22.あこがれの残骸 —賑わい—-1

 祭りの如く人が集まり、賑わう会場。

 かつて、我々の左遷先であったテーマパーク奈落でもそうしたことがあった。

 入場ゲートに控える弟の奈落のネザアスは、派手な衣装を着て模擬戦のショーに出ることもある。本人は『見世物じゃねえよ』と嫌がってはいたが、いざとなるとプロ意識もあるらしく、場を盛り上げていたものだ。

 反面、私は人前に出るのが苦手な性分だった。そんな華やかな弟を陰ながら見ていることが多く、正直に言えば、彼のことをうらやましいと感じたことがなかったわけではない。            

 弟は人前でもいつも堂々としていた。

 性格的には、少しシャイな部分もあったのだが、一度舞台上にあがってスイッチが入ってしまえば、まったくそんな部分を出さない男だったのだ。

 私が裏方の仕事を多くしていたのも、そうした事情からでもある。

 ただ、一つ。私にも特技はあり、スポットライトを浴びる機会はあった。

 あるとき、創造主アマツノが、私を呼んでいった。

「君はあまり目が良くないけれど、その分、音には敏感なんだよね」

 だから、と彼は告げた。

「ほかの黒騎士たちに比べて、音の聞き取れ方も違うみたいだ。君には音楽的な素養ああるのではないのかな」

 アマツノは、そういうと私に笛を与えてくれた。それは、銀製のフルートであった。彼の言う通り、私は暇を見つけてそれを練習して披露してみたところ、彼からずいぶん褒められた。

「やっぱり君には才能があるよ。もっと練習してごらん」

 当時のアマツノは、天才とはいえまだまだ甘いところのある若造だった。しかし、私はそんな彼を好ましく感じていたものだ。

 私はアマツノに褒められるのがうれしく思った。

 私は客観的に自分の技量がどのようなものかがわからなかったのだが、アマツノは時折、上層アストラルの幹部たちを集めるパーティーなどで私に演奏をさせた。その評判はなかなかのものだったようだ。私も密やかに嬉しかった。

 テーマパークに左遷されるころには、私にもそういった依頼はあまり来なくなっていたが、一、二度、そこの野外ステージでも笛を吹いたことがあった。

 上層でのパーティーの時も、奈落での演奏会の時も、弟は必ずそこにはいたはずだったが、私はついぞ姿を見なかった。

『のんきなものだぜ』

 何かの時に彼が悪態をついているのを聞いたことがあった。

『いいよな、アンタは笛さえ吹いてりゃアマツノにかわいがられるんだから』

 彼は私が笛を吹くのを、好ましく思っていないのだろうと思っていた。


 *


「この周辺もずいぶん、荒れているな」

「うーん、なんとなくこの辺りは、アイツらが通り過ぎたあとって感じだね」

 13号基地自体はかなり辺鄙なところにあるものの、もともと我々がいた最前線の基地はもっと奥側にあったため、行動できる範囲に、入植していた人家の廃墟や白騎士の部隊のキャンプ跡など、人の住んでいた痕跡が残る場所も多かった。

 その中で、泥の獣が、というよりは人為的に破壊された形跡のあるような場所もしばしばあり、この頃は増えている。火器が使われた形跡があったところは、泥の獣だけで破壊したとも思えないが、汚泥らしきものが残っていることもあった。

 破壊の仕方がこうであるにも関わらず、何かしらの汚染の形跡がある。その両者を満たすのは、あのレプリカのサーキィのように、変質した黒騎士の仕業に違いなかった。

「こんなに汚染されてちゃ、白騎士は近寄らないだろうなあ」

 我々黒騎士より、白騎士は汚泥汚染に弱い。ロクスリーの見立ては間違っていないだろう。

「しかし、相変わらず通信妨害がひどいねえ。ツカハラ隊長につなげられれば、と思ったんだけど、穏便に通信するのはあきらめた方がいいかもしれないなあ」

「それはどちらの仕業なのだろうか」

「さて、変質したといっても黒騎士は黒騎士。それに、理性の崩壊具合は個人差があるからな。元の戦闘能力や技術を保ったまま、敵意だけが強くなるってこともまあまああるから、あっち側から仕掛けている部分もあるし、それに対抗した白騎士の対処で余計にひどいことになっていそうだな」

 ふむ、と私はうなずいた。

「こんな状況だと、わたしも表に出づらいなあ。キミ達もその姿ではすんなりと通してもらえなさそうだけれど、わたしなんかは黒騎士として名乗ったら、面倒なことになりそうなんだよな」

 というロクスリーに私はたずねた。

「ロクスリー殿は、そういえば表向きどのような身分で、あの基地の管理人をしているのだ?」

 と尋ねると彼は苦笑した。

「ああ、その辺、まだキミは伝わっていないわけだね。まあいずれわかるだろうけれど、わたしは表向きには入植者扱いになっているんだ。なので、今の身分としては『逃げ遅れた一般人』ということになっているんじゃないかなあ。間違っても黒騎士というのがバレちゃいけない感じだね」

「なるほど」

 私たちは少年の姿になっていて不審であるし、ロクスリーは表向きは一般人だがこの風体。汚染地域にも平気で行ける上、複製品のサーキィ・サーティーンが004の恩寵騎士を名乗っている手前、説明が非常に難しそうだ。

「どうしたらよいのだろう?」

「まあ、なるようになるんじゃないかい?」

 ロクスリーの適当な返答が、なんだか能天気だ。

 しかし、普段なら彼の無責任な能天気さに眉をひそめるところであるが、私は彼の周りをゆらりと泳いでいる金魚のマルベリーを見てしまう。まだすべてを知っているわけではないけれど、ロクスリーと彼女の過去を思えば、その一見適当に見える発言も、何かしら深みがあるようで、うまく返答ができなかった。

「キミたちだって、あの面倒くさいヤミィ一派がうごめいていなきゃ、ずっとここで暮らすのもいいと思うんだけれどね」

「それは」

 そんなことを口にするロクスリーに、私は半ば同意しそうな気持になってはいた。子供の姿になってしまって、あてもなくさまよってはいたけれど、廃墟で物資を調達したり、”魚釣り”で必要な栄養素を獲得したり、弟との旅はそれなりに楽しいものだった。

 上層アストラルでの我々の立場は、黒騎士の叛乱以降は、同じ黒騎士であるというだけでますます厳しいものになるはずだろう。私に弟をどうするのか、と、非情な質問を投げかけたうえ、おそらく、今の我々を見ているアマツノ・マヒトからは、二度と寵愛など受けられないだろう。

 なのに、あんな場所に戻って何になるというのだろう。

 それに、弟の関係にしたってそうだ。

 我々がどうなるか、この姿から戻れるかすらわからないけれど、また奈落に戻ってしまえば、元のように険悪な関係に戻るだけなのではないかと。

 この状況が、もしかしたら死にかけた私の見ている幻影や夢なのだとしても、多分今の方が”幸せ”なのではないかと、うっすら感じ始めている。

 このまま、ここで過ごす方が、我々にはもしかしたら幸せでは?

 と、返答のない私を見て、ロクスリーは苦笑した。

「相変わらず、キミは真面目だなあ。吹き込んだわたしも悪かったけど、……また難しいことを考えてる? 前にも言ったけど、今は休暇ぐらいに考えておけばいいんだよ。ま、なんとかなるって」

 と、そんなことを言っていた時だった。

 どこからともなく、あにさま、と弟の声が聞こえた。

 弟は別の部屋を探索していたのだが、ふと彼がぱたぱた走ってくる音がした。

 この間拾った猫の耳のような飾りのついた帽子をかぶった弟は、それが似合う幼い所作で今日も元気だった。その手に何か棒のようなものを持っている。

「あにさま! おれ、みつけたよ!」

 きょとんとしていると、弟は小鳥のスワロ・メイを肩にのせたまま私の前で持っているものを得意げに掲げた。

「これは?」

「あにさまの笛、これでしょ。正確にはあにさまの持ち物違うけど、あにさま、昔これ、吹いてた」

 弟が差し出してきたのは、銀製のフルートだった。

「おやおや、楽器の類か。珍しいねえ。しかも、ケースに白騎士の部隊のマークが入っているみたいだけど」

 とロクスリーは言いつつ、

「ああでも、そういや、白騎士の隊長のツカハラ・アントニオ自体がヴァイオリニストだったっけ。……彼の部隊は軍楽隊みたいなこともしてたから、持ち込むのはありえなくもないか」

「うん、そうだぞ。あのね、おれ、これ、ツカハラの部隊から、借りてきてたの」

 弟は意外なことを言った。

「借りてきていた?」

「うん、ここより前の基地にいたときね、レンタルのしんせー、出してたの。番号覚えてるから、多分、これと思う。なんかの荷物にまじってここにきたのかなあ」

「ネザアスが借り出したのか?」

「うん、そう!」

 と言ってから、弟は私の顔を見上げた。

「あにさま、おれ、あにさまの笛ききたいな!」

 屈託のない笑みで弟は言った。

「私の笛を?」

「ああ、そうか。そういえば、ドレイクは笛の名手だったよねえ」

 ロクスリーがそういうと、弟はうなずいた。

「そうなんだぞ。あにさま、とても笛、きれいでうまいんだ」

 お前は、嫌いなのではなかったのか? と眉根をひそめるが、弟は私にフルートを握らせた。

「おれねえ、あにさまの笛、いつもきいてたよ。あにさまがたまに夜にふいてたのとか、演奏会のときは舞台のうらとかで」

 弟は言った。

「おれも、あにさまみたいにね、笛、吹いてみたいと思ってたんだあ」

 

***


 ロクスリーが自分の過去を説明するべく、私に自分や弟の過去の記憶を共有するために用いた手法で、私は時々、弟の記憶をたどってきていた。

 基本的にそれはロクスリーこと黒騎士サーキット・サーティーンと彼の弟子のマルベリーに関する事柄であったが、その手法の副産物というべきか、時々、そことは違う弟の記憶のようなものが雪崩れ込んでくることがあった。

 それは夢と混ざって、起きてしまうと忘れてしまうものも多く、どこまでが彼の本当の記憶かどうかもあいまいだったため、私はたいして気に留めていなかったが。

 その時は、眠ってもいないのに、笛を吹いた途端に、私の頭の中になだれ込んでくるものがあったのだ。

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