313 準備

 どんなに忙しくても、僕は宝具のメンテだけは欠かした事がない。

 ラピス達との会話を終え、私室に戻る。クランマスター権限で広く取った私室には所狭しとコレクションの宝具が並んでいた。

 ローテーションで磨いているため、全てぴかぴかだ。ルシアが定期的にチャージしに来ているので魔力が切れている物もない。


 旅の前には準備が大切だ。物資の類はシトリーが用意してくれるが、持っていく宝具の選定は僕が行わねばならない。


 自走機能で連れてきたみみっくんに腰を掛け、長年かけて集めた宝具達をぐるりと確認する。


 思い出があるものもあれば、マーチスさんの店で適当に買ったものもある。よく使うものもあれば全く使わないものもある。この中から今回の探索で有効なものをピックアップするのは並大抵の事ではないだろう。

 だが、それ故に宝具コレクターとしての腕前が求められていると言える。


 少しばかり誤解もあったが、ラピス達が柄にもなく興奮した様子で教えてくれた情報にはこれまで知らなかったものが幾つも含まれていた。


 どうやら、今回の目的地、ユグドラとは、精霊人の中でも相当特別な国らしい。


 それは単純に精霊人達が暮らす国の中で一番大きいというわけではなく――精霊人の国は世界各地の森に存在するが、その全てのルーツになっているのが、世界にたった一本しかない神樹『世界樹』を抱えた精霊人の国、ユグドラなのだと言う。

 恐らく、寿命が人よりも遥かに長いため、根源を重要視しているのだろう。一部の外で暮らす精霊人にとってユグドラは信仰の対象ですらあるというのだから、驚きである。


 存在するのはマナ・マテリアルが流れる地脈が無数に奔り、強力な幻獣魔獣の跋扈する大樹海の深奥。森を歩くのに慣れた精霊人ですら遭難する可能性がある正真正銘の秘境であり、道は隠されているという。エリザはあっさりユグドラに来るといいとか言っていたが、ラピス達の話を聞く限りでは、そう簡単な事ではないようだ。


 エリザめ……危うくノーガードで突撃させられるところだったよ。まぁ、何もなくても宝具は持っていくつもりだったし、宝具を持っていても賑やかしにしかならないけど――。


 今回、僕は一人ではない。《嘆きの亡霊》はフルメンバーで連れて行くし、ラピス達にもついてきてくれるように依頼した。

 加えて、宝具も持っていけば、これでどうにもならないようであれば諦めがつくレベルの万全の態勢だ。


 自慢のコレクションをぐるりと見回し、うんうん頷く。


「ふむ…………今回はルークがいないから剣の宝具も持っていけるな…………」


 ルークがいると剣型の宝具は持っていけない。ずっとうずうず触りたそうにこちらを見てきて、落ち着かないからだ。


 剣型宝具のほとんどは戦闘を補助する能力を持っている。ギルベルトから受け取った『煉獄剣』を始めとした特殊な属性攻撃を可能とする武器も多々存在し、攻撃力が低いハンターの切り札となる事もあるが、いかんせん《嘆きの亡霊》が攻略するレベルの宝物殿や魔境では通用しない。

 今回のユグドラの道中がどれほど危険なのかは把握しきれていないところがあるが、最初から僕が戦力になる可能性は捨てた方がいいだろう。ハンターになってから戦力になった事なんて一度もないし……。


 とりあえず候補に入るのは、【白狼の巣】でも持っていった透明な刃が特徴的な片手剣――『静寂の星サイレント・エアー』だ。

 コレクションしている剣型宝具の中では一、二を争うくらいお気に入りで、芸術的な見た目もさる事ながら、能力が僕にとって非常にありがたい。


 『静寂の星サイレント・エアー』の持つ能力は重量操作である。

 使いこなせば戦闘中に刃の重さを自由に変化させる事ができ、相手を翻弄できるテクニカルな武器なのだが、実はこの剣には剣士ではない僕にもありがたい隠れた仕様があった。


 実はこの能力の適用範囲、剣そのものではなく所持品全てなのだ。おまけに、剣を抜かずに背負ったままでも発動できる。


 そう、この剣を背負っていれば、非力な僕でもいくらでも荷物が、宝具が持てるのである。重さをゼロにできるだけなので大きな物を持ち歩くと動きが阻害されて危険だが、どうせ動きが阻害されなくてもろくに動けないので何も問題はない。

 アンセムが十人乗っても大丈夫。魔力チャージ切れたら死ぬけど。




 と、そこで僕はぽんと手を打った。




「そうだ……せっかくだから久々に剣型宝具派手派手エフェクトセットでも持っていこうかな…………」




 剣型宝具派手派手セットとは、無意味に派手な剣型宝具のコレクションである。剣本体の見た目が派手なものもあれば、能力が派手なものもある。


 例えば、発動すれば天上から使用者に光が差し込む『天上の星フィールド・スター』。一度抜けば周囲にほんの少しの雨(最大三ミリ)が降る『怪刀・小雨』、見た目は立派だがどれだけ力いっぱい振るっても相手に傷一つつけられない大剣、『英雄、弱者を虐げず』など、恐らく市場に出たとしても二束三文で取引されるであろうがっかり剣達だ(ちなみに、名前が立派なのは発見者がなるべく高く売るべく大層な名前をつけたから)。


 この手の目立つだけの剣はあるよりない方がマシという哀れな存在であり、戦闘しない僕でも使う機会は滅多にない。

 今回も役には立たないだろうけど、見ていて面白いし、たまには日干ししないとね……。



「そうだ…………森といえば、きっと色々な動植物もいるだろうな……」



 精霊人といえば自然と共生している事で有名だ。外の世界に出てきている精霊人の中でも動物をパートナーにしている者は少なくないと聞く。きっと森でも似たような生活を送っているはずだ。


 僕の宝具コレクションはジャンルを選んでいないので、当然というかなんというか、こういう時にも使える宝具も存在する。

 たとえば犬科の生き物を無差別に呼び寄せる笛『愛犬の絆ドッグズ・フラグ』に、猫科の生き物を呼び寄せる事では右に出るものがいない缶詰型宝具『暴猫の下僕キャッツ・キャッチャー』、肉食草食問わずあらゆる獣垂涎の匂いを無差別に放つ香水型宝具など、よりどりみどりだ。


 能力だけ聞くと一見使いみちがありそうにも聞こえるが、特に引き寄せた動物達を懐柔するような能力はなく、集まった動物達はまるで使用者に無理やり拉致されたかのように襲いかかってくるので、まぁ余り需要のない宝具である。

 リィズ達は一時期楽しく使ってたけど…………。


 他にも、僕のコレクションはあらゆる状況に対応できそうでできない、微妙にかゆいところに手が届かないものを網羅している。

 ハントに役立つものはほとんどないが、無意味に希少だったり見ていて楽しい物は沢山あるので、ユグドラの住人達と仲良くなるのには役立つかもしれない。


 僕はしばらく自慢のコレクション達を見回していたが、どれを選ぶか結論が出なかったので、みみっくんから立ち上がると、その蓋の上をぽんぽん叩いて言った。





「みみっくん、全部やっちゃって」





 超優秀宝箱、みみっくんが動き出す。

 相変わらずの静音性を発揮し足音一つたてずに跳び上がると、口を開き、側面に生えた腕も使って宝具を片っ端から飲み込んでいく。さながらその様子はモンスター! みみっくんの高機能っぷりは留まるところを知らない。


 と、そこでみみっくんが飲み込もうとした宝具の一つが目に止まり、慌てて蓋をぽんぽんと叩く。


 みみっくんが指示に従い、手を止める。掴みかけていた宝具が床に転がる。


 それは、黒い革のような質感の鞍型宝具だった。


 宝具名は『黒堅定鞍こっけんていあん』。効果は外そうとしない限り外れない事。

 だが、大抵の鞍は宝具じゃなくてもそういう風にできているので、全く人気のないつまらない品だ。こんな宝具があったの、今まで忘れていたが――。



 素直に指示を聞いてくれるみみっくんと持ち上げた鞍を交互に確認し、僕は大きく頷いた。





「うん。みみっくんを持っているだけでレベル8だな」



 自走機能つきセキュリティもバッチリ、中に街まであり。こんな宝箱を持っているハンター、他にいないよ? 


 なんというか、最近は自分がハンターだと忘れそうになる事もあるが、誰よりもトレジャーハンターっぽいではないか。






§






 ばったんばったん騒々しい音をたて、クランハウスの階段を降りていく。


 新たな扉を開いた気分だった。すれ違ったクラン職員の人達が怯えや驚愕の視線を送ってくるが、それも余り気にならない。


 勢いよく階段を降りると、扉を無理やり跳ね飛ばし、ラウンジに突入する。


 意気揚々と姿を現した僕に、視線が一斉に集中した。


 ライルが飲んでいた酒をぶーっと吹き出し、何事かと立ち上がりかけたクランのハンター達が愕然とした表情で僕を見る。


 いつもの席で座っていたティノが小さく悲鳴をあげ、一歩後ろに下がった。


「ひぃ!? ま、ますたぁ!? 今度はなんですか!?」


「な、何やってんだ、クライ!? そ、それに、その宝箱は――」


「ふっ…………実は、新たな宝具の使い道を思いついてしまってね」


 柄物シャツ型宝具、『完璧な休暇パーフェクト・バケーション』で快適性を維持し、鞍型宝具『黒堅定鞍こっけんていあん』を装着し安定性を確保。




 かくして、世界初の宝箱ライダー、クライ・アンドリヒが誕生した。




 本来、平坦で堅いみみっくんの背中に鞍をつける余地などないが、外そうとしない限り絶対に外れない『黒堅定鞍こっけんていあん』ならば問題ない。

 加えて、本来ならば騎乗する上で大きなハードルになるであろう揺れも『完璧な休暇』の力で乗り切れる、数多の宝具の特性を知り、ゴミ宝具でもしっかり入手している宝具コレクターにしか思いつけない見事なシナジーだ。


 弱点はばったんばったん足音がうるさい事だろうか? みみっくん一人だった頃の動きは獲物を狙う蛇もかくやといった程の静音性を誇っていたのだが、勝手が違うらしい。



 だがそれを考慮してもこれはありだろう。どこぞの絨毯とは違い、言うことを聞いてちゃんと動いてくれるみみっくんを撫でながら、久しぶりに自信に満ち溢れている僕にライルが引きつった表情で言った。



「ふ……普通、思いついてもやらねえよ!? 今お前、どんな姿してるか、わかってんのか?」


「その…………え、えっと…………と、とても、格好いいです、ますたぁ…………」



 手厳しい意見を出すライル。大体忠実なティノの目も泳いでいる。


 ふん…………ちゃんとかーくんに乗れる者に僕の気持ちなんて分かるものか。


 宝箱トレジャーボックスに乗るのはある意味トレジャーハンターとして王道だろうし、それにこっちはかーくんと違って収納機能もついている。悔しくなんてない。


 みみっくんに乗ったままばっこんばっこん近づく僕に、ティノがびくびくしている。飲み込まれたり流し込まれたりいい思い出ないだろうしな。



「そうは言うけど、意外と速度も出るんだよ。生き物と違ってスタミナ切れもないし…………」


「ま、まさかとは思いますが…………ますたぁ、まさか……ユグドラまでそれで行くおつもりですか?」


「…………まずいかな?」


「い、いえ…………………………………………」


 首をぶんぶん振り沈黙するティノ。なんか言ってよ……。

 しかし、これはこれで本当に捨てたものではないのだ。後ろに引き連れていくのも手だが、そうなると万一、チャージ切れで自走機能を失った時に取り返しがつかない。こっちは一度かーくんを落としてしまった実績もある。


 それに、今回の目的はルークの石化の治療だ。人間に余り協力的ではないであろう王族に助力を請う上でインパクトを与えるに越したことはない。

 みみっくんの中にルークの石像を入れていくつもりだし、どうせ連れて行くなら乗ってもいいだろう!


 そこで、ティノがごくりと唾を呑み込むと、意を決したように言う。


「し、しかし……そう! その……みみっくんに乗っていたら、さすがのますたぁでも、いざという時に反応が遅れるのでは?」


「関係ないね」


 だって僕よりもみみっくんの方が危機意識も能力も高いし……逆に宝箱に乗っていた方が安全そう。いざという時に中に隠れる事だってできるし、宝箱なだけあってみみっくんはかなり頑丈そうだ。



「!? そ、そうですか……………………ますたぁ、そんなに宝箱に乗りたいんですか?」


 怯えと呆れと畏れと哀れみの入り混じった複雑な表情で問いかけてくるティノ。


 僕だってできれば絨毯に乗りたいです。瞬く間にかーくんを乗りこなしたティノが羨ま妬ましい。


「準備万端だ! 行くぞ、ユグドラ!」


「お、俺もう、このクランやめようかな…………」


 やけくそ気味に叫ぶ僕に、ライルが乾いた笑いを浮かべながら、ぽつりと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る