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「石田は、まだここに居るつもりなのか?」

 原にこの子を託してあとは頼んだぞという態勢に自然となってしまっていた。

「俺は……どうなんだろうな」

 斜め上を向いて視線をそらしてしまう。

「両親と、あと石田の部屋に居たあの超絶美人は彼女か? 石田はどこにいるんだってすごくみんな心配してた。まだ連絡を取り合ってないみたいじゃないか。だったら一緒に行こう」

 わざわざマンションと実家、両方に行ったのか。

「父さんと母さんに怪我はなかった?」

「ああ。それどころか地震があった事に気がつかなかったとか耳を疑うことを言ってきた。実際、室内は物が散乱していなくて整理整頓されていたし嘘ではないのかもしれない。もう普通の世界ではなくなっているみたいだしな。だからきっと何か理由があるんだろうって思うことにしているけど、石田お前は……?」

「ど、どういうこと?」

「スマホの充電はもうないのか?」

「スマホ? えっと……いやそんなことは……そっか電波が。ネットに接続できていないみたい」

「その、けんさんがいなくなってから石田さんも透けてはいないですけど白く淡く発光しているみたいになっていますよ」

 そう指摘されて焦り、俺は身体を手でベタベタ探ってみる。

 俺は……俺の、居るべき場所は……。

「石田もあっちに行っちまうのかよ。なぁ、石田はなにが不満だっていうんだよ。安定した職にも就けて、おまけにあんな美人に気にかけてもらえて。完全に勝ち組じゃねぇか……」

 俺を目を伏せる、耳を塞ぐ。

 頼む、立ち入らないでくれ。俺の心の内側に、秘密の部屋に。

 ……ここは、だ。

 あれは夢だったかと心底、安堵したような心地だ。

 だが——


「石田さんはなんだかもう帰ってこないような気がします。こっちがどんな世界になろうと。けんさんが戻ってきたくなるような世界になったとしても、ずっと」

「俺もだ。本当に昔からよく分からない奴だったよ、石田は。いつもどこか変な方向を見ていて、何考えてたんだか……」


 嫌がらせのように聞かせやがって。

 俺はもう戻って来ない——

 そんなことはないさ、とは否定できなかった。

 俺も賢ちゃんと同じ、今野さんが主の所へ……?

 なに、賢ちゃんがなぜそこにいるんだ!

 柏木らが収まっていたカプセルに賢ちゃんがニッコリとお行儀よく直立で、眠っているのか……?

 何かが回る音。これは、映画のフィルムが回っている音?

 大昔の映画のように白黒で、アニメのように動いている映像。愉快な音楽まで。

 賢ちゃんが坂を登りここまで来たところで体力が消耗しているらしくなだれるようにうつ伏せになった。

「あぁーなんか急に疲れが。思えばよくこんな長距離を休まず……ここで一休みするか。おっなにこの電話ボックスみたいな箱。温室育ちの俺が野外で寝そべるなんてもっての外だし中で休ませてもらおうかな」

 ……そういうことか。が、なぜ今は直立なのか。

「こうなったらあっちはどうなるの?」

 今野さんが隣の席に座っていた。

「分からない。けど、賢ちゃんが神になったら怠惰な世の中になりそうだな。ただ働かなくても生きていけるようになるかもしれない」

「それって全人類の夢じゃん」

「そうだね。ところでもう平気なの?」

「うん。こっちの人口がどんどん増えていっているし活力が戻ってきた」

 ここは映画館。まるでデートしているみたいだ。

「あっちをベースに生きてきた人がこっちへ来ると、投影されるもその影響をもろに受けている。これ、先に生まれてきたのが私だったらどうなっていたんだろう。地球の歴史と同様に暫くは生物がいない退屈な時代?」

「ここは……き、君の領域?」

「ううん。石田っちのだよ」

 俺の?

 彼女が隣にいる。ここを出たいと思ったら外へ瞬間移動していた。ヨーロッパの街並みのような大通り。

 喫茶店。店外に設置されてある席に座り、丸いテーブルを挟んで見つめ合う。

「石田っちの領域なんだけど、私が干渉することによって二人の世界が融合する試みをしているみたい。すごいよ。私の世界だとこんな感触、リアリティーは味わない」

 赤い液体、アイスティーか何かが入っているグラスを持ち上げて鈴を鳴らすように振ってみせる今野さん。

 俺達以外に人は……と思ったらそれに応えるように人集ひとだかりが虫がわくように出てきた。なんだこの世界は。

「このモンブランの味も……」

 そのケーキを一口食べる今野さん。口元がアップになりシャボン玉のような球体が浮遊した。

「はい、あーん」

 フォークを差し出してきた。

 なんということだ。俺が夢想してきた事ばかりが繰り広げられている、頭が追いつかずなにがなんだか分からなくなってきた。これで俺はもう一片の悔いはないのだろうか。

 いや、あとは……。

 陽は沈んでいた。灯台が水面を照らす。どこかのほとり。数歩前を歩く今野さん、その背中。

 彼女と俺の出会いは? 彼女の出身地、家族構成、学歴、ここまで何人の異性と付き合ってきた?

 俺と共に一つ屋根の下で……そうなったらどんな日々が?

 そんな設定、リアリティーなら俺には不要だった。

 ただこうして……。

 肩にかける指先。それに応える今野さん。

 屈んだ俺は……今野さんの唇に……。

 二人は螺旋状に上昇していく。このまま宇宙へ行ってしまうのだろうか。天井は星空。

 欲望のままにただ強く抱きしめる、にはあまりにも今野さんは華奢だった。寸前で抑えて柔らかく抱擁する。

 ねぇ。もっと強く、強く抱きしめてよ——

 これは、今野さんの想い……。

 これで、これでもういいだろう。

 人間同士の摩擦、煩わしさ、繰り返す日々の気だるさはいらない。

 写真におさめるように、時間よ止まれ。永遠に。

「こっちの方がいいんじゃないの?」

 えっ。

 タキシードに白いウェディングドレス。

 ピンク色の花びらがパラパラふっている。

 草原のような大地と、まぶしい太陽と雲と青空をバックに二人は記念撮影をした。

 これでめでたく真のエンディングを迎えることができた。

 ジエンド、とその字幕が刻まれるとエンドロールへ。

 

 ……夢を見た。こんな夢を俺は見た……。

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