26話 絶望


 あれから3日が過ぎた。


 島田暁おれ達は韓国の とある空港の駐車場に居た。


「送ってもらって助かったよ。ありがとう」


 Даниилダニール秋山はトランクからシルバーのキャリーバッグを取り出した。


「ダニーさん、これ受け取って下さい。私が選んだの、きっと似合うと思うわ」


 ソダムはダニーに大きめの紙袋を手渡した。


「え?オレにプレゼントかい?!」


 ダニーは少しまごついた様子で紙袋の中身を取り出した。

 それは白いハットと白いロングコートだった。


「ソダムちゃん、ありがとう!コイツはカッコイイ、大切に着るよ」


 ダニーは今までに見せた事の無い嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「ところでダニー、本当にここでいいのか?空港の搭乗ゲートまで行って見送るよ」


「いや、此処ここでいい。泣くのを見られたく無いからな」


 ダニーは冗談混じりに笑ってみせた。


「分かった……じゃあ、此処ここでお別れだ。まあ、その、なんだ……とりあえず死ぬなよ」


 俺は上手い別れの挨拶も浮かばず、自分の思いだけをありのまま伝えた。


 そしてダニーと笑顔でこぶしを合わせた。


「じゃあ、ソダムちゃんも元気で!暁を頼んだよ」


「はい。ダニーさんも御達者で。必ずまた会いましょう」


 ダニーはソダムと握手を交わすと、俺たちにその広い背中を見せて空港の中へと入って行った。


 そして、ソダムと俺は空港近くの公園で、大空へ羽ばたくフランス行きの飛行機を見送った。


 あくる日、俺たちは市街地で1番大きなデパートへ向かっていた。


「そういえば出かける前に誰と電話してたの?」


 助手席に座るソダムが少し心配そうな、疑うような声色こわいろで聞いてきた。


「あははっ、別に気にする程じゃないよ。の報告さ」


「そか……なら良いんだけど」



 俺は心に決めていた。

 ダニーとの別れ、今回の仕事の失敗、そしてソダムへの気持ち……もう足を洗おう、この業界とはおさらばだ。


 散々人を殺してきた俺が言うのはお門違いかもしれない。けど、俺は絶対にソダムを守る。

 ずっと一緒に居たい。


 その気持ちをソダムも判ってくれている。

 戸籍も無い俺が結婚など出来るわけは無い。

 しかし誓いを立てようと、ペアリングを買うことにしたのだ。


 デパート内にある有名宝石店へやって来た。

 周りにも幸せな笑顔を振りまくカップルが沢山いる。


 ショーウィンドウには目移りするほど色々な指輪が並べられている。


 正直、俺は誓いが大切……形にはこだわらない。

 しかし女性は違う。

 素敵な指輪をつけて、もっと自分を綺麗に見せたい、幸せを振り撒きたいのだ。


「ねえ、暁。これはどうかな?」


 ソダムは嬉しそうにショーウィンドウを指さす。

 俺はどれを指さしているのかも分からず……


「ああ、いいんじゃないかな」


「……なんか適当っぽい」


 頬を膨らますソダム。

 俺は急いで取り繕う。


「あ、店員さん、これを見せて下さい」


 よく分からなかったが、ソダムが指さした辺りを同じようになんとなく指で示した。


 しかし、流石は女性店員さんだ。

 ソダムが目にしていたモノを判っていて、お目当ての指輪をショーウィンドウから取り出し、ジュエリートレイの上に乗せた。


 ソダムはまるで宝石のように目を輝かせた。


 嬉しそうな顔で試しに指にはめると俺の目を見つめてきた。

 確かに綺麗だ……という感想しか出てこない。

 男とはこんなものか?

 それとも俺だけなのか?


 奇跡的に二人ともサイズピッタリのモノがあり、即購入した。

 店員さんが指輪ケースにしまい、小さな紙袋に入れ、店先でソダムに手渡した。


 ソダムにとって幸せなひととき、俺にとっては緊張のひとときだった。


 店を出てホッとした時だった。

 奥に並ぶ洋服店の辺りから、沢山の悲鳴が響き渡った。


 俺は何かおぞましい気を感じ、ソダムを置いて悲鳴のする方へと走った。


 そこには……居た。


 お手製のダイナマイトを何本も持ち、ヘラヘラと笑う目線の定まらない中年男が。


 男は金切り声を上げると、1本のダイナマイトに火を付け、洋服店へ投げ入れた。


 激しい爆音と共に、店内の洋服が燃え広がり人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。


 男は逃げ惑う人波にもう1本投げつけた。


 爆音と悲鳴が混じり合い、その場は一瞬にして地獄絵図となった。


「野郎っ!」


 俺が1歩足を踏み出した瞬間、後ろからソダムが俺の身体を押さえつけた。


「ダメッ!行かないで!」


 押さえつけるソダムの身体は震え上がっていた。


「しかし、まだ奥に沢山の人達がいる!」


「でもダメッ!お願い、一緒に逃げて!」


 ソダムの押さえつける力がより強くなった。


 その時だ、男が俺たちのやり取りに気づき薄気味悪い笑みを浮かべた。


 マズイッ!!


 男はダイナマイトに火を付け、俺たちに向けて投げた。


「クソッ!」


 俺は蹴り返そうと考えたが、まだ奥に沢山の人達がいる……咄嗟とっさにダイナマイトを蹴り上げた!


 そしてソダムの上に覆いかぶさった。


 ダイナマイトは天井近くで爆発し、吹き飛ばされた天井板が落下して、俺の背中に突き刺さった。


「暁ぃ!」


「だ、大丈夫だ……ソダム。逃げよう」


 俺は背中の天井板を引き抜くと、ソダムの手を引きデパートの外へ出た。


 徐々に警察、消防、救急車、そして野次馬が集まり、現場は大混乱だった。



ピッ!どこ?どこなの?」


 女性がしきりに名前を呼んでいる。

 恐らく娘が見つからないのだろう。


ピッ!返事をして!ピッ


 俺は居たたまれなくなった。


「娘さんはデパートの何処にいましたか?」


「娘は玩具売り場にいたの。一緒に逃げてる時に人波に飲まれてしまって……」


 その母親は泣き崩れた。


「……ソダム、行ってくる。必ず戻るよ、独りにはしない!」


「……うん、わかった」


 俺は俯いたままのソダムを抱きしめると、煙の立ちこめるデパート内へ戻った。


 中は悲惨な状態だった。


 瓦礫がれきや散らばった品々、そこら中に火の手は上がり幾人もの遺体がマネキンのように転がっていた。


 玩具売り場も既に火の海……


 その時、少女の泣き叫ぶ声が聞こえた。


「ママァ、怖いよぉ!助けてぇ!」


 小さな少女はあの男に捕まえられていた。


「ク、クソッ!よりによって……おい、その少女を離せ!こっちへ渡せ!」


「……」


 ダメだ……完全にイカレてる。

 目の焦点も合っていない。


 どうする……?

 なんとか少女を引き離さなければ……


 その瞬間、男が動いた。

 少女の背中にダイナマイトを1本入れて、もう1本を自らの口に加えた。


「や、やめろっ!!」


 俺は無我夢中で駆け出した。


 男は2本のダイナマイトに点火した。


 短な導火線は、あっという間に黒い芯となり、2本のダイナマイトは同時に爆発した。


 飛び出した俺は、激しい爆風で逆に吹き飛ばされた。


 薄れゆく意識の中、粉々になった男と少女が見えた。



 ああ……


 俺はあんなに小さな少女も守れないのか……


 ソダムとの誓いも守れなかった……


 俺は人を殺せても……救う事は出来ないんだ。


 ごめんな……少女よ


 ごめん……ソダム


 すみません…………さん



 さよなら














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