7話 初雪


 冬将軍が訪れた。


 木々は真っ白な帽子を被り、辺り一面はふかふかの白い絨毯じゅうたんに覆われてた。


 勿論我が家も雪化粧。

 雪の重みで柱やはりきしんでいる。


「おはよう、パパ。寒いねぇ」


 大きな欠伸あくびをしながらひかりが部屋から出て来た。

 冬休みに入りいつもより少しだけ遅く起きているのだが、まだ眠たそうな目を擦っている。


「おはよう、ひかり。朝ご飯を食べたら外へ出てごらん。きっと驚くよ」


 ひかりは、急いで朝ご飯をかき込むと、冷えたコンクリートの土間へ裸足で飛び降りた。


「うわっ冷たい!」


「こら、ちゃんと靴を履いて!」


「はぁい」


 口を尖らせ俺の大きなサンダルを履き、パタパタと音を立てて扉の前まで歩を進めた。


 ガタンッ


「あれ?……パパ、玄関開かないよ?!鍵は閉まってないのに」


「頑張れ、思いっきり開けてみろ!」


 俺はクスクスと笑いを堪えた。


「よぉーし、じゃあいくよ!せーのっ……」


 ガタンッ!


 ドサドサッ


「うわぁっ」


 ひかりの足元で小さな雪崩なだれが起こった。


「パパァ!なんか冷たいのが入って来た!ヤバいよ!」


 俺は喉を鳴らして笑った。


「手に取ってごらん」


 ひかりは警戒しながら足元の雪をすくい上げた。


「冷たくて、ふわふわして、シャリシャリしてる……ちょっとかき氷みたいな」


「それはね、雪っていうんだ。今日みたいな冬の寒い日に空から降ってくるんだよ」


「ええっ!ひかり初めてぇ」


 説明を聴いて興味を持ったひかりはもう一度足元の雪をすくい上げた。さっきよりも多めに……。


「すごーい!雪、まだある?」


「あるよ、夜に沢山降ったんだ。家も山も田んぼも全部真っ白だ」


「白いんだ?雲と同じ?」


 俺はコッソリとひかりに近づくと、後ろから抱え込み雪の絨毯へ投げ込んだ。


 ひかりはすっぽりと雪に埋もれた。


 雪まみれでガバッと起き上がると


「雪……すごーい!」


 ひかりは、まるでそこにふかふかのベッドがあるように、両手を広げ背中から笑顔で飛び込んだ。


 その後、用意していたスノーウェア、スノーブーツに着替えさせた。


 そして、手袋を着用する時……


「え?パパ、手にもお洋服があるの?」


「これはね、手袋といって……うーん、手に着ける靴下みたいなモノかな。雪は冷たいだろ?だからこれを着けて雪遊びをするんだよ」


「手の靴下?あははっ、パパ変なのぉ」


 ひかりは鼻で笑った。


「なんだと〜」


「きゃああっ」


 ひかりに雪合戦や雪だるま、かまくらなどを教えた。

 俺も幼子のようにひかりと一緒にはしゃいで遊んだ。


 少しずつ日が昇ると、辺り一面の雪はキラキラと輝いた。


 まるでひかりのように……。



「おー、二人ともやっとるのぉ!」


 ワンッワンッ!


「あ!目黒のお爺ちゃん!タロウ!ねぇ、見て見て、これね、雪って言うんだよぉ!」


「おお、そうかそうか。じゃあお爺ちゃんも一緒に遊ぼうかの」


 目黒さんは赤いソリを持って来てくれた。


 緩やかな斜面になっている家の前の私道を使って、ひかりは楽しそうに何度も滑った。


 みんなで時間を忘れるほど遊んだ。

 楽しく遊んでいる時の子どもの体力は、恐ろしい。

 目黒さんと俺はクタクタになった。


 スッカリ空がオレンジ色に染まってきた。

 もっと遊びたいとごねるひかりを、目黒さんが上手く違う話に持っていった。


「実はクリスマスの夜に公民館でパーティがあるんじゃ。二人とも参加しないかい?」


「え、私パーティ行きたい!初めてだ!……でもクリスマスって何?」


 目黒さんと俺は少し切ない顔で目を合わせた。


「えーっと、クリスマスってのはな、イエス・キリ……いや、んーと、サンタクロースっていうおじいさんが、お利口さんにしている子ども達にプレゼントを持って来てくれる日なんだ。但し、子どもが眠っている間に来るから会えないのだけど、朝起きるとプレゼントが置いてあるんだぞ、凄いだろ?ひかり」


 俺は簡潔にクリスマスを説明した。


「えー!そんな優しいおじいさんが?!ねぇ?私はお利口さんかな?」


「ハッハッハ!もちろんじゃ!ひかりちゃんはとても良い子じゃよ。今のうちに欲しいものを手紙に書いておくといい」


 ひかりは嬉しそうに微笑んだ。


 その日の晩、ひかりは早速サンタクロース宛に手紙を書いた。

 覚えた平仮名を使って、手書きの手紙を書いた。


「ひかりはなんて書いたんだい?」


「ヒミツー!教えてあげないもんね」


 意地悪そうに笑うひかりもとても可愛い。


「パパが手紙を出しておくから、預かるよ」


「えー、絶対に見ないでよ?約束よ?分かった?」


「分かってるよ」


 苦笑いしている俺がサンタクロースなのだが……。


 プレゼントを用意しなくてはならない。

 俺はひかりが寝静まった後、手紙を開いた。


『さんたくろうすさまへ


 わたしはひかりです

 おりこうさんにしてるので

 ぷれぜんとをください

 わたしはがほしいです

 とうゆをもらったら

 ぱぱにぷれぜんとしたいからです

 おねがいします


 ひかり』


 俺はいつからこんなに涙もろくなった?

 天井を向いて涙が流れるのを我慢した。


 翌日、目黒さんにひかりを預け、秋の終わりに買い換えた4WDのトラックに乗り込み、ショッピングモールへ向かった。


 センスの欠けらも無い俺は、店員さんにお願いしてプレゼントを選んでもらった。

 シンプルに大きめなウサギのぬいぐるみを買った。


(よし、後はガソリンスタンドで灯油を買って帰るか……)


 !!


 後ろから知っている気配が……


 ヤツだ、捜査一課の富沢という刑事だ。


「また何か御用ですか?」


 俺は振り返りながら仏頂面ぶっちょうづらで尋ねた。


「いやぁ、この辺は寒さが厳しいですねぇ。おや、車を買い換えたんですね?手にしてるのは娘さんへのクリスマスプレゼントかな?」


 富沢刑事はニヤニヤしながら、どうでもいい返答をしてくる。


「何も無いなら帰りま……」


「武村さん、やはり貴方は凄い方ですね。モールここでの件……防犯カメラを見せてもらいました」


(チッ……此処ここにも情報屋がいるって事か)


「それが何か?」


「ヤダな、暴漢を抱え込んで2階の吹き抜けから飛び出すなんて普通の人には出来ませんよ?それに娘さんも素晴らしい活躍をされた様で……」


 俺は深くため息をついた。


「だから何なんです?刑事さんにご迷惑を掛けたつもりもありませんが?」


「いえいえ、暴漢を捕まえてくれて感謝したいくらいですよ。さて、改めてお伺いしたい……名も無き暗殺者ナナシノをご存知ありませんか?武村……さん?」


「何度聞かれても知りませんよ。何故に執着するのか分かりませんが、俺には武村恭二という名前があります。2階から飛び降りたのも、運動神経に自信があったからです。娘には危ない目に合わないよう少し護身を教えただけです。あとはトマトを育てるくらいしか脳はありませんよ」


「そうですか、失礼しました。では帰りるとします……あ、そうだ!武村さん、前回お会いした時は『』でしたが、今日は『』なんですね?あ、別に意味はありませんよ。では、失礼します」


 頭を下げる富沢刑事の顔は含み笑いをしていた。


(随分とあおってくれるじゃねぇか。だが俺は尻尾を出さないぜ……いや、もう尻尾は切ったんだ。俺は武村恭二だ)


 俺はひかりを迎えに目黒さんの家へ寄った。


「助かりました、目黒さん。ひかり、ちょっとだけ目黒さんに話があるからタロウと遊んで待っててくれ」


 元気に返事をするとひかりは外へ出た。


 俺は刑事がまた来たことを目黒さんに伝えた。


「ハッハッハ、そうかそうか。余程勘のいい男じゃの」


「何か情報を掴んでいるのでしょうか?」


「いや、それは無い。何か掴んでいればモールの件はソイツが仕掛けた罠のはずじゃ。それを後から知った、またその時現場にいなかったという事はただの勘じゃろ。しかしお前さんに固執こしつしているようじゃし、注意はおこたらさんな」


「ご忠告ありがとうございます!でも、俺は武村恭二なので」


 目黒さんは親指を上げて微笑んだ。






















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