第2話 何時もと変わらない

紅星あかほしに家に帰るよう言われたが、生憎と帰りたい場所も与多よたには無かったのでそれを断り、

彼女達の言う拠点へと案内して貰った。


拠点に近付くなり、紅星あかほしの仲間達は用事があったようで解散していく。



故に今は、拠点の前を与多と紅星あかほしの二人で訪れる事になった。

拠点と言われて身構えはしたが、意外と近所なようで。


「えぇと、ようこそ! 神授しんじゅ神日部かみかべ拠点へ!」


紅星あかほしが手を広げた先には真っ赤な鳥居、

普段の与多よたであれば「神社があるなぁ」程度で通り過ぎていたであろう、何の変哲もない様子であった。



「ただの……神社じゃない? 」

「この先が拠点になってるんです。」



とは言われても、夜なのもあり鳥居の先は真っ暗だ。


「でも、一般人が来てしまうと危ないから、拠点の人達や拠点を守る神様が鳥居の先を管理してるんですけど。


与多よたさんはまだ神具持ってないから、鳥居をくぐる時は私の手を離さないでください。」


「いや神様多いな、あと神様わりと雑用するのね。

……じゃねぇや、神具って何? 手? え? 」


そう言い紅星あかほしに手を差し出されると、与多よたは困惑した様子で首を傾げながらその手を取った。


手を繋いだまま、二人は鳥居に踏み出し、





神々の地へと足を踏み入れた。




鳥居の先、そこは外で見た時とは見違える程、沢山の提灯が灯り、空中には空飛ぶ熊などの動物のような神様と思われる者が彷徨いていた。



「これが、軍拠点……。」


オカルトだなんだと微妙に真に受けてなかった与多よたは目を開く。


そこはあまりに神秘的で、美しく、非現実的な光景で、最早論理すら追いつかない。



「ここの拠点は比較的栄えてる方なんです。


……あ、そうだ。

神具が無いと何かと不便ですよね。

神具作りに行きましょう。」


「さっきから聞いてはいたんだけど、神具って何? 」

「あっ……すみません、新人さん少ないもので……そうですよね、まず説明しなきゃ。」



紅星あかほしはそう言いながら手に取ったのは、

戦闘で使っていたあの薙刀。


戦闘時には炎を纏っていたが、今は若干神々しさがあるぐらいの、それを除けばファンタジー作品でよく見る薙刀だ。



「これを神具というのですが、

多分、与多よたさんが気になさっているのは、

どうしてこれが神具なのか……って所ですよね……? 」

「えっ? エスパー? そうだけど。」



与多よたのリアクションにクスリと笑うと、慌てて笑った事を謝罪した。


「すみません……実は私も初めてここに来た時に同じ事を思ったんです。

どうして武器が神具なのかな……って。」


恥じらうように笑う紅星あかほしに、やはり彼女は同じ人間なのだと実感する与多よた



「それで、説明なんだけど、

厳密にはじゃなくてなんです。


妖と戦う時、どうしても神の力が無いと攻撃すら出来なくって。

それで『浄化の刃』と銘打ち、武器を神の為の器、神具にした。


……と、いう事らしいです。」



理屈は理解出来たものの、やはり突然の出来事で世界観などの理解が追いつかない与多よた



「つまり……。」

「神具にする武器を探さなきゃ……です。」

「理解!!! 」



与多よたは大きく頷き、辺りを見渡す。


まるで田舎の境内の祭りのように、

小さく賑わう店達。


パッと見た印象は一昔前の八百屋などのような商店街と露店を足して二で割ったような外装の建物ばかりだった。



紅星あかほしさん、ここら辺に並んでる店って何が売ってるんです? 」

「この辺りは武器関連ですね。

神具の元になる武器もこの辺りで……


……あ、居た! 日刃ひばさんー! 」



紅星あかほしが手を振る先には灰色の髪の男が一人、その声を聞いて軽く手を挙げる。



「あの人が神授しんじゅ軍の大半の武器製造を担う一流専門家、日刃ひばさんです。行きましょう! 」

「おう……? 」


手を繋いだ二人は灰髪の男、日刃ひばの方へと向かう。



日刃ひばさん! 少しお願いがありまして……

実は新しく神授しんじゅ軍に志願してくれた子が居るんですけど、その子の為の武器を作って貰えませんか?」


日刃ひばと呼ばれた男は、煙草をふかしながら与多よたを見る。



「おっさんはいんやけどね?

坊ちゃんさ、やる気あんの? 」




声をかけられた与多よたは言葉に止まる。



「あー、すまんすまん。

別にお前さんのやる気が見えんやら、何かが悪いっち訳じゃねぇから深く考えんな。


おっさんが気にしてんのは、お前さんがおっさんの作る武器作品をちゃぁんと使ってくれんのか。


おっさんも一介の職人だかんね、

職人たる者、己の作品を愛せ、我が子のように育てるのがモットーなんで。


丹精込めて育てた娘がいやらしい男に引っかかっちゃあ親としたら悔やまれんろ? 」



御歳十五の与多よたには、如何せんピンと来ない例えではあったが、言わんとしている事は理解した。



「ようは大切にするか? ……って話なんですよね?

武器に対して「お嫁さんを下さい!」って叫ばなきゃなんないとか、そういうのじゃなくって……」


「おっさんとしちゃうちの子に精一杯の求婚してくれても構わんぜ? 」



ニヤニヤと笑いながら言葉を被せてくる。

態度からして冗談なのだろうが、癖が強くてやりづらさを感じる所だろう。



日刃ひばさんってこういう冗談めかしい所があるけど……」


日刃ひばを紹介したのは紅星あかほしだ。

彼がふざければ当然謝罪しなければならないのは彼女だろう。


「……さい。」

「…………え? 」




「とりあえず! 日刃ひばさんの娘さんと!!

お見合いさせて下さい!!! 」


与多よたくん!?!?!? 」

「おうおう、随分ノリが良いじゃねぇか坊ちゃん。」



深々と頭を下げた与多よたに、日刃ひばは無償髭を溜めた顎を擦りながらニンマリと笑う。



「えいやろて。

おっさんの自慢の娘、ちと連れて来るきんに待っとりな。」

「ありがとうございます!!!!! 」


唖然とする紅星あかほしを気にする事も無く、さながら運動部の挨拶のように声を張り上げた与多よた



「ちょっと与多よたさん……流石に目立ちますよ……。」

「えぇ? 日刃ひばさんには好印象だったのに……。それに………………、」

「それに……? 」



与多よたは頭を上げると日刃ひばの後ろ姿を見据える。



「生半可な気持ちだと、武器作ってくれる日刃ひばさんに失礼だろうし。

俺なりの誠意つーか……。」



そう言って頬をかいていると今度は紅星あかほしが笑った。



与多よたさんって、凄く真面目なんですね。

髪色も明るいし、何時も賑やかな人の真ん中に居るから……もっとちゃらんぽらんな人なのかなって。」


「ナチュラルに酷くね!?

俺のコレ地毛だかんね!?!? ノー毛染め!

イエス真面目!!! ……テストの点数は悪いけど。」



二人でそんな話をしていると、日刃ひばが沢山の木箱が入ったダンボールを持ってきた。



「へい、おまっとさん。

どれもうちの別嬪さんよぃ。」


よっこらせ、と近場の台に腰掛けた日刃ひばは一つずつ木箱を開ける。



「……ぅわ。」


与多よたの喉から小さく音が響く。





磨かれた白銀の刀身。


それは魂が宿るように美しく。


最早作品と言うよりも、


れっきとした、生きた人のように。


温かさや澄んだ空気を纏っていた。






「これが……神具……。」

「まだ神さんはぁ宿っちゃねぇけんど。

どいつも別嬪さんやろう。」

「はい! 超絶美人さんっす!! 」



数々の日刃ひばの作品を前に、与多よたは目を輝かせる。



「いいねぇ、いいねぇ。

お前さんは見所がありそうさな。

やる気も湧いて来りゃあ。」


そう言いながら日刃ひばは作品を丁寧に片付け始めた。



「さて、職人ってなモンは自分の好きなモンをひたすら打つモンやない。

そっちゃ芸術家ろうて。


ちゅう事でや、お前さんはどんな武器を握りたいや?


お前さんの一生モンの娘や、お前さんの理想聞いてこさえちゃろいな。」



握りたい武器。

そう聞かれた与多よたは頭の中でイメージする。



凛とした刀身。

長く伸びる柄。



それは……。




「俺、紅星あかほしさんみたいな薙刀っての?

あんなのがいいです。


ぶっちゃけ練習しないと使えないと思うけど、それは他の武器でも一緒だろうし。


なんで! 俺は!

日刃ひばさんの作る最高傑作の薙刀に見合う、漢になります。


そんで、娘さんに引けを取らないような漢になってから、ちゃんと向き合って……娘さんと! 一緒に!! 歩みます!!! 」



またも深々と頭を下げた与多よた

横の紅星あかほしは「娘さんの下りは必要なのだろうか。」という目で与多よたを見る。



「おっしゃ、ほんなら決まり。

おっさんはお前に合わせるんやのうて、全力注いだ娘をこさえりゃええっち事か。」

「し……初心者向けにはしてあげてくださいね……? 」

「わぁっちょらぁね。


だがなぁ、こいたぁ坊ちゃんの伴侶。

一生添い遂げられるような娘にしたらんとの。

初心者ってのぁ束の間のもんやさかい。」

日刃ひば師匠ーーーーっ!!! 」



改めて「男は分からない。」といった様子で紅星あかほしは肩をすくめる。


「薙刀使うとなると……練習要りますよね?

私が空き時間に稽古付き合えばいいですか?」


「えっ!? いいんすか紅星あかほし師匠!!! 」

「同級生に師匠はちょっと違うかなぁ……。」


日刃ひばとのテンションが抜けない与多よたに困り顔を見せる紅星あかほし


「ちても嬢ちゃん、そな時間なかろ? 」

「ごもっともです……。」

「ほりゃしゃーねよ。気になさんな。

まぁ婿をしごくんもおっさんの仕事よさ。」


一通り片付けを終わらせた日刃ひばは、与多よたに向き直り、ニヤッと笑う。



「おっさんが稽古着いちゃろいな。

使い手の気も知れんと、よう合う娘もわからんろて。」

「いいんすか!? 日刃ひば師匠!! 」

「かーまわん構わん。明日からで充分かいね。」



明日と言われて我に返る。


「あー……ここって泊まりとか……。」

「宿も無くはないが、あそこぁ神授しんじゅ軍証明書無いと使えんかんね。

顔パスは無理なもんで。」

「そっかぁ……。」



帰らなければならないのか。


そんな気持ちが与多よたを支配する。



「ここん出入りならおっさんのパスで通れろうて。

神さんたぁ繋がっとらんが、おっさんも神授しんじゅ軍の者やしの。

鳥居の前ん待ち合わせで良かろ。」

「わざわざ……ありがとうございます! 」


日刃ひばの提案に紅星あかほしは礼をする。

一方の与多よたは浮かない様子だった。



「坊ちゃん、どないしたがな。」

「いやー! 何もないっす! 有難いっす! 」



ヘラりと笑い誤魔化す与多よた

そんな事をしているうちに、賑やかだった道の明かりがどんどん消えていく。



「おっと、店仕舞いか。

ほんじゃまた明日。」


日刃ひばは二人に軽く手を振ると、日刃ひばの工房も明かりが消された。



「ええっと、帰らなきゃだね。……与多よたさん? 」

「…………そうだよな。」



ここに来たら家から逃げられる。

そんな美味しい話は無い事くらい、


とうに分かってはいた。




・・・




鳥居を潜れば何時も通りの街並みで、

日がかなり落ちかけている事だけは分かった。


「あーあ……。」


落胆のように声を漏らすと、一人、

泥のように重苦しい足を引き摺りながら、帰路へと降りた。





ガチャリ。



家の前、玄関の鍵が閉められている。

門限が過ぎたからだろう。


「はぁ……。」


ため息を零すが、家に入るより数倍マシだ……と、庭先で座り込んだ。


まだ肌寒さのある夜の中、与多は黙々と庭の草を毟る。

ここに居た事が親に判明した時に、草むしりを言い訳にする為だ。


出来るなら、父も母も考えずにただ草むしりを続けられれば良いのだけれど。


しかし、そんな夢ばかりも叶わないのが、

与多夢希よた ゆうきという男だ。



背後から足音がする。

音の感覚からこれは父、速度からあと二秒で自分の背後に来る。

そしてそこから一秒……。





ドッ




思考する与多よたの背中を蹴る、鈍い音が響いた。



「テメェ、高校生にもなって、帰宅の挨拶が出来ねぇのか? あぁ? 」



そもそも玄関を開けずに迎える気の無い奴に挨拶が必要か?

なんて考える与多よただが、そのどれもを口に出さない。



「おい、何時まで黙ってるつもりだ。おい!」


蹴られた反動で蹲っていた与多よたの、横腹を強く踏み付けながら声を荒らげる。



「……っぁ! …………か。」


呼吸を整えようと必死に喉を手で守る。



「声出るんじゃねぇかよ。言う事は? 」

「ゲホッ…………」

「言う事はぁ!? 」


喉を守った際に空いた腹へ、勢い良い蹴りがぶつかった。


「あがっ……っ! うぅ……あ…………」

「これ以上お父様の手を煩わせる気かぁ? 」



転がる与多よたと、それを蹴り続ける父。


「ぼ……じあげ、ごだいま……」

「何て? 」


与多よたは全身を丸くし、震えながら口を動かした。



「がえり、がおぞぐな……て、ぼぅじ、あげ……ごだひ、ま、へ………………。」



震えと恐れで最早言葉すら拙い与多よた

その父であろう男は、それだけを聞くと玄関の方へと歩んで行った。


「ったくよ……何時だと思ってんだ、さっさと飯の支度をしろ。クソガキ。」



強く閉まる扉の音。

だが鍵がされる音は聞こえない事から、家には入る事が出来るのだろう。


与多よたは咳き込みながら起き上がる。


その表情は苦しみでも無く、悲しみでも無く、恨みでも無い。










「さってと。

んー、どういう言い訳にすっかなぁ。」








何時もと変わらない、笑顔だった。

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妖狩青春奇譚 かえりゅくんぱんつ @kaeryukunpantu

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