014 最後の聖女
共に夜の星を見上げながら勇者レイジと会話をしていたサリアは、レイジにそろそろ寝た方がいいと言われて、渋々とタープを低木に張っただけの寝床に向かった。
「あの、勇者様。少々、作業をしますが気にしないでください」
「作業?」
「通信の指輪で到着予定の教会に報告をしたり、あとは日誌をつけたりですね」
「……報告なんかするのか」
「お給料貰ってますから」
なるほど、と勇者レイジは理解したように頷く。サリアはそうしてから指にはめている通信リングに魔力を流した。
教会支給の通信リングに登録された通信先がウィンドウが表示され、サリアはその中からこの先の食肉ダンジョン傍の村に作られた教会を選択する。
ちなみにこの通信リングはどこにでも通信ができるわけではない。通信範囲が限られている。
サリアの装備している通信リングのレアリティは一般級。迷宮都市と一番近い都市の間ぐらいまでの距離までしか通信は届かない。
(――聖女サリアです。現在、ダンジョンと都市を結ぶ野営地点で野営中です。勇者様は途中の古戦場跡を見聞したい、とのことですので到着は数日後になるかと思われます。古戦場の資料をお願いできますか?)
(古戦場。ああ、食肉ダンジョン開放時の会戦ですね。わかりました。明日の朝までに資料を纏めておきます。それと聖女サリア。勇者様は歓迎を受けてくれそうですか? 村長がぜひにと宴を開きたいそうですが)
(いえ、勇者様は騒がれることを望んでいません。宿泊場所もギルドの施設を使われると思います。ただ今回、勇者特権の消極的行使の許可を頂いたので食料品の補給を支援品でできるようになりました)
(それはよかった。ではなるべく複数の農家と食料品店が平等に評価を得られるように調整しておきます。武具や奴隷などはどうですか? 勇者様の装備状況を聞いた村の鍛冶屋がぜひ勇者様の武具を新調したいと言ってましたが)
(いえ、勇者様は高価なものを望まれていません。ただいくつか傾向は掴めましたので教会の信徒として接触を――)
報告は長く続く。肉体を健康に維持する効能を持つ【女神の因子】があるために多少寝なくてもなんとかなるサリアはそうして報告を行ってから、ほんの数十分ほど眠る。
そうして、勇者レイジに起こされることなく起床して、勇者と見張りを交代する。
「遅くまで作業してたようだが、もっと寝てなくて大丈夫なのか?」
「【女神の因子】があるので徹夜に強いんです。ただ今後はもうちょっと早く寝るようにしますね」
勇者を心配させては意味がない。
眠気を飛ばす【覚醒】魔法を使ったサリアはレイジが毛布に潜り込むのを横目に朝食の下拵をしながら、周囲の警戒をするのだった。
◇◆◇◆◇
起床したレイジが風呂代わりに小川で泳いだり、半裸で剣の修業をするのを外面は冷静に、しかし内心では興奮気味にサリアが眺めている頃、ヴェグニルド王国の王都教会にて涙を拭った聖女アメリアが配下の修道女たちを動員して資料集めをしていた。
サリアから聖女通信で勇者レイジの評価表を貰ったとはいえ、それを馬鹿正直に枢機卿に提出するわけにはいかない。
秘匿騎士ヴァーロウという人物について探したり、勇者レイジが本当に存在するのかを別の方面から調査する必要があるからだ。
ただ、その調査は途中で頓挫することになる。勇者レイジの存在はわかった。確かにいる。存在する。だが彼女たちは勇者レイジの正確な位置や、情報を得ても、それを
存在することはわかる。迷宮都市ヴェリス付近にいることもわかる。半年間活動していたこともわかる。だが、認識ができない。迷宮都市ヴェリスにいる勇者レイジのもとに行こうとしようとすると、どうしてか、意識が朦朧として、何をしようとしていたかわからなくなるのだ。
聖女サリアと違い、王都教会にてきちんとレベリングをして、精神パラメーターを上昇させた聖女アメリアでこれだ。周囲の修道女たちなど勇者の認識ができなかったことすら理解していなかった。
ゆえに聖女アメリカが口頭で全員で認識を統一していると、おずおずと、修道女の一人が口を開く。
「聖女様、これが秘匿騎士の力ということでしょうか?」
ちなみに、この場にいる誰もがアメリアの信頼する部下たちで、彼女たちもアメリアと同じく族滅は決まっている。
アメリアと同じく、管区長命令によって偽勇者の出陣式に参加したために族滅対象となってしまったのだ。
ただアメリアは本物の勇者であるレイジのことはともかく、まだ族滅に関しては修道女たちに伝えていない。彼女たちがそれで心折れることはないとわかっているものの、これらの情報を伝えるのはきちんとサリアの報告の裏付けが取れてからになる。
「ああ、秘匿騎士の力みたいだな。全く、これじゃあ勇者様には会えないってことか。それで、ヴァーロウって騎士はどこのどなた様なんだ?」
「いえ、それはわかりませんでした。どうにも秘匿騎士という職業自体が王国の機密のようで、王国の騎士名簿からは発見できませんでした。唯一見つかったのは、教会書庫にあった古いスキル辞典です。【秘匿騎士】のスキルの存在を発見できました。詳細はほとんど不明ですが、王に忠誠を誓う一族特有の血統スキルとだけ書かれてありました」
なるほど、とアメリアは頷いた。他にも報告がなされ、確信を得ていく。
これでほぼサリアの報告の真偽はわかった。少なくともサリア単独でこの報告は作れない。教会書庫に出入りしたことのないサリアでは、秘匿騎士に関しての知識を得られないからだ。
また評価項目の書式に関してもサリアは知識を持っていないから、この報告は本物の勇者からサリアが引き出した情報で間違いないだろう。
それとも協力者が他にいるのか。そこまで考えてアメリアは内心で首を横に振った。
(それはない、か。あの評価表ではなんの利益も得られない。加えて、ただ単に私たちを動揺させるだけにしては女神様を関わらせすぎているし、虚偽の報告だったなら天罰でサリアたちが死ぬだろう)
アメリアはサリアを思い出す。本物の勇者に仕える、この国最後の聖女となる少女のことを。
(サリアには、足りないものが多い)
サリアは教会学校こそお情けで卒業させてもらったものの、冤罪を受けて王都教会から追放されたために聖女教育を最後まで受けられていない。
それにサリアが受けた聖女教育は、平民用の低級のもので、いくつか知っていなければならない情報などは、そもそも知らなかったりする。
――理由は、サリアの出身が平民階層だからだ。
(王国教会最後の聖女が修業が完全でないとか。しかも本人はそれを知らないとか)
たぶん、サリアは自分が完全な聖女だと思っているだろう。
確かにサリア自身はカンニング疑惑がなければ主席だったし、それが余裕なほどに優秀だった。
貴族用の高等教育を受けているものを試験で負かすぐらいにだ。そう、優秀すぎた。だから、出る杭は打たれ、彼女は最後の最後に排除された。
そこまでは、まぁいい。追放されたおかげで彼女は勇者タロウの毒牙にかかることなく、勇者レイジと合流できたのだ。
アメリアは思う。
教科書的な意味ではサリアは完璧だ。
しかし実際に勇者パーティーの聖女としては、完成度は七割程度だろう。
残り三割の、例えば王国内での修業に最適なダンジョンや、貴重な装備を貸与できる教会倉庫の位置など、重要な情報を彼女は教わっていない。平民用の聖女教育では機密情報を教えることはないから、それは仕方がない。
だからこそアメリアはなんとかしてサリアを王国に呼び寄せたかった。自分たちは死ぬ。死ぬが、王国聖女の伝統をなんとかしてサリアに叩き込み、ヴェグニルド王国が何百年掛けて蓄積した勇者情報を継承してほしかった。
だが、それはできない。できなかった。
(【アメリア? 昨日の今日でどうしたの? え? 王国に来い? 無理無理、勇者様って人間不信気味だから、今離れたら二度と合流できないよ】)
先程、聖女通信で聞いたみた結果がこれだ。勇者が人間不信。聞いた境遇からすれば当然のことだが、頭の痛い問題だ。
では勇者レイジを王国に呼び寄せるのはどうか。
それも問題だ。偽勇者周辺の人間がざわつくだろう。レイジが王都に入った瞬間に誘拐されかねない。
もちろん秘匿騎士ヴァーロウが行っている情報操作があるため、レイジを捕らえるために兵士が動かされることはないだろう。
この情報操作は、レイジに対するなんらかの条件を満たしていない限りは接触ができなくなる類のものだろう。
だが、それだって限界がある。王都に呼び寄せれば、王族なり高位貴族なり、条件を知る者が勇者レイジに近づく、そして勇者レイジは捕まって、無限残機があるから死ぬことはないだろうが、彼の人間不信を加速させることになるだろう。
思考するアメリア。どうすればいい? 自分は何をすべきだ? 考えるアメリアを修道女たちが見ている。アメリアはこくりと、頷いてみせた。
「ふぅ……わかった。まずは管区長に対立する派閥に接触する」
アメリアの決断に修道女たちは頷く。管区長に本物の勇者の情報を渡したところで無意味なのは全員の共通する認識だ。確実に握りつぶすだろう。王都を追い出されたサリアからの情報というのもまずい。信頼できないと一蹴されかねない。
――それが自分の死が載った情報であろうとも、否、むしろ、だからこそ信じない。
だから、まずは管区長に対抗できる派閥を利用し、サリアの名誉を取り戻させる必要があった。
サリアが無実だとわかれば、彼女から届いた報告の信頼性が上昇するからだ。
そうしてようやく、この報告を然るべき地位の人物に見せることができるのだ。
(全部が終わる前に、全員死んだら笑うぜ、ったく)
アメリアは修道女たちにさらなる情報収集を頼むと、管区長に反対する派閥を束ねる枢機卿へ面会要請を出すのだった。
◇◆◇◆◇
サリアの熱のこもった視線を受けながら俺は剣を振るう。
「なぁ、これって型通りにできてると思うか?」
総軍教本に載っている図解通りにはできていると思うのだが、どうにも自信はない。横から見ているサリアに聞けば「では教材を取り寄せましょうか?」と言ってくる。
「あー、金、ないぞ?」
言えばサリアはにっこりと笑って言う。
「大丈夫です。無料です。教会にある勇者育成用プログラムの中に剣聖流ヴェグニルド派の祖が勇者育成用に映像結晶を残していますのでそのコピーを取り寄せますね。剣聖流はもちろん兵士スキルの剣術とは多少異なりますが、剣聖流は基本的には対モンスター用の剣術なので、対人の作法を基礎に組み込んだグランウェスト陸軍式剣術よりも勇者様にあってると思いますよ?」
「うーん、まぁ、何も教材がないよりはいいんだろうが」
個人的には総軍教本通りにやりたいが、剣術スキルを獲得するためにはちゃんとした剣術の教材を得た方がいいだろうな。総軍教本では基本的なことしか書いてなかったし。
そんな俺にサリアは言う。
「それとも講師を派遣してもらいましょうか? ただ陸軍式剣術の使い手だと結構使い手が限られて王国にはいませんので、グランウェスト大王国から呼び寄せる必要があって、時間がかかりますけど」
「いやいや、そこまではしなくていいよ。わかった。剣聖流って奴を学んでみよう」
言いながら俺は鉄の剣を振るのをやめて、瞑想の訓練に移行するのだった。
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