10

 大地震で亡くなった人数はこれまで改訂を重ねて試算されてきた専門家のシミュレーション通り約一万人前後……のはずのようだがよくわからん事になっていた。

 これほどの地震による被害のわりには

 建物の損傷、倒壊はこれまで地方で起きた巨大地震の比ではないのは当然として、その瓦礫の山から死骸は混じっていなかった。

 奇妙な噂も。

 地震直後、なんとか死からは免れた人が夜半、大名行列を彷彿とさせるような人間の列を目撃したそうだ。その人々はどこか薄く、白かったとのこと。

 そう、まるで幽霊のように。その行列の目撃者は各地域で数多といる。

 また揺れの最中、その揺れのせいとは思えないくらいにグニャグニャと景色が歪み裂け目から明治、大正期にいそうな着物を着た中年くらいの女性が出現した……など怪奇現象の目撃、体験談が後を絶たなかった。

 大きな災害の前後というのはこういう怪談系の小話はよく出てくるらしいのだが、その数がこれまでの中でも突出して多いからか遺体が出てこないのは、大地震の巨大なエネルギーにより時空が歪んだことでどこか異世界へ行ってしまわれたんだと説く者が続出した。

 今回は遺体が消えたのかは置いておくとしても、出てこないという物理的なファクトによりまさかと信憑性が増していたので、震災による被害の大きさと並行して同等の関心事として扱われた。

 の狭間——

 俺はまだが未完成である、脇が甘いゆえに起きた事だと仮定した。

 二つの世界が繋がり往来できるようになったとはいえ超科学の方面はいわば開通したばかりで、こちら側の住人はその一方の世界はあくまでファンタジーとして認めていない。

 だから、なぜ万単位もの人が民族大移動さながらごっそりといなくなってしまったのかその帳尻合わせとして大地震は科学的にはうってつけだったのかもしれない。

 これからも流出は避けられないだろう。その度、人数によっては災害が起きるようではたまったものじゃないな。

 これからは……に生まれ変わったと認識させるしかないようだ。

 日本の中心部で起きた大災害だというのに避難所は閑散としている映像……。

「まだ見ているの?」

 三階のベランダから男の子は椅子を踏み台にして双眼鏡を手にして目をこらしている。あの魂たちが今もここへやって来て、あちら側へ移住しているのだが……。

「僕にはやはり見えません。石田さんは見えるんですよね?」

「うん、まぁ……」

 あれが見える人と見えない人がここにもいる……この子は完全にこっち側に適したしゅなのであろう。

 けど、もう見えなかろうが関係はない。

 白人、黒人とかアジア人とか、信仰や宗派の前に人類には一番下に大きく分けて二種類の種族に分類されるのは常識として生きていかなければならないんだ。

「ここへ来ている人達はこっちで生きるのには適合していない人なんですよね……なぜそんな方でも生きやすいようにしてこなかったのでしょうか?」

「なんでだろうね。まぁ、そういう人も宇宙人がもしも侵略にやって来たら私を連れて行ってくださいって歓迎するような変わり者だから、そんな奴とは関わりたくないって思って放棄してしまったのかも?」

 全然しっくりこない例えだ。なんとか答えようと無理やりひねり出すんじゃなかった。

「宇宙……この地球以外にもきっと生命が住める惑星はあるんですよね。宇宙へ誰でも行けて、その大海原を航海できる時代だったらその人達は宇宙への旅を選んだと思いますか?」

 宇宙……そうか。やがて人類の活動フィールドが宇宙まで本格的に及ぶ時代は必ず到来することだろう。

 けどその宇宙事業に着手しているのは現時点で金持ちや野心溢れる秀才、大企業だけ。こっちでは社会不適合者と揶揄されるような人類にまで身近になるのはいつになるやら。

 でも——

「そんな時代になったら、読んで字の如く世界は広がる。そこまで技術が進めば国、大陸間移動なんてバスで近所へ移動するくらいの感覚になるはずだ。人間、他の生物もそうだけど窮屈な箱に閉じ込められたらストレスが溜まるもの。そこまで足を運べる世界が広がれば、自分に合った世界も見つかるんじゃないかな、と俺は思うよ」

「……そうですよね」

「賢ちゃーん! 本当に行っちゃうのかよー」

 この声は。原か。

 男の子から双眼鏡を貸してもらう。

 原が賢ちゃんに呼びかけるもそれを賢ちゃんは無視をしている。もしかしたら聞こえていないのかもな。

 賢ちゃんの歩く速度に原がなんとか食いついていこうとしているのか、原は両膝に手をつけているが原が賢ちゃんに体力、足の速さで負けるなんてそんな事は有り得ないぞ。これもまた奇怪だ。

「賢ちゃん、原!」

 俺はに降りた。

 あっ、賢ちゃんも止まってくれた。俺の声は届くのか。

「石田……生きてたか。賢ちゃんを追っかけてここまで来たわけだけど、もしかしてここが……」

「そう。ここが紹介された新人類の拠点ってやつだ。原こそ生きていて何より」

「洋ちゃん」

 賢ちゃんがボソッと俺の名を。

「一旦、戻ってきたの?」

「いや、ものすごい長い夢から覚めたみたいで、それでまた行かなくっちゃって思って。戻ってきたつもりはないよ」

「あっちは心地良かった?」

「うん、あっちでも嫌な事がないわけじゃないんだけど夢みたいに逃げるのは簡単だし、それにすっごい美しいものもみられた。どっかの展望台から地球の絶景を一望できるような……またそれをみてみたいし」

「俺達との関係はどうなるんだよ」

 原が弱々しくも言う。

「そうだね。俺が生まれた場所はここだし、楽しい思い出もたくさんある。悩まなかったわけじゃないけど、思えばどれも気休めにしかならなかったってのが結論で。こっちで安定して暮らしていくのは俺にはとても無理だ」

「それなら国に援助してもらえればいいじゃないか。ほら、少子化対策の一環で子供を生涯で三人以上産むことを条件に国が安定した生活、子育て環境を保障するって制度もあるし」

「圭吾、それ本気で言っているの? 俺がこの体型で結婚……はできたとしても立派な父親になって子供を三人も育てられると思っているの?」

 原よ、よりによって賢ちゃんにその制度を持ちかけるか。しかもその保障を受けられるのは結婚して子供を一人は産んだ夫婦が対象だ。

「結婚して子供を産めば補助金に、学歴関係なく国が指定した子育てを優先してくれる超ホワイト企業の職に就けて、生活に困らず、キャリアを損なうことなく快適に子育てができる……子供を産むメリットがここまででかくなって俺もめちゃくちゃいいじゃんって思ったよ。でもそんな恩恵を受けられるのも結局はこの人の子供なら産んでいいって惚れさせることができた恋愛の勝者だけでしょ。どんな保障を受けるにも国が設けた基準を満たさないといけない。真の弱者救済ってそんな選別しないで一定の保障を受けられることなんじゃないのかな」

 ある基準を満たさないと保障は受けられないのはどうなのか? 一理あるかもしれない。

 私が、俺が最強だと自負していざ挑んでみたら上には上がいた。その厳しい競争には勝てずに勝者にはなれなかった人の方が圧倒的に多い。

 それと同じように、下には下がいるものだ。そのくらいであればあなたは社会的弱者ではないと判定されて何も得られない。

 真の弱者とは勝者にも、敗者にもなれないその中間層に属する者なのかもしれない。その層がだるま落としのようにポッカリいなくなろうとしている。

「原。賢ちゃんは一回あちら側に吸い込まれているんだ。あまり強引に留まらせても俺達になにができる」

「石田はなんでそんな冷たいんだよ! ……なぁ、賢ちゃんだって恋愛の勝者じゃないかもしれないけど、eスポーツの分野で勝者になったじゃないか。俺や石田が一回も出ることが出来なかった世界大会に賢ちゃんは何年も連続で出場して、優勝までした。それなのにこっちでの人生は終了しますって、もったいないだろう。その実績があれば他でも応用できるって」

「これでいいんだよ。こっちでも幸運にも得意分野があって真剣勝負して、勝者になれた。それだけでもう満足です。俺、その五年前の優勝したところでここで人生が終わってもいいって心の底から思ったもん。あれを上回る幸せはもうやってこない。だから、もういいんだよ」

 それがあっちの価値観だ。ここで人生そのものが終わってもいいって思うくらい至福の瞬間に一回でも立ち会えた。それだけで十分。それ以上はもうなにも望まない。お金を稼いでも稼いでも物足りなくてどこまでも事業を拡大させて社長になる奴等のような貪欲さはない。

「……俺はどうだっていうんだよ。全部、平均点よりはちょい上だけどトップにはなれない。中途半端で満足することないけど、でも苦労はほどほどにダラダラと過ごせている俺は……」

 原が独白のように語っている。

「それも決して悪くないと思うよ。なんなら俺は群を抜いた能力が一つあったから頂点の味をしめてしまい、もうそんな圭吾のような人生は考えられなくなった。平均点だって恥じることはない」

 お互い持っていないものを羨ましいと感じているがどっちにもメリット、デメリットはあるとここでも論じられている。

「あのっ。僕にはけんさんのことが見えないんですけど……けんさんがまたこっちに帰りたくなるような世界に僕がいつかしてみせます! 生意気なガキだなと思うかもしれませんが。だから、その忘れないでください、けんさんが生まれたこの世界を!」

「この子は……?」

 唐突に男の子が加わってきた。俺は賢ちゃんに……。

「この世界の希望さ」

「希望……」

 賢ちゃんが眼鏡をどかせて目をこする。対戦で勝った時も負けた時もよくやる仕草だ。

「ありがとう。でも、今はもう行かなくっちゃ」

「いつでも帰って来れるよ。それも覚えておいて」

「そう言われると、なんか生きやすくなったんだね……」

 それを言い残して賢ちゃんは歩き出す。

 そうだ。俺は生きやすくしたつもりだ。これは別れなんかじゃないぞ……!

「石田、この男の子が世界の希望って?」

「この子は……産まれてから正常に成長していたならこっちでは三十代になっているはずだった。そんな子がこっちに帰還した。両親は存命している。原、この子をその両親のもとへ返してあげてくれないか。DNA鑑定でもすればこの子がその両親の子供だって科学的に立証されるはずだ。そうなればあっちの世界を否が応でも認めざるを得なくなるだろう。大丈夫、この子の父親は●●●さんだ。個人的には連絡できなくても問い合わせは会社にでもすればいいだろう」

「えっ、そうなの! ●●●さんの子供が遂に発見されたって、それは世界的にもビッグニュースになるんじゃないか」

「その通り。そっちの方が好都合だろう。●●さんくらいの影響力があれば瞬く間に世界中に拡散されて、議論になっていく」

「僕のお父さん」

「いきなりだけど、君のその素敵な夢を実現するためには帰るべき場所へ行くのがその第一歩だ」

「……はい、わかりました!」

 いい眼をしている。

 まだだ。まだ諦めるのは早い。一人でも心に炎が灯っているならそれを無下になんてできやしない。

 さぁ、ここから再スタートだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る