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「でも、あんな上級能力を獲得できたのは、殺さないでくれた対価だったらしいです。これに免じて許してくださいと授かった能力。それが英二のあの力。そのおかげで復讐を果たせるから取引成立となったのでしょうね」
「殺さなかった対価って……どなたのことです?」
ヤクザのボスでもなければ大物政治家でもないだろう。俺は眉を歪める。
「この地球の核、コアとでも言えばいいのでしょうかね。英二はあんな理不尽な悲劇が起こる世の中に対して激しい怒りを年中ぶつけるようになってしまい、ふと気がついてしまった。憎たらしい世の中の成り立ち、そのコアの在処を。そこからはスローモーションで走っていくようにそこへ到達する、そして喉元に刃を」
俺はあの黒焦げになった人体を浮かべた。あいつが柏木を新人類へと押し上げたのか!
「スローで走ったって……そんなやり方で秘境へと行けるものなのでしょうか?」
長谷川さんの説明では、あまりにも脈絡が無さすぎて苦笑いするしかない。
「何といいましょうか。そんな賢いから出来た裏技ではありません。先ほども申し上げたようにただ激しい怒りが、防壁を粉砕して最果てまでのルートをこじ開けたのです。初めてお会いした時にも少し触れたと思いますけど、能力者の中には自分の意識を他の時空へと移動させることが出来る人もいるんです。それをただの怒りだけでやってのけてしまうなんて、英二はほんと扱いにくい人間です。それで何度もトラブルになりました」
幼児でもないのに怒りを制御できずに獣みたいに大暴れする大人はいる。柏木にその性質があったとはな。
「例えば小学生の頃、スーパーのおもちゃ売り場を周っていたらショーケースに飾られてあった可愛いドールが目に止まってこれ欲しいって私、思ったんです。でも店員さんに聞いたらあれは売り物じゃないって返されてがっかりしました。それを聞いて英二は何をしたと思います? そのケースの中身を交換する日が来るまでずっと見張ってて、その日が来たらすかさず盗んできて私にプレゼントしたんですよ。欲しかったやつ取ってきたよって。客が欲しいって言っているんだから売ってあげればいいのにってすごく怒っていたみたいです」
「それはそれは」
俺の前でいつも偉そうにしているあの柏木にそんな非常識極まりないエピソードが。これでもう俺の前でもでかい態度は取れないぞ。
「助けに来たよ、これがあの日の第一声だったんですけどその時のトーンがこの昔話の英二と重なってしまって、ついさっきまで地獄だったのに笑ってしまいました。英二らしいなって」
まさか未来から馳せ参じるとはな。サプライズ中のサプライズだろう。そりゃあ笑いたくもなる。
「興味深いお話までありがとうございます。柏木さんの見方が少し変わりました。馬鹿が付くほどの純粋で、強力な想いが長谷川さんを救ったのですね。その代償は大きかったみたいですが」
「本当にすみません」
そこからどうやって長谷川さんをここまで連れて来たのかは……もはやどうでもいいか。
新人類になれる方法の一つに、ここのコアを脅してその血を注入してもらうというなんとも荒々しい方法があった。
このやり方は今となってはもう無理か。なんせそのコアがあのように死んでしまったのだから。
それに、なぜこちらのコアはそんな敵である新人類に転身させる施術を持っていたのかが謎だ。
「柏木さんはこの会話を監視でもしているんですかね。とんでもエピソードが飛び出したんで登場はためらったのでしょうか?」
「どうなんでしょうね。でも英二はあの件を機にだいぶ不安定な感情の起伏は治りました。私をなんとかここまで連れて来たら、英二はあっち側に残って座禅みたいなことをしてたのが効いたのですかね」
俺はふるさと村自然公園を後にした。
さてどうするか。収穫はあったと言えばあったが。
ここは当人にも訊いてみたいところだな。
「おーい、柏木。出てきてくれないか」
むなしく無反応かと思われたが、マリオネットが上下に忙しなく操られているような音が返ってきた。
ケラケラと口も動いているのか小馬鹿にするような笑い声も。
「あなたもこいつのようになりたいんだって?」
あの赤子を抱いた柏木……だが声色が少年のようにまるで別人だ。
「こいつはただ僕を運んでくれる荷車みたいなもん。喋っているのはこっち」
本体はその赤子ってことか。はて、柏木はどうなっちまったのか。
「僕は、殺されそうになっているこの地球さ」
また変な空間へ連れて来られた。
「あの小娘に僕はこのままだと殺される。でも、僕はまだ死にたくない。元々こいつのせいで寿命はあと僅かだったけど、これぞ怪我の功名ってやつかあの小娘がここをまだ維持できるように修復してくれたこと。そこに上手く隙をみて、寄生すればまた僕も復活できるかも。石田さん協力してくれない? あいつは石田さんには心を開いている」
なんという交渉を持ちかけてくるんだ。そっちに付くとしても、俺にはどんなメリットがあるのか全然分からない。
「僕も反省はしている。こうなってしまったのも僕の未熟さが起因しているから。だから憎悪を溜め込んだ末に爆発する人が続出してこいつみたいに侵入者まで現れる始末になった。ならそれを教訓に改めようと思うのはあの小娘と同じさ。石田さんが住み慣れた世界をこんなにもあっさりと見放していいの?」
住み慣れた世界か。あいにくそこまでの執着はないんだよな。
「なぜ柏木を敵対する人種へとさせてやったんだ? お前にそんな力があるのもなんでだ?」
「……殺されるかの崖っぷちになってしまったら、思わぬ救助がふってくるもの。ここからどうすれば助かるの? と涙目になっていた時に少女が……思えばあれはあの小娘だったか。その少女が僕の心の中に紛れ込んできて、その力を売った。あれは小娘を眠りから覚まさせるきっかけだったのかも。僕の世界に能力を持った人を忍び込ませるために」
「なんとなくは理解した。そこまでの苦肉の策をしてしまった時点でもうお前の負けでいいんじゃないのかな」
「まぁいいよ。あまり時間が経つと僕の所在がバレてしまう。これからどんな世界になろうとしているのか石田さんもその眼で確かめてごらん」
戻った。これからどんな世界になる……現実が夢に、夢が現実になるとは聞いているが。
ここは夢ってことになるんだよな。
空が水滴のように落ちてきた。それをもろに浴びるが、そのまま空洞へと一直線に降下してしまったような感覚に。
重力が失われた空間。海中のように薄暗く、青い。
俺は泳ぐような動作をしてしまった。
前方に、停留できるような漂着地帯が。そこへ目がけて前進する。とても安心するような所へ繋がっているはずだと一心に向かった。
そこへ着くと玉川が眠っていた。俺の家か。
眠っているということは……玉川はあっち側に行っているのかもしれない。
そうか。先輩の夫を探し回っているのか。きっとそうだ。
ひっ。そう思った手前、動くと思ってもみなかった動物が目を開いたようにビクついてしまった。
「お、おはよう」
何かのお手本を披露するように規則的に立つ玉川。
「私は洋一朗と一緒に居たいよ。先輩はあっちの世界の住人になっちゃったけど、私にはここが幸せだと思っている。洋一朗はどうなの?」
俺は……。
(石田さんも悪くない生活だって思っていたでしょう。この足場だっていつまで持つかのか。あの小娘に支配させるってことはこういう事なんだよ、わかる?)
あいつのささやきが。ここが溶解して無くなりどんな世界が形創られるのか。怖くないはずはないが。
(石田さんの勤務する学校の教室に両親が生徒の席に座っているような、そんな夢のようにごちゃごちゃしている世界が魅力的にみえる? やっぱり筋の通った世界が生きやすいよね?)
玉川の裏に賢ちゃんをみた。賢ちゃんは、あっちの方が合っていそうだ。
原はどっちがいいんだろうな。そういえば葉山、藤原はどうしているんだろう。元気にやっているか。
新人類である家永はこっちで慕われているし、悪とみなした奴に裁きを下す暗殺者として活躍しているので敵地でもやっていける強さがある。
これから今野さんが設計する世界はどうなっていくのかは知らんが、同じようにある人にとっては生きづらくなるんだろう。
完璧などない、全てを補ってくれるものなどはない。必ず長所があるなら短所も備わっているもの。人間がそうであるように。学校でそう教わっただろう。
自分はどんな道を進むのか、その選択肢が増えている現代だ。
ならこの世界そのものが生き難いと感じたなら、もう一つの選択肢があってもいいじゃないか。
ある価値観に縛られている世界に全ての生命を閉じ込める必要はどこにもないんだ。
せっかく二つの心臓、コアがあるならどっちも生かしておいて選ばせるべきだ。
なら、俺はその架け橋になろう——
両手を横に広げて、二つの世界を繋ぐ橋に……。
閃光。俺の中の何かが覚醒したようだ。この瞬間を待ち望んでいたように。これが俺の存在意義と言わんばかりに……。
教員になってからというもの、あまたの子供を見てくるとたまに出会うことがある。
年齢不相応に物分かりが、自分達が生きているこの社会はどのようなシステムなのか解像度が優れすぎている子と。
そんな比ではない、これは末恐ろしいと土下座したくなるくらい崇めたくなった人がいる。
初めてのアルバイト、労働で見通したらしい。
このまま高校、大学と学生を卒業して就職したら企業の言いなりになり、人生の大半を給料と引き換えに、それにとても見合わない辛酸を舐めることになると。
私はあの社員のようにはなりたくない、ならどうすればいい? と思案して導き出した答えが就職せずに起業する、だった。
おかげで働く場所も、時間も選ばず、パソコン一台でもお金を稼げるようになりましたとビジネス系詐欺の広告コピーによく利用される生活を嘘偽りなく送っている人がいる。
もちろんそれはあの玉川だ。彼女は知恵だけではなく行動まで伴っていた稀有な例。しかも美貌まで兼ね備えてモデルまでしているんだからいい加減にしてほしい。人間の夢を総獲りしないでくれ。
もう一方、柏木はこの宇宙も動物、人間のように生まれたのではないか、俺も宇宙の一部、細胞のようなものだと悟った。
ならいるはずだ、エネルギーの源が、生命体が、命が。それで暴き出した。
さらにそこから得た能力で何をしたか?
賢ちゃんのようにこの競争社会で生きていくことが性に合わない市民を仮設住宅のようなあちら側に避難させた。
どちらも知恵を絞った末の優秀な解答なわけだ。
なら俺はこう閃いたんだ。柏木の案をより洗練させた。
みなが玉川のように大成するわけがないし、家永のような勇者ではない。
万人に合う人生を成功させるための方法などはありはしない。それぞれ性格、環境、事情も異なるんだからどうしてもはまらない人は出てくる。
なら別のやり方を模索しようとなるように、別の生きやすい世界を探そうとなれば棲み分けが出来る。
そのコアがちょうど二つある、この構想をいまこそ着手するべきじゃないのか!
今野さん、あなたの着想はいい線をいってた。
一人より二人の方がいいって。
もう一人追加して完成だ。伸ばしていた腕、掌を合わせるように接近させる。
俺達三人が揃って、完成するんだ!
これが俺の解答。どっちかしか生き残れないなんて決まりはない。なぜ視野を狭くしてあれこれ喧嘩していた。人類は共生という言葉がお好きだろう。
これを誕生させるために俺が、どちらのDNAも持っている中途半端な、なり損ないがいるようだな——
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