童話のifは異世界で ②
「もうここがどこか、わかりましたよね」
さあ認めろ。そんな目で女の子が見てきた。
わかりきってても声を出すのと出さないのでは、結構な差があると思う。彼女はその差を埋めさせるつもりなんだ。もう逃げることができないように。
「白雪姫の世界、なのか?」
「当たりです」
声に出して、女の子に肯定されて、いよいよ逃げ場所がなくなってしまった。ここは白雪姫の世界。信じるほかない。
「じゃあ、あれは本物の白雪姫ってことか」
目線を横に流す。ローブを着た白雪姫が周囲をキョロキョロ見渡したのち、歩き始めるのが見えた。
「どっか行っちまいそうだけど」
女の子はさっきとは打って変わって、白雪姫には興味を失ったかのようにこちらに視線を固定して、
「構いません。彼女の行き先は分かっている上、今追ってもできることは特にありませんから」
「……お前、何者?」
女の子と瞭雅の境遇は同じはずなのに、なぜこんなにも情報量に違いがあるのか。
彼女の目が一瞬伏せられたが、すぐに瞭雅の眉間を射抜く。
「自己紹介から始めても私は構いませんが……それでいいのですか?」
なぜか出し渋る彼女に、瞭雅は眉を顰めて、
「なにがだよ」
女の子は意地悪そうに笑って、
「いえ、帰り方とか気にならないのかなあと思いまして」
「……あ」
たっぷりと数秒を費やした贅沢な静寂。しかし時間を使ったからといって、状況が好転したりなんてことはない。むしろ、より多くの焦燥感と絶望感が頭を埋め尽していき、
「そうだよ、ヤベぇじゃん! 授業が始まっちまう‼︎」
女の子は意外そうに目を見開き、
「授業第一ですか。その
「悪かったなぁ! 目つき悪くて図体デカくて‼︎」
彼女の何気ない発言にコンプレックスをぶち抜かれる。
ツーブロックに刈り上げられたベリーショートの黒髪に、精悍な顔つき。と、称すれば聞こえはいいが、実際は口から覗く大きな八重歯に、睨みがデフォルトの目という悪人顔御用達のコンボ。身長は多くの男児にとってステータスとなるが、薬も過ぎれば毒となる。そこに一九◯を超える身長は足しちゃダメだった。明らかな神様の設計ミスだ。
ある教師曰く、高校生はおろかカタギに見えないと評されたこの容姿は、めでたく大神不良説を学校中にばらまくのに貢献したことを記しておこう。クソッタレ。
「てか、んなこと今はどうでもよくって……早く俺を向こうに帰してくれ!」
「どうどう、落ち着いて」
「落ち着いてられるかっ!」
瞭雅は昼休みの間、司書教諭に図書配架の仕事を押し付けられていたのだ。時間的に授業はもう始まっている。五限六限をサボるのはマズイ。なんてったって、今日は高校二年になってはじめての授業日なんだ。そんな初っ端からサボりなんて、不良説の更なる支持になってしまうに違いない。もう手遅れな気もしなくもないが、せめて気のせいにできるぐらいに留めておきたい。
女の子の肩を揺らして催促する瞭雅の手を、彼女は鬱陶しそうに払ってから、
「大丈夫ですよ。ここにいる間、あちらじゃ時間は進んでないんですよ。なので、授業には間に合いますから」
「マジで⁉︎」
どういう仕組みかはわからないが、そういうことらしい。もはや思考停止して受け入れているが、超常現象を解明しようとするなんて天才か馬鹿のすることだ。天才でも馬鹿でもない瞭雅は素直に帰れることを喜び、
「いや、ホント良かった。一生帰れないとか言われたらどうしようかと思ったわ」
「ご安心を。ちゃんと帰れますよ」
「帰れんだったら、ちとこの世界で過ごすのもアリだよな。今思えば、俺めっちゃ貴重な体験してんじゃん」
瞭雅は現在進行形でフィクションの世界に入り込んでいるのだ。今まで幽霊や魔法といったオカルトの類とは無縁だった彼には、この世界の何もかもが新鮮に感じられた。
まずは何をしようか。食べ物とか、味はちゃんとするのか気になる。世界で一番美しいって設定がある白雪姫のご尊顔を拝見しに行くのもいいかもな。フードのせいで顔、見れなかったし。あとは、
「まあ、それもすべて帰れたらの話ですが」
「え?」
ギリギリ聞き取れるほどの小さな声で、女の子はボソッと呟いた。聞き逃しても仕方ないほど、他愛なく吐き捨てられた言葉。しかし、聞こえなかったフリをするにはあまりにも不吉なそれに、瞭雅は彼女に目を向けた。ちょうど彼女もこちらを見ていたのか、視線が交差する。
「ふふっ、そんなに私を見つめてどうかしたんですか?」
「いや、なんか不穏な言葉が聞こえた気がすんだが……『帰れたら』って言った? えっ、なんかやんねえと帰れねえの?」
彼女の顔に帯びていた笑みが一瞬消え失せ、嘲るような姿に変わって再び帰ってきた。
「いつでも帰れると思っていたのなら、暢気がすぎますよ。顔面は凶悪なのに、頭の中ではお花でも咲いているんですか?」
「顔は関係ねぇだろっ! ……じゃなくて、ならどうやったら帰れんだ。俺もなんか、しなきゃ駄目……なのか?」
判決を待つかのように、恐る恐る尋ねる瞭雅。そんな彼に、女の子はおかしな刑を言い渡した。
「あなたには、ハッピーエンドのために命を賭してもらいます」
「パードゥン?」
しまった。あまりの突飛さに、得意でもない英語がつい出てしまった。
「だから、ハッピーエンドです。バッドエンドを阻止し、物語をハッピーエンドに導くために、あなたには粉骨砕身で働いてもらいます!」
「お、おう」
何が「おう」なのか自分でもわからないが、意気込みに押されて思わず頷いてしまった。
了承とも取れる瞭雅の言動に満足がいったのか、女の子もひとつ頭を大きく上下させ、赤頭巾を外した。長らく隠されていた栗色の髪が風になびく。三つ編みのハーフアップに、彼女の腰ほどあるウェイブかかった長髪は、陽に透かされて紅く煌めいた。
嘘っぽく笑う少女だった。怪しさを感じさせるような嘘ではない。綺麗ではあった。目をパッチリあけ、口角や眉の上げ方さえも計算し尽くされてる感じがする。だけど、そんな「笑顔のお手本」みたいな完璧さが、むしろどことなく嘘くさい。
「まあこれから色々お世話になりますし、まずは後回しにしていた自己紹介から始めましょうか。あなたのお名前は何ですか?」
名前なんて、そう出し惜しむもんじゃない。それはわかっているのに、なぜか躊躇った。ここで教えてしまったら、もう戻れない。そんな気がした。
「……大神瞭雅だ」
それでも気づけば彼女に教えていた。
名前を聞いた彼女はさらに嘘くささを深めて、笑う。
「オオカミくん、ですか。ピッタリなお名前ですね! 私は赤ずきん。冒険譚の譚、訂正の訂と書いて、『
明らかな偽名を名乗り、瞭雅の名前を盛大に間違えながら、両手でスカートの端を持ち上げ、上品にお辞儀をする譚訂『赤ずきん』。
「私が推理するのは原作とは違う、この『世界』のハッピーエンド。そして帰る方法は、私たちがそのエンディングへと導くことです。絶対にバッドエンドを迎える、この『世界』を……ね」
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