第一章 Case.1974 Eye
第5話 人狼ゲームの定跡ってなんですか?
「人狼ゲーム?」
「そ。最近、クラスで流行っててさ」
放課後、意気揚々と部室に現れた真理衣は開口一番にそんなことを言い放ち、「よっこらしょ」と言いながら席に着く。
「面白そうじゃん」愛人はそう言いながら賛同し、メグルは興味なさげに頬杖を突く。ぺらり、と教室の隅からは本の頁をめくる音がした。
「めぐるんは乗り気じゃない感じ?」
「苦手――ってのが正しい。オレは陽キャの嗜むものは全般苦手だ」
「うわー、なんかやな断り方」
「……それに、たぶん釘宮だって嫌なんじゃないか?」
「双葉ちんは断らないよ。ね?」
「……さあ」
小さくそんな声がメグルの耳に届く。
クールで口数少ないが、その分忌憚のない意見を述べる双葉のその返事に、メグルはジト目を向けた。
「案外乗り気なのな、お前」
「名高くんが嫌そうだから」
「嫌がらせは誰がしたか分からないようにするルールだぞ」
「正々堂々が座右の銘ですので」
「…………」
「まあまあいいじゃん。――それに、さ。アタシ思うんだ。クーたん混ぜたら、面白いんじゃないかって」
「クオリアを?」
メグルが視線を机の中央に鎮座したモニタに投げた。
オーディオスぺクトラムが揺れ、聞きなれた合成音声が聴こえる。
『はい。クオリアも、参加してみたいと思っていました』
「じゃ、きまりだ。待ってて、すぐにアプリダウンロードするから」
「準備してないのな」
「そりゃ、みんな嫌だって言うなら入れ損じゃん。あたしは無駄を省く趣味なのさ」
「人狼なんてゲームが無駄の極みでしかないぞ」
「まあまあ、メグルもそんな否定ばっかしないで。良いじゃん楽しめば。どうせ、時間だってたくさんあるんだから」
「お前は気楽だな」
愛人にたしなめられ、適当なやり取りをしている内にインストールは完了した。
真理衣がスマホを掲げて「誰から行く!?」と声を上げた。
「誰からでも」
「おっ、……と、いつの間にこっちに来たんだよ」
気付けば対面に座っていた双葉。
眼鏡の奥から冷たい視線がメグルに浴びせられていた。
「じゃ、あたしから時計回りに回していこうか。ルールは分かる?」
「多少はね。愛人と釘宮は?」
メグルの声に同調して二人が頷く。
と、そこで予想外の声が上がった。
『質問よろしいでしょうか』
「どうぞクーたん」
『人狼ゲームには様々なローカルルールが存在します。また、使用する遊具によって遊び方も千差万別となっています。前提条件として、クオリアに一連の流れを説明していただけないでしょうか』
「おっと、そうだね。……こほん。まずはスマホを回して、それぞれが自分の役割を確認します。クーたんは、めぐるんと二人で一人っていう形で参加する形で行こう。めぐるん、役が決まったら入力してあげて」
「あいよ」
「で、ローカルルールはなし。四人のうち一人だけが人狼で、占い師とか騎士とか狂言回しとか、そういう他の職業はいっさいありません。二回の投票を通して、村人と人狼の数が1:1になるか、あるいは人狼を見破って処刑したらゲーム終了。どう? わかった?」
『インプット。承りました』
「――よし、それじゃあ回していくよ! 決まったら最初の会議は五分ね!」
***
それぞれが己の役回りを確認し、メグルは腕を組んで考え始めた。
というのも、メグルにとって知識だけでは知っていたが実際に人狼というゲームをプレイするのが初めてだったからだ。
いつかどこかで聞きかじった「定跡」を思い浮かべていく。
『メグルくん』
と、耳元でクオリアからの声が聞こえ、メグルはスマホを取り出して返事をした。
『なんだ』
『人狼と村人以外に職業がないゲームは往々にして膠着しがちとなっています。このままではゲームとして機能しないので、クオリアは「村人であると」発言することを提案します』
『いや、それは――』
文章を打ちかけて、メグルはそれを取り消した。
そして新たに返事を打ち込んでいく。
『分かった。好きにやってみろ』
これは所詮ゲームであるが、メグルとクオリアにとって深層学習(ラーニング)を行う上で貴重な時間でもある。メグルはクオリアの発言、そして立ち回りの観察に徹すると決めた。
『クオリアは村人です。人狼ではありません。真理衣さんから順に、己の役職を言っていくことを提案します』
「……ま、展開を生む定跡だね。あたしも、もちろん村人だよ」
硬直していた場面に、更なる緊張が走ったことをメグルは感じていた。
――人狼が誰であるかを探る客観的な証拠がない以上、重要となってくるのはそれぞれの返事である。
「あーっと、僕も村人。釘宮さんは?」
「私もそう」
何故ならこの場で誰も「私が人狼です」と答える訳がない。誰もが「村人である」と答えると分かっていて、そういう前提で観察に徹する。
言葉の間、抑揚、視線、仕草。
嘘をついている人間がいる以上、そこには平時にない「何か」がある。
クオリアにはモニタの上部に取り付けられたWEBカメラから、部室内の情報をいつでも取得できるようにしてあった。
メグルはクオリアの続く言葉に注意しながら、部員それぞれの態度を注視する。
「さて困った。全員が全員「人狼じゃない」って言ってるね。クーたんはこの状況をどう見る?」
『クオリアは愛人くんが怪しいと睨んでいます』
「え? 僕?」
唐突に話を振られた愛人は動揺し、慌てて背もたれから身体を起こした。
しかしメグルはそんなクオリアの言動に少し驚いていた。
なにせそれは「決して定跡とは言えない戦法」であったからだ。
「どうしてそう思うの? 僕、別に怪しいところなかったでしょ?」
『愛人くんだけ、返事をするまでに数秒の「間」がありました。村人であるという返答に対して、疑問を持った証拠であるとクオリアは推理します』
「それは別に、人狼ゲームなんてそうそうやるもんじゃないし、どう答えるべきかなって悩んだだけだよ」
『いいえ。クオリアは愛人くんの「間」が意味のあるものだったと断定します』
「断定とはまた、強く出たねクーたん」
「…………」
にやにやと笑いながら、真理衣は両手で頬杖をついた。
双葉は黙って事態を静観し、愛人はやれやれと言った様子でいる。
メグルはこの事態を見て、「真相」の判明を理解していた。
――ピピピピピピ。
「時間だね。それじゃ、投票を始めます。最初と同じで、あたしから時計回りね」
そう言ってスマホが真理衣、愛人、双葉、そしてメグルへと回された。
メグルは自分のスマホを取り出して、『誰にするか決めたか?』とクオリアに聞いた。
『愛人くんに投票します』
『りょーかい』
「それじゃ、結果を見てみるよ! じゃかじゃかじゃかじゃか……じゃん! 見事、人狼の【メグル・クオリア】ペアを処刑し、村に平和が訪れました! ということで村人側の勝利なのです!」
『負けてしまいました』
「ああ、そうだな」
そんな二人のやり取りを嬉しそうに見つめる二つの視線。
双葉はと言うとすでに定位置に戻って読書を再開していた。
「いや~、さすがに怪しすぎたもんね。AIのクーたんが、なんの根拠もなく「断定」なんて言い切るもんだから。あ、これクーたん人狼であること隠してるな~って」
「僕も自分が人狼じゃないってのは分かってるし、だとするとクオリアちゃんが怪しいのは間違いなかったかな。釘宮さんはどう?」
「……今回のパターンで言えば、人狼側の定跡は「発言しないこと」……確率的に見て、公平な視点で見れば初回に処刑されるリスクは低い。誰にも振られていないのに自分から嘘をつきに行くのは、挑戦的なスタイル。だから初めは違うと思った。普通の感性で言えば、「自分は村人だと主張し始めた人が怪しい」と取るのはごく自然。村人側も証拠集めの為に、一晩目は「捨て」に回るから、仮に私が人狼だったら――」
そこで双葉は言葉に詰まって、はっと顔を持ち上げた。
視線が彼女に向かって集中していたのだ。
やや頬を赤くして、双葉は読書に戻る。しかし視線は文字を追えていなかった。
「双葉ちんって、人狼好きだったの?」
「……別に。本で、読んだことあるだけ」
「へー、いつも難しい小説ばっかり読んでるから、僕はてっきり娯楽系のは読まないと思ってたよ」
「…………」
双葉はそっと本を閉じ、カバンに入れて立ち上がった。
「帰る」
「え? あれ? なんか地雷踏んだ?」
ここで素直にそんな発言が出来るのが真理衣の強さだな――なんて思いながら、メグルは視線を窓へ向けて片手を上げた。
「じゃあな」
「……うん」
そんなやり取りを見て、真理衣と愛人は目を丸くしていた。
というのも、釘宮双葉という人間はかくも、名高輪に厳しい人間であったからだ。
冷たい言葉を投げかけ、逐一嘲笑してみせ、言ってしまえば「馬鹿にしてる」ような態度を取る。
結成から一年が経過したAI件の活動。
二人はまだ知らなかった。
メグルと双葉が、幼馴染であると。
同じ小学校、同じ中学、極めつけにいつも同じクラス。
かれこれ、十年を超える付き合いとなることを。
だからこそ、メグルには思い当たる節があった。
双葉の言動の意味を、簡単に――理解できていた。
双葉が出て行ってしばらくして、真理衣が詰め寄るようにしてメグルに寄った。
「あ、あたしなんか言った?」
「別に。……って、あいつも言ってたろ」
「そうだけどさぁ!」
メグルは大きくため息をついて、「じゃあクオリアの言動の理屈を説明しな」と言った。
「え?」
「あいつの気持ちが知りたいなら、それが手っ取り早い」
メグルはクオリアの「住む」パソコンを指さして、「なぜクオリアは自ら「村人である」なんて嘘をついた」と口にする。
「あいつが言ってた通り、それは定跡外の言動だ。AIらしからぬ、とも言えるんじゃないか?」
「そ、それは――クーたんが、ものすっごい人工知能だから! ……とか?」
「いや、違うな」
「じゃあなんなのさ!」
「――それは『クオリアがクオリアであるから』だ」
「……はい?」
メグルは再三になる大きすぎるため息を吐き出すと、呆けた顔で窓の外に広がる空を見上げた。
『メグルくん。クオリアにも、メグルくんの発言の意図が不明です。何故クオリアがクオリアだと、先ほどの言動となるのですか?』
メグルは窓辺に寄って、玄関口から出て行く双葉の姿を見つけた。
双葉は立ち止まり、ふと部室の方を見上げる。
メグルと目が合った。
双葉と二人、しばしの時間見つめ合い――双葉は顔をそむけると、校門へ向かって歩き始めていた。
「わからねぇってこった。オレはクオリアじゃないし……ましてや、釘宮双葉じゃないからな」
――一雨きそうだ。
メグルはそんな風に、嫌な季節を思い出していた。
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