第10話
放課後、わたしはテニス部をサボって図書室に行った。
金曜日の担当図書委員は一年生と三年生だから、二年生のわたしがテニス部をサボっていることがばれる可能性は低い。それでも、わたしはカウンターから顔を背けつつ、うつむきがちに図書室の隅へと逃げこんだ。
明真学園高校の図書室はとても物分かりがよくて、図書室の中心付近に加えて、隅のほうにも机が置いてあった。中心付近の机は、自習したりまっとうな調べものをするのに使われたりしている。隅のほうの机は、わたしみたいな生徒が読書したり、スマートフォンをいじったりするのに使われる。
わたしは隅のほうの机の、そのまた一番隅の席に腰かけてスマートフォンをカバンから取り出した。アプリを起動して宮沢瑞姫にメッセージを送る。「振られちゃったよ」。
友達にも言ってないけど、わたしは本が結構好きだ。ジャンル問わず、なんでも読む。だから、寂しくなったり、悲しくなったりしたら、よく図書室に足を運ぶ。悩み事があるとき、友達はよく母親に相談すると言うけれど、わたしには到底信じられないことだった。
だって、ママはわたしに、フツーの女の子でいて欲しいと思ってるから。
お洒落に気を使ったり、部活を頑張ったり、友達とふざけあったりするような青春を送る、フツーの女の子。しつこく聞いてくるので、仕方がなく彼氏がいることを明かしたら、満面の笑みを浮かべて茶化してきた。
いやらしい満面の笑み。ママにとっては、娘に彼氏ができて、それを茶化して、娘は恥ずかしがりながらも喜んでいるということがフツーで嬉しいのだ。いや、ちょっとプレミアムなフツーなのかもしれない。あのときのママのはしゃぎようときたら、これまでにないくらい嫌悪感を覚えるものだった。
だから、わたしは図書室が好きだ。読書に耽るような、暗くて悪い子になれるのはここだけだった。友達にも、読書が趣味なんて人はいない。そりゃそうだ。ママが満足するようなフツーの友達を自ら選んでるんだから。でも、そんなフツーの友達の中で、誰かに彼氏ができるとやっぱり悔しくて、自尊心を傷つけられたような気持ちになる。そんな自分は卑怯で弱いのだと思う。
友達に読書好きはいない。だけど親友にならいる。それが宮沢瑞姫だった。
瑞姫も部活をサボってちょくちょくここに来ていて、たまに、月に二、三回くらい、わたしたちはこの隅の机で会った。別のクラスの全く知らない人だったから、最初は目線も合わせなかった。けれども、そのうち会釈したり、少しずつ会話を交わすようになっていって、いつのまにか仲良くなっていた。本当の友達とか、親友っていうものは、こうやってできるんだなぁと、いま振り返ってみて思う。
「富田くんに?」
それが瑞姫の返事だった。
「うん」
「何かあったの?」
「べつになにもなかったけど、祐斗が変なこと言い出して」
わたしは橋の上での祐斗とのやりとりをかいつまんで説明した。返答を文字では伝えられないと思ったのか、瑞姫は直接電話をかけてきた。「もしもし」も言わずにいきなり喋り始める。
「富田くんの性格だったらそう言うだろうね。実果と違って打算で付き合ってたわけでもないだろうし」
「完全な打算じゃないにしてもさ、わたしと別れるメリットないじゃん。それにおかしいよ。お父さんの代わりに働くなんて。そういうときは国とかからお金もらえるんじゃないの?」
「そう富田くんに聞いてみなよ。でも、お父さんがクビになったときに、実果と別れたり、自分で働こうとするのが富田くんなんだよ。じゃあ、もう休憩終わるから」
そう言ったきり、電話は切れてしまった。わたしは背中を丸めながら机に突っ伏して、そのまま頭を横に倒す。頬と腕が直接触れ合う感覚。夏服は肌を覆っている部分が少なくてなんだか頼りない。どんなに明真学園のブレザーが野暮ったくても、わたしは冬服のほうが好きだ。安心できる。
「なんでお父さんがクビになったら、わたしと別れるわけ?」
祐斗にそうメッセージを送って、今度は腕のうえに額を乗せて机に突っ伏した態勢になり、すっと目を閉じた。自然と、祐斗と付き合い始めたときのことを思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます