5

 暗い部屋。が天井のこの光は月光か。眩しいくらいに煌々と。きっと見事な満月なのだろう。

 ここは……今度はどこへやって来た。

 人の両足が。視線を上にする。

 この人は……福西?

 ってことはまさかここはあの病院……。

 そうか。屋上から落ちても俺は一命はとりとめたのか。

 そりゃあ残念だな。

「あの子、SNSでみたことあるって思ったけどモデルとかやっているインフルエンサーだよね。まさか石田さんと親しい仲だなんて。いや、親しいって言うかきっと付き合っているんでしょ。私じゃあ敵わないよね……」

 ブツブツ小言を……や、やめてくれ、そんな妬むな。天真爛漫な福西のイメージが墨色に汚れてしまう。

 まて、なにをしようとしている、福西……お前そんな大胆な事する女だったのか。男だからって許されるとでも……こっちは不自由な身なんだぞ。

 こ、これは夢であってくれ……。


「おはよう」

 今野さんが頰づえをしながらしゃがんでいた。

 夢か。

「夢でいいんですよね」

「そうだね。これからは。かつての定義ではあっちが現実だったけど。まだ侵食されているさなかだから、しっちゃかめっちゃか混沌としているけど、そう思っていただければ」

 もう全て捨てて賢ちゃんみたいに休みたい。

「うーん、ダメでした。私もまさか能力によって具現化された物を体内に入れるなんて思ってもみなかったけど、その果敢な行動も結実せず石田っちはなり損ないのままです」

「そうですか。あの、もうこの件についてはよろしいので休ませてもらえますかね?」

「なに、年寄りみたいになっているの。あのおじいちゃんに言い方がそっくり。なれる方法は絶対にあるはずだから。そんな老けこまないで」

 お爺ちゃんの危機信号は当たっていた。彼女には関わるべきではないと。

 俺はあっちでもそこそこ順調に生きていけてた。彼女にとり憑かれてその人生を手放してしまったのは愚かだったのか。

「なんでヒロインの私が登場してからそんな不幸せそうに嘆くの?」

「身の丈に合わなかったからです」

「そんなことないって。石田っちは私にぴったりのお方だよ。だって私とこうして会話できているんだから」

「その、自分を選んでくれたのは卓人さんの親族だからですか?」

「……なんだろうね。でも、卓人さんも石田っちも、もしかしたらあのおじいちゃんも、であるのは今なら分かる。それこそ、元から新人類の人よりも希少かも。そうだから写真を撮られるのも承諾しちゃったのかも。あっ卓人さんの方ね。まだ生まれたての雛だったからなされるがままにというよりは、この人には忠誠を誓うべしって想いの方が強かった」

 卓人さんって何者なんだろう。その血が俺にも多少は流れているわけだが。

 このが普通の人間だったならと思わなくもないが彼女は元来、俺がつくり出した幻影のようなものだ。

 それが、こうして意思を持ってAIでもVRでもなく、自立して俺と会話できているのは、それだけでも奇蹟きせきだ。

 どんな理由でも彼女が俺を選んでくれたと言うなら——

「私、怖いの」

 無垢な表情が一瞬にして収縮して影が濃くなる。

「怖いというのは?」

のが。明日は我身。私だって反乱が起きてこの子のように殺されてしまうような世界を知らずに造ってしまうかもしれない。そうならないためには……何よりそんなひどい世界にしないためには出来ることはしたいの」

 そんな生存戦略的な事情もあるのか。利用されている気もしなくはないが……。

 俺の人生とは……彼女がいつも心にあった。住みついていた。

 その彼女のためになるなら、ここが終着地点か。

 ここで首を横に振ったら、ここまでの人生の中身が空っぽになるに等しい。そうなったら、またそこから再出発できるだろうか?

「ありがとう。私のためにここまで生きてくれて。そのせいでたくさんの美女をフラっしちゃったね」

 そうだ。君のため、君のためなら……これで人生の旅が終わるならそれが本望。

「じゃあちょっと疲れているのは確かだし、ここらで休もうか」

 融解。


 蝉の鳴き声。

 ここは、ふるさと村自然公園か。

 そういえば俺はここへ行こうとしてたんだったな。それはもう遠い日のようだ。

 これは郷愁か。なにもかも懐かしい。

 入道雲、夏の空には切れ目があり、以降は紺色になっている。それはこの空間はどこまでも続いていないことを示唆していた。

 長谷川さんは何をしているだろう。この色になにを思う。

 麦わら帽子を被って洗い物を干していた。そこに居てほしい人が居るだけでぶわっと溢れ出てくるものが。

「長谷川さん」

「あっ石田さん。何かご用ですか?」

 ……どうやらこの世界の激変に長谷川さんは気がついていない?

「実は……」

 ここにきて特に用はありませんはないと思い、俺は今ではどうでもよくなった当初の用事を流れ作業のようにこなした。

「そんな事件があったなんて。能力が人体に与える影響……どうなんでしょうね。そんな煙を出す能力は初耳のような……分からないですね、すみません」

 まぁ、期待通りの答え。これでいい。

 俺はこれから新世界になって初の難問に挑まないといけない。あまり長谷川さんの相手をしていてもな。

「英二に聞いてみましょうか?」

 柏木。そうかあいつなら。どうすれば会えるだろう。

「長谷川さんは柏木さんとは会おうと思えば会えるのですか?」

「はい基本は。そう念じればにゅるっと出てきてくれます。けど、今日は反応ないんですよね」

 あの様子だと柏木もこの状況に放心しているのかもな。

「柏木さんからはなり損ない、なり損ないって会う度に何度も呼ばれていますけど、いつかは俺もようやくなれたぞって見返してやりたいんですよね。そんな方法があるならですけど」

「あら、石田さんもそうだったんですね。それはかわいそうですね。英二もその、のに他人は見下すなんて」

「いまなんとおっしゃいました」

「えっ、だから英二もなり損ないみたいなものだった……あっこれ秘密にしておかないといけないことだっけ」

 なんだと。あいつ、元々新人類じゃなかったのか!

 なのにあんなとんでもない能力を身に付けているのか。どうやって。

「その、なれた経緯を教えていただけますか。これは世界が救われるかが、かかっている事案なんです」

 逃がさない、と手首を掴んでいた。

 おびえる長谷川さん。

「痛いです。そ、そんな強く掴まないでください。大丈夫です、そんな命を捨ててでも守らないといけない秘密ではありませんから」

「すみません」

「英二は多分、石田さんよりも感度と言えばいいのか、それが鈍い人だったと思います。限りなくごく普通の一般人に近かった。でも……」

 息苦しそうな長谷川さん。すまないが耐えてくれ。

 そして、ここで乱入してくるなよ柏木さんよ。

 俺もお前のようになってみせる。

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