第32話 祝勝会
ダンジョン試験を終えたカイル班は、当然のごとく満点評価を受けることとなった。
ずば抜けた討伐数で90点、クラスメイトの救出により10点追加。
「ついでに、アイリスからの個人的な好意でもう10点加算か」
「100点満点中の110点。前代未聞らしいわね」
「そろそろ俺とあいつの仲が疑われそうだな」
笑いながら、カイルは屋上の扉を開けた。レオナと手を繋いで、仲睦まじくフェンスの傍に歩み寄る。
校庭を見下ろすと、生徒や教師が入り混じっての、浮かれたフォークダンスが催されていた。
かがり火を囲んで、各々が気の合うパートナーと踊り回っている。
……カイルに操を立てているのか、アイリスとロゼッタは女同士でペアを組んでいた。
身長差がある生み合わせなので、酷く動き辛そうだ。
(幹部の身柄を確保ともなれば、はしゃぎ回るのも無理はないか)
あのあとカイルは、学院に全てを継げてバザロフの心を読ませていた。
その結果判明したのは、あの男が魔王軍の諜報員――それも幹部クラスだったという事実だ。
バザロフはもう何年も前から魔王に忠誠を誓っていたらしく、入試試験で見込みのありそうな生徒を痛めつけ、内側から人間族を弱体化させる役割を担っていたようだ。
……個人的な欲望からか、見た目のいい女子は見逃すことが多かったようだが。
おかげでやつが着任してからの数年間で、学院の女子生徒はすっかり美少女揃いになってしまったとかなんとか。
今回のオークは、どさくさに紛れてカイルを始末するべく、外部からおびき寄せていたようだ。
王都の城壁を壊したのも、おそらくあいつだろう。
「……で、話って何?」
レオナは髪をかき上げながら言う。
「これなんだがな」
カイルはズボンのポケットから、とある指輪を取り出した。
ロゼッタから預かった、吸魂の指輪を。
「どういうつもり?」
「嵌めようと思うんだ」
レオナの表情がこわばる。
「……なんで? 意味わかんないよ」
「こいつを嵌めなければ、先に進めない。何もわからないんだ」
「でも、そしたらカイルの中身はカーライルに……」
そのことなら、ずっと考えていた。
そして答えは出た。
「どんなことがあっても、俺はレオナを忘れないと思う。お前を求める気持ちが消えるなんてのはありえない」
「……なんでいい切れるの?」
カイルはダンジョン内で、最後に行った全力投球を思い出す。
本来なら――オークの生首は、手放す予定ではなかった。魔法で生かしたまま、延々と仲間が殺される様を見せ続けるつもりで持ち歩いていた。
ところがレオナと目が合った瞬間、迷わず放り投げていたのだから驚きだ。
多分、あのまま首をなぶることに夢中になっていたら、カイルは駄目になっていた気がする。
復讐は何も生まないだとか、そんなことじゃなくて……クラスメイトの救出よりも死体の冒涜を優先するような人間は、一時の快楽と引き換えに何かを失っていたはずだ。
これ以上は戻れなくなる、というところをレオナに救われた。頭の霧が晴れ、憤怒の炎が弱まり、人間の道に戻してくれた。
この少女がいる限り、自分は大丈夫だという確信がカイルにはあった。
俺は二度とレオナを見失わない。何があっても。
「信じてくれ。爺さんの記憶なんかに負ける俺じゃない」
「……でも」
カイルは、指輪をレオナに手渡した。
「お前の手で嵌めてくれ」
「……」
レオナは少し考え混んだあと、
「じゃあ左手の薬指にするわ」
と目をそらしながら言った。
よりによってその指を選ぶのか、とカイルが苦笑した瞬間――
金属の輪が指を包む感触と、莫大な情報の奔流を感じた。
(……来た)
前世でもあった、自分ではない誰かが入り込んでくる感覚。
これに飲み込まれては駄目だ。カイルのままカーライルの知識を吸い取るんだ。
歯を食いしばり、記憶の波に飛び込んでいく。
カーライルの正体は――
* * *
失敗した。俺の転生は時代がズレていた。一体何がいけなかったのだろう?
ここはどうやら、レオナが生まれるより六十年も前の世界だ。
これでは、あいつと一緒に冒険なんてできやしない。
どうすればいいんだ?
*
カイルを名乗る男と出会った。そいつは俺より五十歳も年上で、城の番兵を務めていた。……年齢こそ違うが、俺と同じ記憶を持っているようだ。顔立ちもよく似ていて、やつも転生者を名乗っている。
なぜこんな現象が起きた?
*
ああ、わかった。そうか……それもそうだ。俺は前世で、吸魂の指輪を使っていた。
あれは他者の記憶ではなく、魂を吸うものだ。
つまり俺は『レオナ、アイリス、ロゼッタ、自分自身』の四人の魂が体に入った状態で、転生してしまったのだろう。
なのに俺が組んだ転生術式は、一人用。
一人用の入り口を、四人で通ったらどうなるか? たとえば小さな穴に、小麦粉を練って作った柔らかなボールを、思い切り叩きつけたとしたら……。
俺達はバラバラに細かく砕け散って、色々な時代、色々な場所に転生してしまったのかもしれない。
*
俺は二十七歳になった。カイルが何人もいては紛らわしいので、名前はカーライルに変えた。
番兵をやっていた方の俺は「それはいい」と笑って、吸魂の指輪を差し出した。
数分後、やつは息を引き取った。
俺はさっそく、指輪を使って魂を吸ってみた。番兵として生きた七十数年分の記憶が、凄まじい勢いで入り込んでくる。
……素晴らしい。やつがその生涯をかけて極めた、投げ槍の技術を受け取れた。
しくじったと思ったが、これは怪我の功名かもしれない。
様々な俺が、それぞれのやり方で魔物を殺し、武芸を極めているのだ。
もしも寿命が近いカイルがいたら、そいつに指輪を譲渡して、また引き継げばいい。俺は様々な武術と、あらゆる知識を得られるだろう。
そういえばこの国の王様も、口癖は「糞カスの魔王をブチ殺す」らしいが……まさかな。笑えないぜ、それ。
*
もうすぐレオナが生まれる。きっとあいつと同じ年に生まれることのできたカイルが、旅の仲間となるのだろう。
羨ましいことだが、年齢がズレてしまった俺は大人しくサポートに回るとしよう。
なあに、どうせ指輪で記憶を吸ってもらえば、俺達は混ざり合うことになるんだ。あと少しの辛抱だ。早く死にたい。死んで指輪で吸われたい。
*
ロゼッタを拾った。
もう前世の記憶なんて薄れかけているので、なんだか他人としか思えない。
弟子として育てるつもりだが、感覚としては孫だ。
……俺は、老いた。耳が遠くなったし、日に日に忘れっぽくなりつつある。
それでもなお、目を閉じればあの光景を思い出せる。
レオナ達が惨めに殺される、あの瞬間を……。
憎い。
憎い憎い憎い。
殺したい殺したい殺したい。
いくら殺しても足りない。どんなに恨んでも足りない。
だってそんなことをしても、レオナには会えないのだから。本当の願いが叶わないから、無限に憎悪が膨らんでいく。
レオナ……レオナ。
お前に会えないまま、俺はよぼよぼの爺さんになってしまったよ。こんななりで迫ったら、お前はきっと気味悪がるだろう。
けれど、俺は今でも、お前を……お前だけを……。
* * *
大変な事態に陥っているようだな、とカイルはため息をついた。
レオナ達にぼんやりと前世の記憶があるのも、きっとこのせいだろう。カイルと共に、巻き添えで不完全な転生をしてしまった可能性がある。
(……レオナの転生者も複数存在するのか?)
厄介なような、見てみたくもあるような。
複雑な気分で腕を組んでいると、レオナが心配そうに肩を揺さぶってきた。
「ねえカイル!? ちゃんと私のこと覚えてる!? カイルってば!」
「ああ」
「ほんとに? 中身カーライルに書き換えられてない?」
「九十九パーセント、元の俺だ。……まあ、なんの影響もなかったわけではないが」
レオナが凍り付く。
「俺なりに踏ん張ってはみたが、どうしてもカーライルに引っ張られた部分はあるな」
「ちょ、ちょっと、どういうことよそれ……」
カーライルは……恐ろしいことに、その生涯で一度も女性と関係を持たなかった。
いつか来るであろう、正しい時代に転生したカイルに飲み込まれる日を待ち、ひたすら魔法の鍛錬に専念した御仁だ。
まさに狂人としか言いようのない純愛である。
「単に魔法知識を授かるだけで済めばよかったのだがな。これは俺の力でもどうしようもない」
「……カイル……やだよ……カイルが私のこと好きじゃなくなるなんて、やだ……」
「何を言ってるんだ?」
カイルはレオナの唇を奪う。
「どうやら俺は、前よりもお前のことが欲しくなってしまったようだ。あの爺さんのせいだな」
「……え?」
「悪いが我慢できん。ここでするぞ」
「……カイル!? カイル!?」
カイルは互いの下半身に魔力を注ぎ込み、耐久力も感度も限界まで引き上げた。
それから、夜が明けるまでレオナを抱き尽くし、九時間で七十七回という新記録を達成した。
くしくもそれは、カーライルの享年と同じ数字であった。
「言っただろう、どんなことになってもお前を忘れはしないと」
「かいゆの赤ちゃん産むうううううぅ」
俺の自我よりも自分の自我を心配したらどうだ、と最愛の少女を撫でながら、カイルは朝の陽ざしを浴びた。
今日はこれから、アイリスを抱いて、ロゼッタを出して、キュウジから変化球を教わって……。
やることがたくさんある。
眠っている暇はない。幸い、カーライルから疲労を癒す魔法を授かっている。
カイルの登板は、今日も終わることがない。
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