35話 困惑

 ひかりが監禁されていた間、春樹ハルキは寝ずの番だった。


 てんとう虫の操作、嶋田達俺たち実働部隊の休息の為だ。


 しかし、ハルキは特異体質なのだ。

 恐ろしい程のショートスリーパーで、二日に一度30分だけ眠る。

 それで充分だと言うのだ。


「嶋田さんよ、なんで30分で起きるか分かるかい?」


 夏井がニヤつきながら問答してきた。


「え……いや、ちょっと分からないな?」


「正解は、腹が減って起きるのさ。ガッハッハッ」


「ちょっと夏井さん!もうお菓子分けてあげないよ?」


 夏井の豪快な笑いにハルキはムスッとした。


 スマホの音声で流れてくる二人のやり取りに、持ち場に着いている俺たちも笑った。


 一方、ひかりは施設内の食堂に来ていた。

 今から昼食なのだ。

 そこはかなりの広さで、恐らく100人は収容出来るであろう。


 ひかりはペアを組んだ少年と空いている椅子に隣り合わせで座った。


 てんとう虫の映像からは昼食が見える。


 白いプレートにコッペパンがひとつ、使い切りのバターが一個、牛乳がひとパック……以上。


 これが貧困層の扱いだ。


 画面に映る昼食を見て、俺たちは誰も口を開かなかった。いや、開けなかった。


 そんな粗末な食事でも、信者達は祈りを捧げ有り難そうにゆっくりと味わい食べる。


 ひかりはメニューを知ると、やはり言葉を失った。


「驚いたかい?これがの棟の扱いなんだ。もうひとつの棟はお金持ちしかいけないから、食事も扱いも正反対なんだ」


 少年は苦笑いでひかりに説明した。


 それに対して、ひかりは愛想笑いしか出来ない。


「あ、良かったらコレ食べて。僕は牛乳で充分だから」


 そう言うと、少年はひかりのプレートに自分のコッペパンを置いた。


「そ、そんな!貰えないよ!」


 ひかりは焦り、手を振りながら断った。


「僕たちがペアになったお祝いってことで……遠慮なく食べて!さあ、お祈りをしよう」


 少年は優しい笑みを浮かべると、他の信者同様に祈りを捧げた。



「見つけた!……恐らく、いや間違いない」


 てんとう虫を操作しているハルキが何かを確信し、皆へ伝えた。


「首相の暗殺を企む信者のことか?!どうして分かった?」


 秋山は息をのんで尋ねた。


「宗教にとって大切な儀式……を捧げなかった奴らが4名。間違いないでしょ?!」


 ハルキの洞察力はズバ抜けていた。

 そしてその根拠もしっかりとしたモノで、誰もが納得した。


 青年が二人、中年がひとり、老人がひとり、全て男性。

 ハルキはこの4人を追うことにした。


 2日後、内閣総理大臣の演説が行われる。

 チャンスはそこしか無い。


 ハルキと夏井に監視を任せ、秋山、美冬、俺は演説会場、都内にある『うみねこホール』という巨大な施設へ向かい、当日の作戦を練ることとなった。


「さすがにデカイ会場だな……」


 秋山は眉間みけんしわを寄せ腕組みをした。


「当日はかなりの警備員、SPが付きそうね……」


 美冬も困り顔だ。


「当日は正面から入ろう」


「は?何を言ってるんだね、嶋田くん……武器無しで戦うってか?」


「そうよ。持ち物検査、身体検査まで考えられるわよ?」


 俺は二人に嘲笑ちょうしょうされた。


「いやいや、そうじゃない!……」


 俺は顔を真っ赤にして手を振った。



 その夜……


 美冬は逃走経路の下見、秋山と俺はホール内へ忍び込み、それぞれの銃器を各々おのおのの場所へ隠した。

 これで、明日の持ち物検査はクリア。


 後は、夜明け前に夏井とハルキが教団施設からひかりを救出して会場へ向かう。


 準備は整った。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「さて、玄関の掃き掃除はこれで終了!お疲れ様……あ、あの……」


 少年は何か物言いたげに言葉を詰まらせた。


「ん?どうしたの?何でも話して」


 何でも敏感に感じ取るひかりは、ストレートに質問した。


「あのさ……人のことを番号で呼ぶなんて人権が無い酷い事だと思うんだ……」


「じ?じんけん?」


 小学生のひかりには分からない言葉だった。


「あ、ごめん。その、つまり、ちゃんと名前があるのに酷いねって事。僕は佐藤天斗さとうあまと、改めてよろしく」


 少年は自らの名前を名乗った。

 無論、宗教法人『国造りの神道』では御法度。


「天斗君……カッコイイ名前だね!わたしは……」


「ひかり……ひかりちゃんでしょ?」


 ひかりは酷く動揺した。

 出会ったばかりの人間が私の名前を知っている……


「あ、ごめん!脅かすつもりは無かった。ちゃんと理由を話すよ!それから……」


 少年は空を見上げた……いや、に目線を送った。



 !!!


「おいおい、どういう事だ?あの少年、何者だ?」


 ハルキと夏井もワケが分からない。

 しかし動揺している場合では無い。

 ひかりに危険が及ぶ可能性もある。


 少年はてんとう虫に話しかけた。


「ご覧頂いた通り、僕はただの信者ではありません。と言うと誤解が生じる……僕もひかりちゃんと同じように数ヶ月前、ココに潜入した人間です」


「潜入?!……つまり信者では無い。しかし敵意も無いようだし……益々分からないよ?」


 ハルキは、夏井に視線を送り同意を求めた。


「とにかく、僕も一緒にうみねこホールへ連れて行って貰えませんか?全てお話します」


















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