7

 鳥のさえずり。枝と葉からなる円。ここは森か。澄みきった青が中央に。

 俺はそこで大の字にして気絶していたらしい。

 どうなったんだ……。

 とりあえずひと仕事を済ませたような疲れが。

 ゆっくりと上半身を起こす。

 柏木とあの赤子がバイオテクノロジーの研究室にあるような縦長のカプセルに収容されていた。

 赤子を抱く手は力なさそうで、首が倒れて口を半開きにさせている。もう観念したような念がこぼれているみたいだ。

 三、四メートルあけて狛犬のような横並びで……大木たいぼくが。真ん中らへんにこれまた縦長の掘られたスペースが。

 この構図からしてこちらには今野さんが居なきゃいけないんじゃなかろうか? そうはなっていないのはなぜなのか。

 パソコン画面がホワイトアウトになってしまったような白がこのあいだにある。

 柏木方面は下り坂になっているが、その坂は水溜りでぬかるんでいる。その真下にはこれぞ都会という街並み、ネオンライトで埋め尽くされている。うっすら靄がかかっており、どこか荒廃と化した感もある。

 そしてこちらは……上り坂になっており固まった土の道。金属、鉄筋、コンクリートとは無縁の野原へと招かれるのではなかろうか。

 その二つの道の中間にあるここは何だ?

 ……この白は、ここを通過すればどこかへ連れて行ってくれるような気がした。

 地べたが自動で俺を動かしてくれるように滑るようにその中へ……。

 崖際に出た。

 下は面積の大半は荒野で占められているが、海沿いでもあるようでその海辺まで行けば多少、草木が生い茂っている地があると思わせる。

 やり方によっては発展の余地があるのではなかろうか。

「見事なだったね」

「今野さん! 無事だったんですね」

「一応、私がだったからカッシーのようにはならなかった。けど、ここまで石田っちがやってくれたらもう私の役目もほぼないようなもの。そうなると気力も衰えて、眠くなって私もカッシーのように……あとは手を付けずに大河の流れのようにそこに身を委ねるだけ」

「役目を終えるって、どういうことなんですか?」

「本来は私が途方もない歳月をかけて、あれこれ創意工夫をしながら築き上げていかなければいけないきょうだったんだよ。それを成し遂げる頃には私はご高齢、おばあちゃんになっていて、きりのいい節目の所で生涯を全うする……そんな工程だったと思うんだけど、それを石田っちが……」

「僕はどうなるのでしょうか?」

「石田っちは……ここからどうしたいの? これで十分なら同様に眠りにつくかもしれないし、まだ展望があるならこれからは石田っちがホスト、創造主だよ」

 神様ってある日、突然、任されるものなんだな。

「何処で生きるか、その選択肢を増やした。それ以外に出来る事ってあるでしょうか?」

「あるんじゃない。まだここはただの中継所みたいなものだけど、どんどん領地を広げていけばそれはもはや中間地点、架け橋ではなくなる。になるんだよ。二つの世界との距離が広まれば広まるほど、そこに住んでくれるかもしれない。それってどういう事か分かる? 生まれた場所では合わなかった者同士が集合して、またこれまでになかった文明、価値観の世界が創られるかもしれない。そこがすごく平和で生きやすかったらもうお手上げだね。私も、カッシーも用済みになる。最後に生き残るのはここ」

 競争による淘汰はここでも行われるのか。

「僕に、そんな大それた野望はありません。ただ僕は、ある種の漠然とした生きづらさからの解放を求めていただけだった。もしかして僕も浅はかで、とんでもない事をしでかしてしまったのでしょうか。かつての新人類がやった事のように……」

「どうなんだろう。でもそれはごく自然な事なんじゃないの? 人は、ううん。全ての命は生きやすい環境を旅をするように見つけようとする。それが無かったら、力づくで生み出していくしかないじゃない。石田っちはそれをやったんだよ。誇ってもいいくらい」

 これもよくあることだ。欲しくて欲しくてたまらなかった物があったとする。それをやっとのことで掴み取ったのに、なぜか充実感よりも空虚な心がまさってしまう。

「私を手に入れたとしても?」

「えっ?」

「めでたくあなたは私と対等になった。いえ、石田さんの方が偉いかもしれないです」

「言葉遣いを改めやがって」

「そっちこそ。タメ口になって。ここまで内と外で差がある人も珍しい」

「ど、どうすればいいのかな」

「そんなの好きにして」

 そっと手を伸ばしたら、そこは空気ではなかった。

 彼女と出会ってから初めて実体を掴むことができた。

 そっと寄せて、包容する。二十年以上もすぐ横にいたのに、こんなに身長差があったなんて。

 これが『せい』と『生』が重なり合うということ。そこには火花のようにエネルギーがほとばしる。

 胸が張り裂けそうだ。

 内で何かが起きている。そのうち破裂するような反応。

「これで終わっちゃう? これがね、私の世界なんだよ。幸福の絶頂まできたらそれを永遠にするために、切り取ってモニュメントにしてしまう。そんな永遠が飾られて、浮遊して回り踊り続ける。それが私の世界、夢のような世界。それはきっと死ぬほど美しい。だから短命でもある。長生きをするなんて概念はないに等しい」


「それだとあまりにも儚いだろう。それを何度でも味わいたいとなぜ欲張らない?」


 淡い赤色の蛇みたいな動きをしている糸が地を這いながら語りかける。少年からざらついた中年のおっさんになってしまったようだが、あいつか。

 ってかこれは柏木の声かもしれん。

「そうだね。あまりにもあっけなくいなくなってしまうものだから、そっちは困ると思う。次々と友達が記念碑や銅像になってしまったら合わない人は狂ってもおかしくない。だから、もっと持続させようとするのがあなた。石田っちの言う通りどちらにもメリットとデメリットがある。ならどっちが合っているのか選ばせましょうとなったのが今。何かご不満でも?」

「お前も自覚はあるようだが、石田が台頭してきたらお役御免になるのが俺達だぞ。なぜ譲った?」

「……それはね……」

 うっ……地響き、波動が。今野さんは何をする気だ。

 俺を通過して、あいつを見下ろす。

「私がなんでこうして、あなた達が始めた大宇宙に舞い降りたと思っているの? 私の子供達が縋るように目覚めろと乞うたからだよ。あなたの星でも生きたかったのに、生きようとしたのに無念にも散った命。死にたくて死んだわけじゃない命……本当は生きたかった命……そんなあなたを、許せるわけ、ないじゃない……」

 真っ赤な炎がブワッと噴き出した……今野さんを覆う。

「その復讐を……果たすのが……私のここでの役目。改めて、宣告する……お前は、屑だ。よって死、あるのみ……」

 道を作るように炎は直線に走り、あいつを焼きつくした。

 断末魔、昇天。最後の宴のためにあつらえたような火柱が昇竜のように。

 恐竜みたいな頭蓋骨が仰け反って天に召されたように見えたのは気のせいか。

 炎もあいつと共に燃え尽きると、いなくなるように鎮火した。

 今野さんの眼には涙、それが吹いた疾風でなびいていた。

 そういう俺も、哀愁が急雷の如く襲いかかる。

 一つの惑星、命が死んだんだな。

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