4話 天使の光
空がオレンジ色に染まり、秋風が身体の熱を奪ってくれる。
「よーし!今日はこのくらいにしておこう。手伝って貰って助かったよ武村君」
今日は一日、目黒さんの畑を手伝っていた。
遠くの方からチリンチリンと鈴の音がこちらへ近づいてくる。
ランドセルに赤い鈴を付けたひかりだ。
「ただいまぁ」
ひかりはいつものように俺とハグをした。
もちろん
「今日は家で夕飯食わんかね?まあ、ソーメンしか無いが。あ、そうだ!
ひかりは両手を上げて喜んだ。
一旦帰宅して、風呂で汗を流した。
「ぷはぁっ!ねぇ、どうだった?」
「お、凄いぞひかり、10秒だ」
たったの10秒間、お湯に顔をつけられるようになっただけで俺たちはハイタッチをして喜んだ。
何故なら、ひかりは当時風呂場でも虐待を受けていた。
熱湯と冷水を交互に浴びせられていたのだ。
それからひかりは水を異様に怖がるようになっていたのだ。
それを克服し、ひかりは俺と入るお風呂が大好きになった。
ひかりは
本当に強い子だ。
ワンッワンッ
「おー、待っておったぞい」
タロウと目黒さんが庭で出迎えてくれた。
待っていたと言っても、目黒さんは既に
いつものように乾杯すると、ソーメンを頂いた。
「うーん!お爺ちゃん美味しい!」
ひかりは箸を使って上手に食べる。
特別支援学校で教わったのだ。
ふと、目黒さんが恐る恐るひかりに尋ねた。
「聞いてもいいかい?ひかりちゃんは今までお部屋に閉じ込められていたろ?!どうやって色々覚えたんだい?……その、言葉とかさ……」
ひかりは口いっぱいにソーメンを入れて、なんの気なしに答えた。
「ひかりはね、もっと小さい時は目が見えていたんだ。だからお部屋にある物とか、窓の外に見える景色はなんとなく覚えてたの。時間とか日付け、季節っていうのがある事も知ったの。明るいのは朝、暗いのは夜。でも段々目が見えなくなっていって、ひかりには夜しか無くなったんだ。」
俺と目黒さんは箸が止まっていた。
「それからはね、悪い人たちがいる隣の部屋からてれびっていうやつの音が聴こえてたから、それで覚えたの」
「テレビか……例えばどんな事を覚えたんだい?」
俺は耳を傾けた。
「んとね、お馬さんという生き物が競走するのを大声で応援していたよ。終わると部屋に入ってきてひかりのことを蹴ったり踏んづけたりされたよ」
話を聞く目黒さんの目は鋭くなっていった。
そして俺は目を閉じ、歯を食いしばった。
「後はね、ドラマっていうのをよく聴いてたよ。人間は仲良くしたり、喧嘩したり、色々な
ビールは
「後はね……あっ!野球っていうのを覚えたよ!ボールを投げたり、バットで打ったりする運動なんだよ!お爺ちゃん知ってる?」
「や、野球か。もちろん知っておるぞぉ」
「じゃあ
目黒さんと俺は少し驚き、
ひかりの話は続く……
「ニュースっていうのも聴いてたよ。子どもは学校に行って、大人はお医者さんや食べもの屋さん、警察屋さんとかになるんだって。パパとお爺ちゃんは農家屋さんだね」
「ハッハッ、そうじゃの」
「後はね、世の中には悪い人たちがいて、人間の生命を奪ったりするんだってぇ。怖いよねぇ。あっ!でもね、ヒーローっていう人がいて、悪い人から助けてくれるんだよ!そう、パパみたいに……」
ひかりは俺の顔を見て微笑んでいた。
俺はとてもじゃないが、まともにひかりを見ることも言葉をかけることも出来なかった。
俺は一体……何者なんだ……
部屋は静寂に包まれた。
ひかりはそういうのを敏感に察知する。
「あれ?……どうしたの?パパ、お爺ちゃん?」
目黒さんが取り繕う。
「いや、何でもないぞぉ。パパはお口の中がソーメンでいっぱいじゃよ、ワッハッハッ」
「ふぅーん、そか。あのさ、ひかりからも1つ聞いてもいい?」
「ああ、
「あのね、パパがひかりを助けてくれた時と、悪い人が家に来て、お爺ちゃんが抱っこしてくれた時に同じ匂いがしたんだ。なんか、煙の匂い……あれはなんの匂いなの?」
!!!!
(しょ、
目黒さんと俺は目を見合わせた。
「あ、ああ、あれか……あれは煙草の匂いじゃ……」
「たばこ?」
「そうじゃ。うーん、なんというか、乾燥した葉っぱを紙で包んだモノでな、端っこに火をつけて煙を吸うんじゃ……そうすると気持ちが落ち着いたりするんじゃよ」
「……ふぅーん。なんかお爺ちゃんの声が震えてる。本当かなぁ?!ひかりにもたばこちょうだい」
やはり、ひかりの感覚は鋭い。
聴覚、嗅覚、肌で感じるその時、その場所の雰囲気……何もかもが優れている。
「子どもは吸えないんじゃ、ダメ〜」
「え〜、なんでダメなの?」
「ひかり……それはね、煙草はあまり身体に良いモノではないんだ」
「え?身体に良くないの?!……パパ、お爺ちゃん、煙草はダメね!吸うの止めてね!分かった?」
ひかりは頬っぺたを膨らませて怒った。
「わ、分かった!もう吸わないと約束するぞいっ」
「……パパは?」
ひかりがジロリと俺を睨みつける。
「ははっ……大丈夫!パパはもう
俺はひかりの頭をポンッと叩いた。
勿論ゴムボールだが。
「ひかりちゃん本当に大丈夫かね?」
「大丈夫だよ!ひかりは出来るんだよ!さあ、投げて!」
まごつく目黒さん、強気のひかり……
「よーし、じゃ行くぞ!ホイッ」
目黒さんは
ボールはそのままひかりの頭にポンッと跳ねた。
「ガッハッハッ!こりゃ面白いわい!残念じゃったの、ひかりちゃん」
「違うの!お爺ちゃんちゃんと投げてよ!真っ直ぐひかりに向けて投げて!」
ひかりは地団駄を踏み、頬を膨らませた。
「わ、分かったよ。じゃ、本当に投げるぞい?!」
目黒さんはひかりに言われた通り、真っ直ぐひかりに向けてボールを投げた。
目黒さんは戸惑ったのだろう、ボールは少し右に
シュッ
パシッ!
「は?!……」
ひかりは取った。
右に逸れたボールを取ったのだ。
「えへへーっ、凄いでしょぉ」
ひかりはドヤ顔、目黒さんと俺は狐につままれたような顔になっていた。
「ひかり、お前どうやって?……」
「え?どうって……ボールの音が聞こえるし、空気が震えるでしょぉ。分かるよそんなの」
目黒さんと俺は、また目を見合わせた。
訓練を積んできた目黒さんや俺は、目隠しで同じことを出来る。しかし、ひかりにはごく当たり前の事だったのだ。
これにはただただ驚くしかなかった。
「あ!そうだ!ひかりね、テレビでひとつ好きなものが出来たんだ。さて、それは何でしょうか?」
「好きなもの……?」
「うーん、何じゃろか?」
俺たちは頭を悩ませた。
「ブブー!時間切れでーす!正解は……お歌でーす!」
ひかりは意地悪そうな顔で笑った。
「ほほう、歌か!いいのぉ、聴かせておくれ」
「パパも聴いてみたいな」
「えええっ!ちょっと……恥ずかしいなぁ。笑わないでね……。じゃあ……歌います」
ひかりは大きく息を吸った。
ひかりのステージが始まる。
俺はこの日を永遠に忘れない……いや、忘れることは出来ないだろう。
•*¨*•.¸¸♬︎
Amazing Grace, how sweet the sound,
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind, but now I see.
(驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう
私のように悲惨な者を救って下さった
かつては迷ったが、今は見つけられ、
かつては盲目であったが、今は見える)
T'was Grace that taught my heart to fear.
And Grace, my fears relieved.
How precious did that Grace appear
The hour I first believed.
(神の恵みが私の心に恐れることを教え、
そして、これらの恵みが恐れから私を解放した
どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
私が最初に信じた時に)
Through many dangers, toils and snares
I have already come;
'Tis Grace that brought me safe thus far
and Grace will lead me home.
(多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
私はすでに辿り着いた
この恵みが、ここまで私を無事に導いてくださった
だから、恵みが私を家に導くだろう)
The Lord has promised good to me.
His word my hope secures.
He will my shield and portion be,
As long as life endures.
(神は私に良い事を約束して下さった
彼の言葉は私の希望の保障である
彼は私の盾と分け前になって下さる
私の命が続く限り)
Yea, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess within the veil,
A life of joy and peace.
(そう、この体と心が滅び、
私の死ぬべき命が終わる時、
私は、来世で得るものがある
それは、喜びと平和の命である)
When we've been here ten thousand years
Bright shining as the sun.
We've no less days to sing God's praise
Than when we've first begun.
(地上はまもなく雪のように白くなり、
太陽は光を失うだろう
しかし、私を御許に召して下さった神は、
永遠に私のものになる)
•*¨*•.¸¸♬︎
一瞬の静寂のあと、目黒さんは惜しみない拍手をした。
俺は気がつくとひかりを強く強く抱き締めていた。
涙が止めどなく流れていた。
俺は神様など信じちゃいない。
けど……けれど、
天使は……居た……
今、この腕の中で温かな光を放っていたんだ。
追記:「アメイジング・グレイス」は著作権フリーです。但し、プロのアーティスト( ヘイリー・ウェステンラさん、本田美奈子さん、中島美嘉さんなど)がカバーしたものは除きます。
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