14.下賜の小柄 —お下がり—


 外では雨が降っている。

 13号基地は小さいながら、堅牢かつ快適だ。汚泥を含む雨の勢いも強く、私と弟はしばらくそこで逗留していた。

 基地の管理人はロクスリーだが、彼は門番であるセキリュティシステムのゲートキーパーに、ここの施設を任せている。

 そのゲートキーパーに、通信設備の回復状況を尋ねたが、ゲートキーパーが元から接続できるデータベースなどへのアクセスはできるらしいが、直接的に他の基地と通信するのが難しいようだ。これについては、他の基地の白騎士達が意図的に妨害している可能性がある。

(サーキットが暗躍していたということは、通信が傍受される可能性もあるのかもしれない)

 黒騎士ヤミィ・トウェルフの煽動した叛乱にはほとんどの黒騎士が参加している。私達の制圧部隊により数を減らしているが、基本的には不死身の黒騎士、どれほどの数のものが残っているかは正確にはわからない。

 最悪彼らはその体を構築するナノマシンの黒騎士物質ブラック・ナイトを変質させ、合体し、強力な怪物に変化する可能性も秘めているのだ。

 理性をなくしているものも多いが、例のサーキット・サーティーンの様子を思い出せば、相手の通信を傍受して利用することができるくらいの知性が残されたものいるはずで、となると倫理観だけが吹き飛んだ、専門知識のある強力な戦士が相手になるということになるのだ。

(先行き不安だな)

 私が窓の向こうの雨を見てため息をついていふと、足音が聞こえた。

「あにさま、暇だねえ。あめ、また降ってるの?」

 ぱたぱた足音を起こしながら、弟が私のそばにやってきた。

「うむ。こんな雨では外も歩けないな」

「うん」

 ぴぴ、と機械仕掛けの小鳥のスワロ・メイが、弟の頭で鳴いた。

 見れば弟は手元で木の棒のようなものを持っている。

「おや、ネザアス、何を作っているのだ?」

「これはねえ。スワロの止まり木! 雨で暇だから、ブランコ作ってあげる。でも、スワロの足にちょっと棒が太いからけずってるの」

「ほう」

 それは良い、といいかけて、私は彼の持っているものに目を止めた。

 弟の手に小柄があった。

 子供の姿となったものの、我々は戦闘用である黒騎士の矜持を忘れたわけではない。

 重たく大きいながら、背中には愛刀を背負って移動してきた。その刀は古の作りとさほど変わらないため、ほぼ装飾品の扱いながら、小柄や笄を取り付けてあることもあった。

 古に習い、目貫と小柄と笄といった三所物というものに、同じデザインの細工がなされていることも多い。それは、兵士たちにとっては、ちょっとしたお洒落ともいえた。

 伊達男な一面のある弟は、そうした装飾品にもそこそここだわりがあったと記憶していた。特に小柄についてはペーパーナイフの代わりに使うためか、必ず大小どちらかの鞘には取り付けて携帯していた。

 今ナイフとして使っているのは、その小柄らしい。しかし、私はそれに見覚えがあった。

 表にはYの文字を崩したような美しい意匠、裏には優雅な馬の図案を模した柄。

「ネザアス、それは?」

「あっ、これ?」

 弟は小首を傾げた。

「これはあにさまにもらったのだよ! あにさま、わすれちゃった?」

「いや。まだ、持っていたのか?」

 私は少し驚きつつ、

「だってこれとてもきれいだよ。とてもいいものだもん。あにさまのお下がりだけど、大切にしてる」

 弟はそう言って小柄を私に見せた。

 

***


 上層アストラルにいたころは、黒騎士の我々は、アマツノ達、管理局上層部の幹部の護衛任務が比較的多かった。

 しかし、受ける任務の内容には、やはり個人差もある。

 どちらかというと黙って護衛として、後ろから影のようについていくことが多かった私と比べ、機動力が高く、より攻撃的なネザアスやヤミィ・トウェルフについては泥の獣の制圧のため、こちら側から出向くような任務も少なくなかったし、彼らもそうした仕事に向いていた。

 しかし、弟とヤミィ・トゥエルフは、元からあまり仲が良くなかった。

 弟に言わせると、ヤミィの無口で何を考えているかわからぬ態度が腹が立つというし、ヤミィは口にはしないが、弟のような感情をあらわにしやすく、自堕落に見える男を嫌っているようだった。

 表向き争うことはしないし、弟とてわかりやすくは絡まない。たまに皮肉の一つでもいうくらい。ヤミィは黙って彼を睨むだけ。

 私やサーキット・サーティーンが混ざっている時はまだしも、二人だけを連れている時は、あの創造主アマツノ・マヒトですら気を遣うレベルでピリピリしていたらしい。

 多少無理からぬところはあった。

 二人は生まれた時期も近く、戦闘スタイルは違ったものの、お互い機動力と高い戦闘力、積極的で好戦的なところを買われてもいた。

 実のところ、製造番号と受肉した順番は別だ。ネザアスは002、ヤミィは003だが、それは電子だった時代、どちらが先に作られた人格かというだけだ。

 初期ロットの五人のうち、ここで体を作られて受肉したのは、最初が私、次がサーキット、三番目がエリック、そしてネザアス、最後がヤミィという順番だ。最後の二人が実質的に弟扱い。わずかながら新型である。

 ただ、弟は私を作った時のナノマシンの半分を使ったのに比べ、ヤミィは完全に新作の素材から作られたと言われていた。

 そんな二人だけに、ライバル関係が不必要なまでに激しくなった。

 ヤミィは元から無口であるが、特にネザアスを相手に話すことはなく、しかし、無言ながらにネザアスを意識している一面はあり、確実に彼より多くの敵を屠ろうとしていた。

 ネザアスはあからさまにヤミィを意識していたし、口にも出していた。彼の性格上、面と向かって対立姿勢を明らかにされれば、張り合ってしまうのも想像に難くない。

 彼らが二人して討伐に向かうと、大体、倒した敵の数の熾烈な競い合いとなったものだ。

 その後、ヤミィの方があくまでわずかながら『新型』であった為に、この関係は崩れていく。

 我々と違う新作素材が使われた、ヤミィは更新アップデートがしやすい肉体であり、その後の黒騎士の進化にもついていけた。

 それがゆえに、更新の効かぬ我々と違い、アマツノの寵愛を受け続けることができた。瞳の色すら他のものと違う彼は、まさに「選ばれし者」であったのだ。

 それはさておくとして。

 そのころ、アマツノは士気を上げるためもあり、功労者や成績優秀者に褒章を与えることにした。泥の獣の討伐数の多い強化兵士に対し、記念品を下賜することがあった。

 弟もそれで小柄を含む、いわゆる三所物という刀装品を貰ったのだ。

 伊達男な側面があり、なおかつ好戦的な戦士である弟にとって、武器に絡むその贈り物は随分と嬉しいものであったようだ。洒落た意匠のあるそれを貰って大切にしていた。

 時々、誰もいない時にそっと出して眺めたり、手入れしていることもあった。

 弟の小柄と笄には、表には恩寵の文字、裏には図形に髑髏、魔術めいた異国の文字を崩したものがあしらわれていた。

 下賜品のうちでも、“恩寵騎士”とそうでないものは、表の意匠が少し違い、それを携帯するだけでもある種の身分の証明になるようなものだ。

 弟はそれを大切にしていたが、刀装品であるゆえに戦場にも持ち歩き、実用もしていた。

 ある時、派手な戦闘があった。その時、どうも弟は、咄嗟に戦闘で使った小柄をそのまま戦場でなくしてしまったらしい。

 その時は、私も同じ任務についていた。

 弟は戦闘が終わってから、危険も顧みずに随分、周りを探していたが、結局、見つからなかったようだ。

 弟は粗暴な一面がある一方、どこか一本気でもあり、ひねくれているようで素直だ。それが故に態度に出る。彼は隠すことなく落ち込んでいた。

 私と彼の関係は良好ではなかったが、落ち込んでいる弟を見るのはかわいそうに思った。彼がアマツノからそれを下賜された時、どれだけ喜んでいたのを私は知っていた。

 私は彼に近づいた。

「見つからぬか」

「ああ。ほうぼう探したんだがな。汚泥が飲み込んじまったのかも」

 弟が落ち込んでいるのは、他にも理由がある。実は、彼は一週間後にアマツノと会う予定があるのだ。

 しかも、ただ会う、というより、今のそれは『謁見』に近い状態だった。アマツノの周りには、取り巻きがいる。マガミのような腹心だけでなく、そこには黒騎士など強化兵士の取り巻きもいた。

 厄介なのはむしろ彼らだった。ヤミィは別として、他の黒騎士たちはアマツノの寵愛を受けるのに必死だ。飽きられてしまえば、今の我々のように左遷され、使ってもらえない。戦闘用黒騎士にとって、戦場に立たせてもらえないことは、存在意義の否定に近しい、それはそれは屈辱的なものだった。

 その為、寵愛を得られた彼らの中にはら、競合相手を徹底的に貶める者もいた。特に、初期ロットの我々は、アマツノからも特別な存在として扱われていただけに、彼らの絶好の攻撃の的になるのだ。

 彼らの前に、ネザアスが下賜されたものを身につけずにいき、なくしたことがしれたとしたら、彼らは弟の忠誠心のなさをことさら強調してアマツノにふきこむ。

 そうすれば、二度と呼ばれなくなるかもしれないし、そうでなくても、その場の空気は重くなり、ネザアスは屈辱を味わうことになる。

「まっ、まあ、しかた、ねえな」

 弟はわざと強がっていた。

「どうせ、呼ばれたからって何するわけでもねえし、なにかもおこらねえ。結局、おれは旧型なんだろうから、相手にされねえよ。無くしたって、なんの影響もねえんだし」

 弟はやけになったようなことをいって、苦笑して立ちあがろうとしていた。

 と、私は彼の前に立ちはだかった。

「なんだよ」

 私は黙って自分の刀につけてあった小柄を引き抜くと彼に差し出した。

「これでよければお前が使え」

「は?」

 弟は呆気に取られた顔をした。

「これは、アマツノからもらったものだ。確かに下賜品、柄の表にアマツノの恩寵の文字を崩した意匠が施してある。おれも恩寵の騎士、表面は変わらない」

 弟に押し付けるように渡すと、彼はぼんやりとそれをみた。

「アンタももらってたのか?」

「おれの場合は、お前達と理由が少し違う。おれは、お前達のように敵の数を競うことはできない。ただ、アマツノの護衛をしていた時に、その働きが顕著であるとして下賜された」

「そ、そうか」

 弟は少し動揺しているようにもみえた。彼は私が下賜品を与えられているとは、知らなかったのだろう。

「お前が使え。お前にやろう」

「え? 何言ってんだ、お前」

 弟は意味がわからないというように首を振った。

「これ、アンタにとっても大事なんだろ」

「無論だ。しかし、おれは、もうかなり前にそれと揃いの装飾品を失くした。それだけが手元にあるだけだ。すでに、下賜された大切なものをなくすようなもの、という判定をされている」

 それは、確かに事実だった。それを取り巻きの黒騎士に指摘もされているし、アマツノもそのことを知っていた。

 私は。

 彼らに別になんと言われようと気にしなかった。もはやその時点で私がアマツノに呼ばれることも稀になっていたし、彼が私を寵愛することももうなかろう、とも思っていたからだ。

 だが、弟は別なのだろうとも思っていた。弟はアマツノに愛されることをまだ諦め切ってはいなかったし、アマツノも彼に対してはまだ愛着があると思っていた。

 私は言った。

「だから、今更、おれがこれをもっていても、役立たない。おれにとっても大切なものではあるが、それはアマツノに対する思い出だけのこと。しかし、お前には違うのだろう。裏側の意匠は違うが、表面は同じ。詳しく調べられなければ、わかるまい。他の黒騎士達のそしりを受けることもなく、アマツノの覚えもめでたくなる」

「ば、っ、馬鹿に、するなよ。餓鬼じゃあるめえし、なんで、アンタのお下がりなんか」

「嫌なら捨てるか、売るかすればよい。どちらにしろ、おれにはすでに不要のものだ」

 私はこれ以上説明するのが面倒になったこともあり、そのまま歩き出していた。

「っ、ま、待てよ!」

 弟が慌てて呼び止めてきた。

 私が少し振り返ると、弟は小柄を手に私を見たが、すぐ目をそらし俯いた。

「あ、……」

 弟は困惑しているようだった。

「あ、ありが、とう、な」

 ぼそりと弟が小声で呟いたのをきいた。

 弟の素直な言葉が、私に向けられたのは珍しい。けれど、よく考えれば、私と違って彼は意外に素直に感謝の言葉は言える男だった気がする。

 アマツノに愛されるゆえは、そこにあるのだろうと、私は思った。

 

 ***


(そうか、あの時の)

 結局、あの後で弟は別に褒賞をもらえる機会があった。下賜されるアイテムは、希望が通る。同じ意匠のあるライターとピルケースを、その後弟が使っていたのだ。

 装備品の劣化や喪失について申し上げる機会でもあるため、その時に再度小柄も揃えたのだとおもっていた。

 弟はあの小柄を返してくることはなかった。私は自分がすすめたとおり、捨てるか売るかしていると思って、さほど気に留めていなかった。

 まさか、まだ携帯していようとは思わなかった。

「あの後、作り直してもらわなかったのか? もう一度、もらったのだろう?」

「あー。あのあとは、らいたーとかもらったとおもう。おねがいしたら、作ってくれたと思うけど」

「何故? その小柄を装備することで、一時しのぎにはなるが、じっくり調べられては、お前が無くしてしまったのだとわかってしまう。それは裏側の意匠がちがう。私がやったものだとわかってしまうのに」

「んー、そうだなあ」

 弟は首を傾げて小柄を裏返し、別途笄を引き出した。

 確かに外から見える部分には、同じYの恩寵の文字をデザインした意匠がされている。これは、下賜品に共通するものだ。

 しかし、裏は違った。弟のものは、やはり髑髏と異国の文字を組み合わせたもので、私のやったものには馬の意匠がある

 。この馬の意匠は、私のためにデザインされたものだったらしいので、それを見られたら私がくれてやったものだとすぐにわかってしまっただろう。

 アマツノはいちいちそれをしらべるような細やかな男でもないが、取り巻きの黒騎士たちは些細な理由で彼を貶めようとするはずで、断じて気づかれてはならないはずなのに?

「うん、でも、そう言われたら言い返せる。あにさま、おれが困ってたらくれたんだよって。そういったら、あまつの、あにさまがとてもいい奴なこともわかってくれるだろ。そのほうがいいもん」

 それに、と弟はいった。

「あにさまからもらったのも、とてもきれいだもん。使いやすいし、いいものだよ。それに、あにさまとおれは兄弟だから、お下がりもらっても、同じもようあっても変じゃない。だから、たいせつにしてるんだあ」

「そ、そうか」

 私は、もう弟がそれを捨ててしまっているだろうなどと考えていたことが、はずかしくなっていた。

 と、私たちの目の前をふわっと金魚のマルベリーが横切った。

「やあ。雨だねえ」

 昼寝から起きてきたような声が、割り込んでくる。

「こんな雨だと、余計に通信が悪くなる。キーパーくんの調べ物も進まないみたいだ」

 相変わらず、飄々として出てきたのは、この基地の管理人であるはずのロクスリーだ。

 ロクスリーは我々をみやり、弟の手元に注目した。

「ネザアスは何か作っているのかい?」

「うん、スワロのブランコ作ってあげてる!」

「へえ、ネザアスは器用だなあ」 

 ロクスリーは感心したようにいったあと、何か思いついたらしい。

「他にもキミのレディにぴったりな遊具がないか、倉庫を探してみようか」

「ほんと?」

「もちろん。ここまで雨が降ると、わたしも釣りにはいけないから暇なんだよねえ。悪天候をいいことに、ごろごろしていると、うちのレディ・マルベリーにすごく怒られる」

 ロクスリーはそういって、眠そうにあくびをした。どうも本当に昼寝か何かしていて、マルベリーに突かれたものらしい。

 そういえば。と、私はあることを思い出し、彼をそっとみていた。

 ロクスリーも黒騎士だ。

 非戦闘員の黒騎士は、結局エリックだけだった。

 だから、彼も戦闘用なのだろうが、いつも釣竿を背負っているばかりで、目立つ武器は携帯していない。ただ、彼はいつも着ている着物の帯に脇差を差していることが多かった。

 敵の多いこの下層ゲヘナにいるのであり、戦闘用強化兵士の嗜みをもつのであれば、護身用武器の携帯は当たり前のことだった。

 しかし。この時、私は気づいたのだ。

 ロクスリーは、脇差の鞘に小柄を差し込んでいた。その意匠は特徴的で見覚えのある美しいものだ。

 それは弟の手に持っている小柄と同じ、Yの文字を崩したもの。そこに入っているのは、恩寵をあらわす意匠に他ならなかった。

 しかも、それはただの下賜品ではなく、確かに恩寵騎士のみに許された意匠だった。

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