第60話 魔都
「ここです」
と、モニカは右手を伸ばしながら言った。白い指は、荒野の一点を指している。
真っ白な城壁に囲まれた、武骨な城塞都市。カイル達の住まうセリグー王国と同盟を組む、パリグー共和国だ。
知名度こどセリグー王国に劣るものの、実力ではパリグーの方が上などと言われているくらいだから、さぞや腕のいい兵士が守護しているに違いない。
当然、国の指導者を警護する者達も精鋭揃いに決まっている。そんな土地柄で革命を成功させたのだから、モニカの父親達はよほどの腕利きなのだろう。
「ま、全員殴って従わせるだけさ」
「か、カイル様。私からすれば一応、親なわけですから、どうか手心を加えてあげてほしいのですが」
「親といっても、人間の方のモニカの親だろう。お前の製造者は誰かわからないんじゃないか」
「……それでも私には……偽の記憶だとしても、お父様と過ごした思い出が詰まっているのです。急にあの人を他人と割り切るなんて、無理なんです」
「わかった。じゃあこう考えるのはどうだ。俺は今から、少々手荒い手段で『娘さんを僕に下さい』と挨拶しに行くんだ。恋人の実家に自分を認めさせるべく、腕っぷしを披露する。これなら平和的なイベントだろう?」
「そ、そ、それは、私と結婚する意志があると考えてよろしいのですか?」
「ああ」
カイルは力強く頷く。
レオナもアイリスもロゼッタも、リリーエ女子硬球部の全員も――皆まとめて妻にしてやるつもりなのだ。
確かにカイルの下半身は暴れん坊だが、ヤリ捨てするような外道とは違うのである。
抱いた女は、一人残らず娶るつもりでいる。
結果的に妻が一ダースできてしまうことになり、それはそれである種の外道な気もするが、純愛の道を外れただけであって、人の道はまだ外れていないはずだ。ギリギリフェンスは超えていないと思う。ホームランではなく外野フライだ。
カイルは見えない何かに言い訳しながら、共和国の正門を蹴破った。モニカの目の前でモニカの故郷を破壊していることになるが、気にも留めていない。
ピッチャーにはこのような傲慢さが求められるのである。
「なんだこいつは!? な、何者だ!?」
騒ぎ立てる衛兵に向かって、ポケットの小石を投げつける。切れ味鋭いスライダーは、いとも容易く鎧を切り裂いた。
変化量と球速、あと大体は魔力で石の強度を上げているのが理由なのだが、兵士達は素直に驚いていた。二周目の世界は魔法技術が劣化しているので、強化した物体を投げるのは珍しく見えるのかもしれない。
「ひ、ひ、なんだこりゃ……石ころで、金属鎧が……!?」
「バケモノだ!」
ほうほうの体で逃げ出す背中を眺めながら、モニカを地面に下ろした。
足元には矢じりや折れた剣が落ちている。
顔を上げると、窓という窓に防護柵を付け、要塞と化した民家が視界に飛び込んできた。屋根の上には血染めの軍旗が翻っていて、まるで戦場のド真ん中に放り込まれたかのようだ。
「私の記憶では、至って平和な街並みだったはずですが……」
モニカは困惑した顔であたりを見回している。
「その記憶も作りものなんだろうな」
見ればどの建物も武装化されており、一朝一夕でこうなったわけではないとわかる。
ここまで治安が乱れ、軍事化するまでには相当の年月を要したはずだ。
共和国はかなり前から内戦状態に陥っていたのだと思われる。よくもまあ、こんな状態で交流試合なんぞを続けていたものだ。
「……ん」
ふとカイルは、さきほど兵士達が逃げ去って行った通りに、馴染み深いブツを見つけた。
オークの蹄だった。
「ほう」
見間違えるはずがない。あれはオークの下肢の先端――なぜそんなものが街中に落ちているのか。
「どうやら本当にこいつらが絡んでいるかもしれんな」
カイルは嗜虐的な笑みを浮かべながら、腰にぶら下がった生首を撫でた。物言わぬオークの亡骸は、空虚な瞳で同胞のバラバラ死体を眺めていた。
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