エピローグ

「このつづきはないの?」

 俺は寝落ちしてしまっていたのか。そこから飛び跳ねるように覚めた。

 あの映画館にまた戻って来たのか、大スクリーンには俺達二人のあの晴れ姿が。

 この続きは……いらないと俺はした。

「ここで映画のようにピリオドが打てるのが私の世界だね。もしも私の住人全員が私達のようにこの上ないハッピーエンドを迎えたらどうなると思う?」

「さ、さぁ……」

「世界が硬直して、砕け散って消えてゆく。終幕ってこと。言ったよね。私の世界は短命だって」

「そうか。でも命はいつか果てるんだから短くてもそれはしょうがないんじゃないかな」

「ここに至るまでの私達の年表は? いつ出会ったの? 付き合い始めてからの最も甘い時期は? 楽しい事ばかりじゃなかったはず。それを経て……」

「今野さんにとってそれらが大事だってこと?」

「……私はそうでもなかったけど、それを教えてくれたのは石田っちだよ。美味しい所ばかり切り取らないで、退屈してたり冷めたりしてしまった事も無駄じゃない時間だって汲み取って、それを積み重ねてこのゴールまで辿り着く。そんな人生も悪いものじゃないんだよね?」

 これは新しい価値観が植え付けられたってことか。

「それを選べるように、俺が二つの世界を繋げて理想の世界を創り上げたんだ。今野さんがそれを言ってしまったらあっちの世界にのみこまれるんじゃ?」

「それと同じ理屈で、あっちの世界も私を羨んでいく。やがて二つの世界は惹かれ合い一つに……そのまたとないチャンスがやって来た。これができるのは。同一線の世界では成し得ない奇蹟の中の奇蹟のような行為」

 なんということだ。この世界が帰結する本当の終点はそこか。異なる世界線に位置する二つの世界をお互いに認め合い、お隣さんみたいに存在しているからこそ成せる事。

 それが全人類の理想が網羅されている楽園の完成形か?

っていうのはそういうことか。ちょっと想定とは外れているけど。それを、実行したい?」

「まだ正直分からないし、いま直ぐにではないと思う。でもお互いが足りない部分を補える関係性ではあるはずなんだよね?」

「まさに結婚みたいだな」

「そうだね。結婚すれば子供も産むってこと? そうなれば両親は死んでも次世代に継ぐことができる……その子供が創造する世界はやっぱり親に似るのかな?」

 なんとも壮大な契りだ。

「まぁ、その子供が親より優れた世界を創れるとは限らないし、必ずしも結婚をするのが正しいとは限らないけどね。それにまた殺されるかもしれないし」

「その通り。結婚が人類を必ず幸福にするわけではないのは、地球ではもう当たり前の認識だ。本質は変わらない気がする」

「そっかーじゃあ勢いでやらない方がいいのか」

「その代わり子供が産まれなくなり、地球のいたる所にある国々では国家を維持するのが厳しくなってくると予想されている。日本もそう。この場合の国家とはどこだ? 今野さんに存続させたいものはあるの?」

「今の私には流石にないかなー。とにかく楽しく、穏やかに死ねればいい。私の所へやって来た人は皆んなそう思っている」

「子供を産んで血筋を絶やさないようにする、とにかく長生きをする、かつて正しいと思っていた価値観が変化して自由を求めていた時代にやって来たのが今野さんだからね。その時代を生きている俺もその意見には賛同できる」

「じゃあ結婚しない方がいいってことか……」

「子供は産まなくても……共に暮らすだけで、も……」

 肝心な時につっかえてしまう。声が小さすぎて聴こえているとは思えない。

「なるほどね。こんな複雑な心情になるくらいなら、とにかく最高に幸せになったらそこで人生を終わりにしたいって気持ちは理解はできるし、だからといってそれはそれであまりにもあっけない気もする」

「要はバランスが大事だってことじゃない?」

「バランスか。私が醒めたのはご承知の通り救済と復讐のため。それは見事に達成されて石田っちが後の事もやってくれた。この後は……どうしようかな。このまま、また還るしかないって思ったけど新しい目的で、その理想のバランスを取るために……私と石田っちと結婚するのは、駄目かな?」

 パパになっての次は結婚ときたか。しかも女性の方からプロポーズされたぞ。いや、ここでいう結婚とは相変わらず今野さんがまだまだ生きていくための手段でもあるが、平山よ殴りに来ないでくれ。

「一般人、なり損ないから大出世した身としてはつくづく普通に結婚したかったって思うよ。こんな大それたスケールじゃなくて」

 でも、これが俺の人生なんだよな。いや、許容してしまっていいのか。

 ずっと想い続けた人と俺が承諾すれば結ばれようとしているのに、なんで重た過ぎる荷物がもれなく付属してくるんだよ。あぁ頭痛が……。

 今野さんは立ち上がる。

「そうだよね。石田っちも先ずは慣れないとね。じゃあ、この問いに対する答えは次回に持ち越しということで」

 行ってしまった。結婚のことは頭にあるも結論が出せないまま今日は別れるカップルとはこのことか。

 人生においてこんな痛みや苦しみは有る方がいいのか、無い方がいいのか。何の障害もない、全てがうまくいく人生も考えものだというのは共感できるが……だからバランスが大切なんだ。栄養がどちらか片方に偏るのは健康を害するのと同じで。

 色とりどりの絵の具が水で洗い流されるように薄くなっていく。俺は切り株の上に屈みながら座り込んでいた。

 太陽の日差しが熱い。

 あれ、俺の頬が湿っている。気がつけば俺は泣いていた。

 夢から覚めて知ってしまったからか。少年の素朴な願いが叶わぬことを。

 交互に目をやる。

 

 そんな立て看板でも刺してやろうか。

 俺はここで案内人にでもなって通りすがりの人の人生相談に乗る活動でもするか。賢者みたいでかっこいいじゃないか。

 ……中立の、なり損ないの俺としては、やっぱりこの真ん中の地点に留まってバランスの良い世界を作っていこうじゃないかと説くこともするかもしれない。

 だって己が創出した偶像がこんなにも暖かみを持って優しく包んでくれるのだから……。

 これはどっちの世界でも実現しえないはずだ。

 この肌ざわりが今野さんの望んでいたこと?

 おそらく俺一人でもやれるんだろうけど、の方が楽しそうだよなきっと。

 ちょっと疲れたな。そういえばずっと休みたいと思っていたんだ。

 彼女の膝を借りてしばしの休息をとるか。

 鳥のさえずりが癒す。これだけで俺は十分だったんだ。この肌に沈み、優しく浸かることができたなら。

 ……次、起きる時はの彼女に「石田っち、起きて!」とゆすられて起こされる事を願いながら俺はまぶたを閉じる。

 数秒後、せわしなくドンドンと何かを叩く音が。

「なんだよ、うるさいな! いくらなんでも早すぎないか。あっ……」

 賢ちゃんがカプセルの中で助けを要請していた。

 出られないのか。いや、気が動転しすぎてそんな冷静さもないみたいだ。

 それよりも、誰かに命を狙われているように慌てふためいているような。

 賢ちゃんに務まるわけがなかったか。

「待ってて賢ちゃん。いま助けるよ」

 ここはあの子のためにも、俺がやるしかないような気がしてきた。

 その前に頼むから少し休ませてくれ。


(了)

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新人類 浅川 @asakawa_69

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