9
どこへ着くというのだろうか。
ここは、来たことはないが幾度と来た気になっている場所だ。
俺にとっての全ての始まり。お爺ちゃんが今野さんを写真で撮ったあの
空は黄昏だった。ひぐらしの鳴き声も。これぞ夏だな。これで気温も三十度くらいなら夏を満喫できるのだが。
「ここは……なんだかどうしようもなく胸をしめつけられる」
男の子が歳に似合わず詩的なことを。
この子はもしや……。
「もしかしてここに来たことがあるの?」
「……そんなはずはないと思うんですけど、でもそれに似たものが」
「君は記憶喪失なんでしょ? なら来たことがないなんて決めつけることはできないはずだ」
「あっ。そっか。えっでも……」
「とりあえずここから降りようか。歩き回っていく内に思い出すことだってある。それに君にぴったりの居場所があるんだ」
「僕にぴったりの居場所?」
俺はこの子の一時的な預け先として長谷川さんの居る事務所へ連れて行くことにした。お互いこの時代を生きるのは不都合な者同士。同胞みたいなものだ。お金もあるはずだし子供一人くらい養えるだろう。
移動中、他の人とはすれ違うことがないことに痺れのようなものが走る。単に閉園時間だからであればいいのだが。腕時計の針はもはやあてにできない。
「この木のベンチ」
「それがどうかした?」
「お兄さんがおっしゃる通り、ここに僕は来たことがあるのかも」
ここで不可解な失踪をした子供はいるのか。調べる必要がありそうだな。
「あっ石田さん。よかった。無事だったんですね!」
長谷川さんが扉の外へ出てきており、俺を見るやいなや駆けよってくる。
「無事とはなんですか?」
「あれ、まだ存じ上げてませんか? 東京で大きな地震が起きたみたいなんです」
「なんですって?」
東京湾を震源とするマグニチュード七・六の巨大地震がつい数十分前に発生していたとか。だが長谷川さんは奇妙なことを。
「私も揺れには気がつかなかったので人のことは言えないんですけど。スマホを手にしたら緊急地震速報の通知がきていて」
相変わらずマイペースな人だが、まてまていくらなんでもそれはないだろう。
「揺れに気がつかなかったってそんな事はないでしょ! その規模だと震度七ですよね? ここは北海道でも沖縄でもありませんよ。あの事務所は別の空間にでもあったっていうのですか?」
と非難したところで……それはあるかもしれない。
「そうですよね。私いつからここまでとろくなったんだろう。ところで……その男の子は?」
長谷川さんにとってはこの子も同じくらい気がかりか。
「この子は……長谷川さんと同類です。別の時代からやって来たんです」
「えっ、うそ」
俺は長谷川さんにこれまでこの園内で幼い子供の失踪事件はなかったか尋ねたが、少なくとも長谷川さんがここへ来てからは無事故らしい。
「それでは、かつてここには長谷川さんの他にも公園の管理などに関わった人はいますか? この男の子が言うに四、五人の眼鏡をかけた男女がこの子をこちらへ行くように促したそうですが」
「あぁ、なんかいたにはいたような……」
「この方達ではありませんか?」
俺は葉山からメルマガ登録した際に特典としてくれたあの写真をスマホ画面に表示させてかざした。
「この子たちは……一部の間では英雄と評されている方達です。その、新人類のかつてのリーダー格たちです」
「リーダーはバベルのボーカルではないのですか?」
「誰か一人のおかげとかではないようです。ありきたりですけど皆んなで力を合わせて」
「こんな貧弱そうな面々が革命を起こしたんですね。長谷川さんは会ったことがあると?」
「えっと……どっちなんだろう? この男性の方でしたら英二と同行していました。兄弟みたいに似ている人が並んでいますけど多分こっちかと」
「では、この方が過去へと飛ばしてくれたとんでもない新人類ですか。人は見かけにはよらないとはよく言ったものですね。で、この方々はお亡くなりになったのですか? それとも……」
「あの、その写真を僕にも見せてもらっていいですか?」
そうか。そっちの方が手っ取り早かった。俺は腰を低くする。
「この人達です、僕が会ったのは! 一人足りないですけど」
やはりあっちの、今野さんの世界で生きていたか。
「この人達はいまどこにいるんですか?」
「君がやって来た世界にいるよ。坂の上の先にある」
「奥にこんな豪邸があったんですね」
「アジトみたいな家が欲しかったみたいですね」
農具展示場の裏には短い橋があり、そこを渡り伸び切った雑草をかき分け厳重な鉄扉の施錠を解くと金持ちが資金を惜しみなく投入したような別荘があった。
「あれ。もしや停電しているみたいですね」
大地震があったというのにこの静けさのせいでまだ他人事のように感じていたが、停電していることでその片鱗はあった。
「テレビで情報を得るのは無理ってことですか」
しかし、それよりも俺は——
「やはり……」
俺は急かすようにこの別荘に備えられているタブレットを拝借して検索してみた。
「二○二四年五月、ここふるさと村自然公園で一人の男の子が誘拐された事件があったそうです。もちろん
「そんな前に……この公園を買収する以前の事ですね」
「しかもおかしなことに、誘拐されたのは生後間もないベビーカーに乗っていた赤ちゃんと書かれています。両親がほんの数十秒、目を離したらいなくなっていたそうで。二足歩行がまだできない赤子なので誘拐事件としているのでしょうが、そうなるとこの子の年齢とどうも一致しない」
「この男の子がその連れ去られた赤ちゃんと言いたいんですね?」
「はい。が、見ての通り小学低学年くらいの子です。そうなると……柏木の抱いていた子が……」
「英二のなんですか?」
「こっちのお兄さん僕、記憶にあるかもしれません」
さっきからずっとこの子は俺のスマホを手にあの写真を飽きることなく眺めていた。俺は聞いた。
「どっちの?」
「この、長谷川さんは会ったことがない方のお兄さんですね」
「どこで会ったか思い出したの?」
「僕はこのお兄さんに抱っこされて……下、胸の高さくらいからお兄さんの顔を見て、思わずはしゃいだ。なぜだかは分からないけど、怖がることなくただ、はしゃいでいた」
「抱っこされて、胸の高さあたりから顔を見たって事は……君はまだ今ぐらいの身長ではない、もっと小さい時って事でいいのかな?」
「でしょうかね。そうではないとこの記憶の整合性はとれないですし」
その記憶が正しいなら、攫ったのはこの男ということにならないか。それにしてもなぜだ? なぜ新人類の主要メンバーはこの子を攫ったんだ。
「いずれにしても、このお兄さんの記憶は悪いものではないと思います。とても優しく、僕のことを想っていたはずです。なぜなら……」
「君は僕達の胸の中でずっと生き続ける。忘れないよ。ずっと」
「最後にそんな言葉をかけられたような……」
「……そして現在。君は生きる世界はこっちだと背中を押されてやって来た……解放されたということか?」
「なぜ僕は解放されたのでしょうか?」
それはもしかしたら俺のおかげなのかもしれない。
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