第2話 死神クローネ


 

 ヴォールテール共和国の都市ノルドブルク。


 住人のほとんどが冒険者という、「冒険者の街」として有名なこの場所は、私とクローネの活動拠点でもある。


 この街で、今ちょっとした噂が広がりつつあった。


 主に私のせいで。


 



 私達がギルド本部に入ると、中が一斉に静まり返った。


 冬でもないのに空気が酷く冷たい。本部の中にいた人間たちの視線がすべてこちらに向けられている。無機質で矢のように鋭くもある。


 その矛先は主に、私の真横に立っている深緑の髪と目をした男の子に向けられている。クローネ・ヴィンハイム。私の幼馴染みにして、私の所属するパーティ『ノワール』のリーダーだ。


 下唇を噛んで、クローネは俯く。沈痛な面持ちだった。


「……あいつが死神のクローネか?」


「ああ、今度はリーナのパーティが消えたらしい」


 これみよがしに、奥にいた二人組みのドワーフが囁きあっていた。クローネの表情はさらに暗くなったが、聞こえないフリをして歩き出した。


 視線に含まれた敵意と怖れがだんだん濃くなっていくのを感じるたびに、クローネの緑色の髪から光が失われていくようだった。


「……クローネ」


「気にすんな。気にしたって、しょうがない」


 クローネはそう言って強がったが、声には覇気がない。


 私達はギルド本部に解散届を出しに来ていた。パーティ同士が組んで活動を行う場合は届け出が必要になるが、「解散」した場合も同様に報告義務がある。


 私達と組んでいた泥棒猫のパーティが三日前に「不幸な事故」で壊滅したため、白い目を向けられることを分かっていながらも、『ノワール』のリーダーであるクローネはギルドを訪れなければならなかった。


 受付に着くと、黒髪のエルフの女性が座っていた。ギルドの職員である。


 彼女は用件に察しがついているのか、クローネを見た瞬間に眉をひそめた。それでも、決められたとおりの対応を粛々と進める。


「……ご用件は?」


「解散、届けを」


 クローネが言い終わるより先に、テーブルに解散届けが出されたのを見て、さすがに苦笑を禁じ得なかった。しかも、解散理由の欄にある「失踪」という項目に丸までついている。


「記入方法の説明は不要ですね?」


「……ええ、親切にどうも」


「これで何度目ですか? 冒険者に失踪や死はつきものとはいえ」


 ため息混じりの職員の言葉に、クローネは答えなかった。いや、答えられなかったのだろう。


 クローネがこうして解散届や脱退届にサインをするのはこれで四度目になるからだ。


 サインを終えると、クローネは解散届を職員に渡した。ハンコが押される。機械的な所作で。


「ご存知でしょうが、本部長の承認が降りるまでクエストを受けることはできません。その点はご了承ください」


「はい」


「……お気持ちは察しますが、そろそろ抜本的な運営方法の見直しをしないと、誰も、どのパーティも組んでくれなくなりますよ? ただでさえ、冒険者の皆様はゲンを担がれる方が多いのですから」


「わかっています」


 クローネの声には微かな苛立ちが漂っていた。そんなことは言われるまでもないからだ。


 職員が溜息をつきながら、フォローを入れてきた。


「……ギルドとしても、貴方の実力そのものは買っているんです。このままではあまりにも勿体ないかと」


「ありがとう、ございます」


「では、承認が降りるまではしばらくお待ち下さい」


 クローネと私はギルド本部を後にした。


 外に出ても、冷たい眼差しはクローネをとらえて離さなかった。クローネが道を通ると、雨上がりに走る荷馬車を避けるがごとく、みんなクローネから距離をとった。


「あいつが死神クローネか……」なんて悪口も、すれ違った冒険者から聞こえてくる。


 徐々に早足になっていくクローネの背中を追いながら、私は内心ほくそ笑んでいた。


 上手くいっている。徐々にだがクローネの悪評は確実に広まりつつある。冒険者の世界は広いようで狭い。良くも悪くもウワサはすぐに広まる。


 それに、なによりも都合がいいのは、冒険者たちは仲間の死が続くものを死神呼ばわりして忌避するわりに、失踪の理由そのものを疑いはしないというところだ。


 冒険中の不慮の事故なんて珍しくないからだ。だから、私は疑われる余地もなく邪魔ものを排除できていたし、目的も達成できていた。


 こうして誰からも疑われず、皆がクローネを忌避するようになってくれれば、私としては実に都合が良い。


 ――他に仲間なんていらないんだ。


「なあ、アイファ」


 人気のない路地に入ったとき、クローネが立ち止まって私の名前を呼んだ。クローネは私をアイファズフトとは呼ばず、アイファと呼ぶ。


「なによ?」


 クローネはしばらく口をつぐんでいた。何度か口を開き、やがて言った。


「……子牛亭へ行こう」


「子牛亭? 別にいいけど……」


 なんだろう。何か言いたいことがあったのだろうか?


 無理に聞き出すのも悪い気がして、私はなにも言わなかった。クローネもそれ以上なにも言わず歩き出した。




 

 




 




 

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