第15話 蛇足の穴

 電車を降りた千世達がやって来たのは、風見原と隣の雨降、鳴雷の間にある大きな山の麓。

 そこには小さな駅があって、名前は蛇足と付けられていた。

 何だか嫌な名前だけど、たくさんのお酒に酔ったサラリーマン達がこの駅で間違って降りてしまうことから、今でもそんな不名誉な名前が残っていた。


「ここが蛇足山」

「そうそう。んで、この先にあるのが私達が目指しているダンジョン」

「蛇足の穴……」


 何だか行きたくなくなる名前だ。

 千世は膝がガクガク震えてしまったが、師走が背中をポンと叩く。


「楽しくなって来たね千世」

「た、楽しい?」

「楽しいでしょ? その青紫色の竹刀袋の中身。絶対新しい武器だよね。ノリノリじゃん!」

「あっ、う、うん」


 師走は千世の新しい武器に興味深々。

 だけど千世は師走が武器らしきものを背中のリュックの中に入れているんだろうけど、何が入っているのかすっごく気になる。気になって仕方ありません。


「だと言うわけで、ノリノリな千世と一緒にまずは目の前の山を登ろっか!」

「えっ!?」


 目の前には大きくはない山がある。

 剥き出しになった固い土が地面になり、それなりに急な傾斜を描いていた。これを登るとなるとそこそこ体力を使いそうで気が引ける。


「なに驚いてるの? 当たり前でしょー」

「当たり前なの! ここから登るの?」

「もちろん。登りらないと辿り着かないよ。ほら、千世」


 師走は千世に手を伸ばす。

 千世はガクブルな膝が逆の意味で力が抜け、唇を震わせる。その手を伸ばすと、師走の手に掴まって仕方なく山を登る羽目になった。




「はぁはぁ……」

「ほらほら頑張って千世! もう少しだよ」


 千世はちょっとだけ疲れが見える。

 息が荒くなっていて、膝に手を付いていた。


 一方の師走は終始元気一杯。完全にこの自然を乗りこなしていた。

 本当はリュックを持ってもらえそうだったけど、流石にそれは悪いと思い千世は拒んだ。その結果こんな目に遭っているけれど、自業自得としか言いようがない。


 だけど千世は体力がないわけではない。

 師走が異常なだけで、千世だって並以上はある。

 もちろん体力のペースコントロールが得意なのは言うまでもないのだが、何よりも師走のペースが早すぎて、千世は汗を掻いていた。


「師走、ちょっと早いよ」

「えっ? そんなことないと思うけど」


 そんなはずない。絶対にそんなはずない。


「体力付けすぎだよ」

「そんなことないって。私は基礎練頑張ってるだけだらさー」


 師走は本気で答えた。

 もしかしたらこの山全体に魔力でも染み込んでいるのかも。千世はそう考えた。そう考えるしかないくらい、師走の体力が有り余っていた。


「もしかして蛇足山のダンジョンって、初心者向けと言っておいて、本当はヤバいダンジョンなんじゃ……怖いよ」


 千世は身震いで震えた。

 だけど師走はズカズカと山を登っていってしまい、適当な所で振り返るので、千世はもう登り切るしかなくなった。


「千世、早く早く!」

「ま、待ってよ。すぐ行くから」


 足取りがだんだん重くなる。

 体力が無くなって来たわけじゃなくて、精神的に疲労が積み重なったせいだった。


 それでも千世は師走に手を取られながら山を登る。急斜面を滑らないように気をつけつつ無事に登り切ると、少しだけ広くて平らな地面がお目見えする。

 ようやくひと段落。そう止まったのも束の間、視界の先に明らかにダンジョンっぽい入口が広がる。奥は真っ暗で何も見えず、千世は「もしかして……」とポツリ吐いた。


「千世お疲れ様。それと少し休んだら早速配信スタートだよ!」


 師走は千世とは違ってまだまだ余裕。

 体力のたの字も使ってないみたいで、千世は頬を掻いてしまう。


 本気で師走の能力が体力増強なんじゃないかと疑ってしまう。

 そんな中、師走はスポーツドリンクの入ったボトルを千世へと手渡した。


「はい、千世。これでも飲んで休憩しよ」

「あ、ありがとう。ぷはっ!」


 スポーツ選手が使うしっかりとした水筒ボトルだった。師走の好きな発色の赤でボトルの飲み口は黒い軟質。

 千世は口を付けて一口飲むと、少しだけ酸味が効いていた。レモンを搾った後のようで、おまけに塩も少々。塩分を急速補給させてくれる。おかげで体力も少し回復した。


「如何千世? 元気でたー?」

「ありがとう師走。ごめんね、先に飲んじゃって」

「そんなことで謝らなくても良いよー。全然気にしてないしさ、それにカメラドローンを運んでくれたのは千世でしょ? 疲れても仕方ないって」


 確かに足取りが重かったのは、カメラドローンがそれなりに重量感があるせいかも。

 今時何処でもネットは使えるし、ほとんど通信料もかからない。タダみたいなもので、洞窟の中とかでも使えちゃう。


 その分だけ少し重い。けれどその分だけ機能性も抜群。その弊害がこうして体力を蝕んだけど、それを引き算したら全然お得だった。


 千世は早速リュックを下ろした。

 中にはカメラドローンが入っていて、取り出してスイッチを入れると、電気じゃなくてダンジョン周辺の魔力を吸収して勝手に動き出す。


 ブーン!


 プロペラが一瞬激しく回転。すぐにおとなしくなる。

 飛ばないように地面に脚を立てて固定すると、師走は「おー」と呟いた。


「凄いね。これってダンジョン専門の最新仕様じゃないの?」

「そうなの? お母さんに貰ったものだけど」

「だったら間違いないよ!」


 師走は千世のお母さんが凄い人だった知っていた。

 だからこそすぐさま納得し、「高そうー」とか「壊したら保険降りるかなー?」とか不安を口にしてしまう。それを聞いて一番不安になるのは千世だということを完全に忘れてしまっていた。

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