5話 駆け引き


「ひかりぃ、準備出来たのか?もうすぐ朝ご飯出来るぞ!」


「はーい、今行く〜。あ、玉子焼きは甘いやつね!」


「はいはい、了解です。姫」


 俺はまだまだ新生活に慣れていない。

 農作業はぐに覚えたが、料理、洗濯、掃除……中々の激務だ。


 それから、1番厄介やっかいなのが……


「ねぇ、パパ。今日はにして」


「……う、後ろで束ねとけばいいだろ?」


「嫌だもん!お団子アタマ、先生に可愛いって言われたのよ」


 そう……ひかりの髪型を整えるのが、もっとも難しい作業なのだ。

 この俺が、女の子の髪の毛をいじる人生を歩むとは夢にも思っちゃいなかった。


 俺は四苦八苦しながら、ひかりをお団子アタマにした。……ちょっといびつだが。


 学校では、お団子アタマがひかりのトレードマークになっているらしい。


「じゃあ、行ってきまぁす」


 ひかりは俺にハグをすると、冬 間近の冷たい空気の中、元気に登校して行った。


(さて、俺は買い物に行くか)


 俺はバイパス沿いのスーパーまで、ボロいセダン車を走らせた。


(そろそろ軽トラに買い換えよう……)


 駐車場に車を停め、外に出た時だった。


 !!


(視線……とりあえず普通に入店してみるか)


 俺はカゴを手に取り、店内をグルグルと1周してみた。


(うん、確実に尾行されている。まぁいい、大した殺気は感じ取れない。買い物するか)


「えーっと、まずは特売の玉子。おひとり様2パックまで……」


(うん、ひとつは目黒さんにあげよう。それからトイレットペーパー……シングルかダブルか……微妙な60円差。よし、ダブルで。あ、ラップも切らしてたな……有名メーカーのラップか、これは100円ショップで2本買った方がお得だな)


 ひと通り買い物が終わると、会計を済ませ店を出た。


 その後、尾行している人間も出てきた。


 男は、俺を見失い辺りを見回す。


 俺は後ろから声を掛けてやった。


「あの、何か御用で?」


 男は驚き、素早く後ずさりしながら振り向いた。いや、間合いを取った。


 ぐしゃぐしゃの髪にロングコートを着た中年の男、靴はスニーカー……なるほど、刑事か。


 男は手帳を見せ、話しかけてきた。


富沢とみざわと申します。いやぁ、実は最近このバイパスで交通事故がありましてね……」


「武村です……交通事故に何故なぜ の刑事さんが?」


「あ、気づきました?!」


 富沢刑事は口角を上げて、わざとらしい顔をした。


「武村さん、という男に心当たりはありませんか?」


「さあ?知りませんね」


 俺は間を置かず淡々と答えた。


「その岩田という男が事故で死ん……亡くなりましてね。まあ、端的に言うと岩田の身体には銃創じゅうそうがあったんです。あとは右手が吹き飛ばされてました」


「銃創?」


 俺は知らん顔で尋ねた。


「ご存知かと思いましたよ、武村さん。一応説明すると、銃創とは拳銃で撃たれた傷です」


 富沢刑事は覗き込むように俺の顔を見てきた。


「へぇ、怖いですね。それで?僕が車でいたとか、そういう容疑ですか?」


 俺は面倒くさかったので、銃創の話を逸らした。


「いやいや、とんでもない!事故を起こした奴は自分で救急車呼んだりしてね、武村さんとは関係無いですよ」


「そうですか。刑事さん、今日ね……特売だったんです、玉子が」


「え?は、はぁ……?」


「腐ると困るのでそろそろ帰ってもいいですか?」


「あ、そうでしたか!すみませんがもう少しだけ宜しいかな?」


(ちっ、執拗しつこいな。何処までの情報を掴んだ……?)


 俺は頷いた……わざとらしく面倒くさそうな顔で。


「ありがとうございます。では……ちょっと前に都心にあるアパートで二人殺されていたんです。ひとりは住人の女でヤク中、もうひとりはヤクザの飯田という男です。二人とも拳銃で撃たれて亡くなっていた。現場検証をしていると二人のモノでは無い血痕が見つかった、それが岩田のモノでした。実はこの男なんです」


「暗殺者……へぇ、小説やドラマの世界の話だと思ってました。本当にいるんですね……そんなクズが」


 俺は富沢刑事の目を真っ直ぐに見つめ、会話に付き合ってやった。


「ご存知無かったですか?武村さん。まあ、続けますね。恐らく二人を殺したのは岩田でしょう。そしてヤクザの飯田も拳銃を所持していたので、岩田を撃ったモノだと考えていました。ところが、ところがですよ……ソイツの拳銃とはで岩田は撃たれていたんです。つまり現場にはもうひとり居た……可能性が高い」


 富沢刑事も決して俺から目を離さない。


「それともうひとつ……隣の部屋は監禁部屋だったようで、酷くすさんでいました。監禁されていたのは、ぬいぐるみ、下着などから5~8歳の女の子と思われます。しかし、その少女の遺体はなく、何処かへ逃げた……とも考えましたが、監禁されていた少女がひとりで逃げ出すのは難しい。そうなるともうひとりのが連れ去ったと考えるのが妥当かなと。」


「そうですか、凄いですね刑事さんたちは。早く捕まるといいですね、そのが……」


「もう少しだけ聞いてください。この業界で1位2位を争う暗殺者がいます。というか、いると思われます。そいつは頭が良く、腕もいい。証拠も何も見つかった事が一度もない。分かっていることは『男』だと言う事だけ。『名も無き暗殺者』です。我々刑事の間では名も無き暗殺者ナナシノと呼んでいます。ひょっとしてこの事件に関わっているのでは無いかと捜査しています。武村さん、何かご存知無いですか?」


 富沢刑事の目は鋭くなっていた。


「あの、刑事さん。さっきから言ってますが何も知りません。大体、姿も証拠も何も無いのに本当に存在するのでしょうか?さんは……それに何故僕に聞くんです?」


 俺は余りのしつこさに、ため息混じりに聞いた。


「岩田……なんですが、都心に身を置く男でした。ところが何故か、あの事件の後、ここ東北の田舎町で亡くなった。一体どうしてでしょう?何か用が無ければ此処ここへ来るとは考えにくい。私が推測したのは事件に関わったもうひとりが此処にいる……です。そこで私は役場へ行き、最近都心からこの町へ越して来た人物はいないか調べました。すると、居たんですよ。ひとりの男性と7歳の少女が……」


 富沢刑事は口角を上げ、してやったりの顔をした。


「なるほど、それが僕と娘だったと……」


「はい、そういう事です」


「残念ですが僕はただの農夫ですよ。都心の雑踏ざっとうに疲れ、ここへ越して来たんです。それとも他に証拠とか、疑わしい事があるのでしょうか?」


「いえ、残念ながら。ただ、武村さんに会ってみたかっただけです。今度は娘さんともお会いしたいなぁ……。長々とご協力頂きありがとうございました」


「いいえ、別に問題ありません。僕と会ってみて何か参考になったなら光栄です。あと、言っておきますけど、僕の娘に近づいたら……」


 俺はこめかみに太い血管を浮かせると、最高の笑顔を見せ車に乗り込んだ。


「承知しました。あっ、武村さん!お気を付けて。では……


 富沢刑事は俺が見えなくなるまで頭を下げていた。



「ごめんください、目黒さんいますかぁ?」


「おーい、こっちだ!畑におるぞっ!」


 目黒さんはを土の上に置くと、首に掛けた手ぬぐいで汗を拭った。


「お疲れ様です。あ、これスーパーで特売だったんで、良かったらどうぞっ」


 俺は目黒さんに玉子をひとパック手渡した。


「おおおっ、助かるよ。ありがとう!」


「あの、実は、先程スーパーで……」


 俺は富沢刑事の話を洗いざらい伝えた。


 しかし、目黒さんは笑った。


 ただ笑った……。


 それだけだった。



 俺は帰宅すると畑仕事をした。


 あっという間に陽が落ちてきた。


(よし、今日はオムライスに挑戦してみるか)


 そうしている内に、外からいつものように鈴の音が近づいてくる。


 俺が一日の内、一番安心する時だ。


「パパ、ただいまぁ!」


 飛びついてくるひかりを受け止める。


「おかえり、ひかり」


「うっ、ちょっとぉ!パパ汗臭いよ!」


「アハハッ、ごめんごめん!じゃあ風呂入ろっか」


 ひかりは何歳までハグをしてくれるのだろう?一緒にお風呂に入ってくれるのだろう?


 俺は刑事の職質なんかより、こっちの方が気がかりだったりした。
























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