314 準備②

 先日の予言周りの事件の顛末について話を聞こうとわざわざクランハウスに出向いた結果、何の前振りもなく齎された話に、探索者協会帝都支部長、ガーク・ヴェルターは目を見開いた。


 レベル8ハンター、《千変万化》。クライ・アンドリヒという男は、ハンターになりたての頃から想定外な事ばかり起こす男である。

 今回わざわざやってきたのだって、クライが呪いを引き連れて帝都中を絨毯で飛んでまわったのが主因だ。何度経験しても、その奇想天外な行動には慣れる事はない。


 だが、今、クライから出てきた単語は今回の目的を全て吹き飛ばす程のものだった。

 国や貴族達からの大量の問い合わせの対応や、大量のハンターを動員した後始末に探索者協会は連日連夜休憩なしのフル稼働だが、それらはいわばすべて終わった話だ。

 一緒に連れてきた副支部長のカイナと他職員達も呆然としている。


「ユグドラ…………伝説の精霊人の都、か。相変わらずというかなんというか……またとんでもない事になったな。探協の支部もない秘境だぞ」


「まぁ、エリザの案内があるからね」


 相変わらずの気の抜けるような表情で、クライが肩を竦める。幼馴染みのルークが呪いで石化されたというのに、その態度からは動揺が見られない。


 ユグドラへの招待。


 それは、「悪いけどユグドラに行くから情報の聞き取りとか協力はできないよ」なんて、ついでのように話すような内容ではなかったし、「案内があるからね」などという一言で済ませられるような内容でもなかった。


 元々、精霊人は排他的な傾向にある。ユグドラは精霊人にとって聖地と言っても過言ではない土地であり、ガークの知る限り、ハンターの中にその地に辿り着いた者はいない。

 目指した者は何人もいるが、その全てが失敗した。精霊人の皇族は森から出てこないため交渉の余地すらなく、不思議な魔法を前に権力も暴力も通用しない。国の情報すらほとんど表に出てこない徹底っぷりだ。


 これは、好機だ。精霊人の皇族が会おうとする人間などこれまで存在しなかった。今回の件をきっかけにユグドラとの交流が開始されるような事になれば、どれほどの利益を生むか想像もできない。そして、それを成したのがハンターだと知られればハンターの地位も大きく向上するだろう。


 呪いの精霊石を鎮めたのも大きな功績だが、探索者協会としてはユグドラとの関係向上の方が大きい。まさしく、誰も文句を言えない、誰もが理解できる偉業だ。


「わかった。精霊人との関係性の向上はゼブルディアにとっても大きな利益になる。予言周りの後処理はこちらで受け持とう。その代わり、しっかり交渉してこい。可能ならば、探索者協会の支部を置かせて貰えるように頼んでくるんだ」


「!! 支部ね。仕方ないなあ…………こっちの方は頼んだよ」


 珍しい事に、いつもガークの依頼に嫌な顔をするクライがうんうんと頷く。何かと難しい精霊人の、しかも皇族を相手にするというのに、余裕の表情だ。レベル8の本領発揮といったところだろうか?


「トレジャーハンターの力をしっかり見せつけてこいッ!」


「わかってるわかってる。今回は《嘆きの亡霊》もラピス達も同行してくれるしね。宝具も沢山持っていくつもりだし――」


「成功すればレベル9に王手がかかるぞ。レベル9認定は複数支部の推薦と本部の承認が必要だが、奴らも文句は言うまい」


 ハンターの地位が上がるに比例して高レベルハンターの認定基準は厳しくなってきている。特にレベル9にもなると実力以上の信頼や功績が必要で、まずレベル認定試験を受ける条件を満たすのが難しい。

 クライ程の若さで手が届くのは異例の事だ。自然と声に熱がこもるガークに、クライが先程とは一転、しかめっ面で言った。


「あー…………うん、まあ、一応言っておくけど、僕はそんな事のためにユグドラに行くわけじゃない。目的は…………あくまで、ルークの解呪だからね」


 また始まったか……どうしてこいつはこう、レベル向上に積極的じゃないんだ。

 レベル8以上というのは、大抵のハンターにとって目指せるようなレベルですらないというのに、それに手が届く才能の持ち主にはやる気がないというのだから、本当に世も末だ。


 できれば探索者協会から付き添いをつけたいところだが、精霊人関連はセンシティブな問題だ。余計な人間をつけることで面倒事が起こらないとも限らない。


 ガークは深呼吸をすると、額に皺を寄せ力を込めてクライの目を見つめると、念押しした。


「今回の件は下手をすると、種族間の問題に発展する。しっかり頼んだぞ」









§ § §






 夜明け前。僕は帝都ゼブルディアの正門前にいた。


 さすがの大都市ゼブルディアもこの時間帯は静かだ。外を歩いている人も巡回の騎士や早起きの商人達くらいで、普段昼頃に起床する事も多い僕には少し風景が違って見える。

 門の前には既に《嘆きの亡霊》のシンボル、『嗤う骸骨』の印が刻まれた馬車が置かれていた。僕の記憶にある馬車とは違っていたが、《嘆きの亡霊》は馬車保険に断られるくらい馬車を壊すので今更だろう。


 大きく欠伸をしながら、隣を歩くルシアにガークさんが来た時の事を愚痴る。


「まったく、ガークさんにも困ったもんだよ。いつも事あるごとに僕のレベルを上げようとしてくるんだから……」


「それは……リーダーが頑なに試験を受けようとしないからでしょう!」


 皆どうして他人のレベルがそんなに気になるのだろうか? 引退を目指している僕からすると堪ったものではない。


 まぁ、ガークさんに予言関連の後処理を全て押し付ける事ができたのは不幸中の幸いではある。危うくまたフランツさんに怒られるところだったよ……勝手に名前叫んじゃったしね。


 と、そこで、馬車の近くに立っていたシトリーがニコニコ近付いてきた。


「クライさん、おはようございます! 準備は万端です。ルークさんの石像も、ほらーー」


 いつも通りの旅装。まだ早朝なのに溌剌としている。後ろでは断食でスマートになってから全然肉体が戻る気配がないキルキル君がルークの石像を背負ってきるきる言っていた。

 ルークも石像の中で斬る斬る言っていたし、もしかしたらお似合いかもしれない。


「《星の聖雷》は来た?」


「まだです。まぁ、まだ少し早めなので……すぐ来るかと。みみっくんも……おはようございます」


 シトリーの言葉に、後ろに連れていたみみっくんが僕の影に隠れる。

 どうやらみみっくんはシトリーが余り得意ではないらしい。最初に会わせた時に獲物を見るような目つきで見られたからだろう。リィズならばよくする目つきだが、シトリーがあんな目をするのは珍しい。


 まぁ、昔から時空鞄欲しがっていたしね……。


《嘆きの亡霊》として遠征するのは久々だ。遠征と言っても宝物殿に挑むわけではないが、ユグドラの存在する森が過酷である事には変わりない。

 ルークが石にならなかったら呼ばれても行かなかったんだけど……。


「おはよー、クライちゃん!」


「おはようございます、ますたぁ」


 いつも通り、元気いっぱいにリィズがティノとやってくる。連れ立っているという事は、昨晩、リィズはティノの家に泊まったのだろう。


 わかっていた事だが、朝が弱いのは僕だけみたいだな……。


 今回のメンバーは《嘆きの亡霊》と《星の聖雷》の二パーティだ。


 人数が増えれば荷物も増える。荷物が増えれば大型の馬車を使わねばならない。

 トレジャーハンターにとって持ち歩く道具の選定は難しい問題だ。特に、何日もかけて遠方の宝物殿に向かう場合などは生活用品なども必要になるから、荷物量は膨大になる。


 荷物が多くなれば重量も増えるし嵩張る。何か起こった際に逃げづらいし、物資に攻撃を受けた際の被害も甚大だ。《嘆きの亡霊》も何度魔物や幻影に襲われアイテムを失ったかわからない。

 しかし、荷物を絞りすぎれば過ぎたで、何かあった時に対応しきれない。


 だが、今回はみみっくんの存在が全てを解決してくれた。


 水。食料。キャンプ道具。かさばる物資のほとんどは既にみみっくんに収納済みだ。今表に出しているのは、持っていないと怪しまれるであろう物だけである。


 みみっくんは余り公にしていい宝具ではない。ただでさえ時空鞄というのは貴重で誰もが欲しがる宝具だが、みみっくん程の高機能な時空鞄が存在すると知れば、国も商会も賊もあらゆる手を使って奪いに来るだろう。

 宝箱に乗って移動するのは百歩譲っていいとしても、それが時空鞄だと知られるのはまずいのだ。既に何人も飲み込んでいるのでもう今更遅い気もするが、情報の拡散は抑えるに越した事はない。


 そう言えば《星の聖雷》はみみっくんの事を知っているのだろうか?

 

 続いて、教会に泊まっていたアンセムが合流し、どこからともなくぼんやりとした表情のエリザがやってくる。

 普段からそこまでキリッとした表情をしているわけではないが、今のエリザはいつも以上に力がない。


 そうか……朝が弱いメンバー、僕以外にもここにいたか。


「おはよう、エリザ。今日はよろしくね?」


 僕の言葉に、エリザが緩慢な動作でこちらを確認し、こくこくと頷く。ルシアが眉を顰め、エリザに話しかけた。


「エリザさん、大丈夫ですか? 調子が悪そうですが…………」


 エリザは目をゆっくり瞬かせ、僕とルシアを交互に見ていたが、ぽつりと言った。



「………………足が…………クーから、逃げたがってる」



 ……どういう意味だ、こら。

 今回の僕はこう見えて一味違う。目的が目的だし、これまで集めたコレクションを全て持ってきている。おまけにチャージ要員も沢山いるし、僕史上最強の僕だ。

 いや……クラヒがいるから二番目かな?


 何の心配もいらない。これで駄目ならもうどうにもならないだろう。


 エリザがのっそりとした動作で馬車に乗り込む。視線を感じそちらを見ると、微妙な表情でティノが僕を見ていた。

 どうも最近ティノの中での僕の立ち位置が変わりつつある気がする。前回随分頼ってしまったし格好悪いところを見せてしまったので仕方がないが、少しでも挽回したいところだ。


 久々に腕が鳴るな。


「ティノもさっさと乗り込んだら?」


「……へ? あ、あの、ますたぁ? 私は……ただの見送――い、いえ、なんでもありませんッ! こ、光栄ですッ!」


 隣のリィズを見て、ティノが弾かれたように馬車に乗り込む。…………なんだか余計な事をやってしまったような気がするな。


 まー、その……ティノがいないとかーくんがうまく動いてくれないから……。


 みみっくんに座り、ラピス達を待つ。空が白み、少しずつ人も増えてくるがラピス達が来る様子はない。

 隣に腰を下ろしていたルシアが門の側の時計を確認して言う。


「ラピス達、遅いですね……時間はしっかり守るタイプのはずですが……」


「何かあったのかな?」


 多少待つくらいは構わないが、マイペースなエリザとは違ってラピスはしっかりものだ。何かあったのだろうか?

 大きな欠伸を何度も漏らしながら待つこと三十分、ようやくラピス達がやってきた。


 どうやら何かあったようで、ラピス本人もその仲間たちも曇り顔だ。僕を見ると、いつもより低めの声で言う。


「遅くなって悪かったな」


「別に構わないけど…………何かあったの?」


 パーティメンバーの表情もどこか不安げだ。精霊人ノウブルの大半は理性的でいつも冷徹さすら感じさせる態度なので、そのような普段と違う表情を見せられるとこちらまで不安になってくる。

 恐る恐る尋ねる僕に、ラピスはきょろきょろと周囲を確認すると、しかめっ面で言った。



「あぁ。それが、クリュスが行方不明でな…………帝都に戻ったところまでは一緒にいたはずなんだが……何か知らないか?」



 ……………………あ。

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