど」
「小説の話じゃん」
「じゃあ、それ以外にいい方法あるの?」
瑞姫が挑発的な目で見てくる。こんな態度、わたしにしかとらないし、とれないんだろうなと思うと、わたしはちょっとした優越感と、瑞姫への憐みを覚えた。瑞姫は絶対、「フツー」グループにも入れない。なんとなくだけど、確信してる。
「ないよ。だから相談してるのに」
そういう内心を隠しながらも、質問の答えとしては素直な言葉をわたしは選んだ。
「やってみたら? 断る性格じゃないと思うよ。それに、」
淡々とした話し方の瑞姫にしては珍しく、それに、のあとに「溜め」をつくってきた。
「それに?」
わたしは付き合ってやることにする。
「それに、文化祭がきっかけで付き合うのって、いい感じのストーリーじゃない?」
自分の口角が思わず上がってしまうのをわたしは感じてしまう。確かにその通り。
「夏休み、美術部の活動を通じて」に対抗するならば、「文化祭がきっかけで」は冴えた案に違いない。
その次の日、わたしは祐斗を誘ってみた。きっかけがつかめないのと緊張するのとで直接言うことができず、スマートフォンの力を頼ることにした。決心がつかなくて、文字を打つ手が震えて、夜の十時になってようやく送ったら、あっさり承諾されてしまったことをわたしは一生忘れないと思う。いまのところ、人生で二番目に緊張した瞬間だ。
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