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ここはどこだ。
「あっ石田先生、気がつきましたか」
ぼやけているがこの髪型は……家永か。ってことはここは学校?
「なぜ僕はここにいるのでしょう?」
「いやだ。石田先生、記憶がないんですか? 職人室に入るやいなや頭をおさえて急にフラついて……保健室のベッドに連れて行ったらそのまま眠ったんです。でも直ぐに意識が戻ったようで良かったです。体調の方は大丈夫なんですか?」
これは夢か。夢ならさっさっと……うーんどっちもどっちだ
がらんと扉が開いた。
「家永先生、石田先生の方はどうですか?」
「はい。今のところは特に問題なさそうですけど」
「そうですか。ならもう一人にさせても良いんじゃないですか? あとはもう直ぐ来る保健室の先生に任せましょう」
「はい。では保健室の先生が来るまではここにいます」
「……家永先生、まさかとは思いますけどここで二人と……」
「黙りなさい」
「へっ、えっ、うぁなんだこれ!」
門田先生が足をばたつかせながら宙に浮いた。体育を担当しているだけあって体格はレスラー並みにがっちりしている。そんな人を軽々持ち上げられる原理はなんだ。
「この際はっきり申しますけど私、門田先生には全く気などありませんのでもう付きまとわないでくれませんかね? あとそれだけだったらこんな真似はしませんでしたけど、ソフトボール部の子から指導をする際に必要以上に体にふれてくるって苦情が来ています。まだ教員にこんな虫けらが小さい穴を狙って忍び寄って来るなんて気が抜けないったら」
「それだけじゃないんです」
室外から、廊下の方から女子生徒と思われる声。姿は見えない。壁にでも隠れているのか。
「門田先生、今度はどうやら担当している部活の部室全てにカメラを仕込んで……」
「死ね」
首吊りの刑……ではなかった。高く吊り上げて、床に落ちる寸前に首をはねた。
赤い部屋となる保健室。家永にはその血飛沫はかかっていないことからかなりの手だれだろう。
「始末したから。これでもう安心よ」
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。いつか必ず働いてお返しします」
中学生の歳でこのご恩は一生忘れませんって、ここは戦国時代か。
そして、家永の左手……いや肩甲骨に長いアーム、鎌? みたいなものが生えている……。
「学校に限らずなんで被害者が我慢したり、解決のためだとかで譲歩しないといけないんでしょうね。おまけにこっちは死ぬまでトラウマと折り合いをつけていかなければいけないのに、あっちはぬるい罰のみです。裁かれるのは悪人のみ、私はそれを人生の理念にして生きています」
「だからって殺さなくても」
「そうですね。同じ苦痛を与えて、同じ傷跡をつけて発狂してもらい自らの手で命を絶ってもらうのも有りです。今はついやっちゃいました」
死の裁きを下すのは規定路線か。
「石田先生にはグロテスクな私を晒すまいとここまで誓っていましたが、もう型を崩すことなく変身できるようになったんですよ。ほら」
さらに左右に四本ずつ鎌が生えてきた。その鎌を支えにして移動もできるみたいだな。家永は美貌はそのままにツヤのある黒いレーザースーツに身を包んだ。
華麗なる変身だ。
「こうなると興奮して好戦的になってしまうんですよね。せっかくですし、ちょっと悪戯してもいいですか?」
計八本の鎌がベッドに跨り俺を包囲する。
「ここは学校ですし生徒たちには見えないように配慮しますね」
白い糸が噴水のように射出された。ドーム状の屋根が形作られていく。そんな気遣いをするなら最初から控えてほしいが。
これは、蜘蛛女ってところか。まさかあの糸はお前だったのか。
胸のファスナーを開放して谷間を見せつけた。
このままでは自分の行いは棚に上げられて家永に
俺は、この糸のバリアをわし掴みして口の中に押し込む。
「えっちょっと、石田先生……何をしていらっしゃるのですか?」
家永は狐につままれたような隙だらけらの
俺はなりふり構わず糸を頬張った。
「僕ですね、蜘蛛の糸愛好家なんですよ。こんな美しい蜘蛛の糸を見ると僕もつい興奮しちゃって」
しっかり発音できてたかは微妙だったが俺が変質者であることは存分に誇示できているはず。
「えーっと……」
よし明かにひいている。あの家永が俺に対してドン引きしているぞ。そうだ。俺はお前が思っているような男ではない!
「ごちそうさまでした。貴重な糸をどうも。ボタン全開のワイシャツは早く直した方がいいですよ」
俺はベッドからおり、お辞儀をして保健室を後にした。家永はベッドの上でへたれて微動だにしなかった。
「おうぇー」
水道の前まで行くと俺は大量に押し込んでしまった糸を吐こうとしたが、粘り気があるため重力で落ちることはない。指を口に入れて取り除く。
しかも、どのくらいの量を摂取すれば良いのかその基準も不明なためある程度の量も残す必要がある……。
「うん、あ、甘いぞ」
息を止めるようにこらえていたが、いざ意を決して味わってみると砂糖菓子のように甘かった。綿飴と言っても疑われないかもしれない。
「この匂い……家永そのものだ。あの男を誘惑するような甘美な匂いがここにまで」
そうと分かると俺の体内に家永のDNAが流し込まれていると認めないといけなくなった。
学校ではある生徒をバイ菌扱いするいじめがたまに起こるが、それに類似した悪寒が。
唾、血、なにより精液よりはきっとマシだろうが、それに近いものが俺の中に……。
うがいをすると砂糖水になってそれもなかなか美味なのがむかつく。この心どう収拾をつければいい。
俺はそのままあてもなく上階へ行き、屋上に来てしまっていた。
どんよりとした曇り空で風が強い。
屋上へ出る扉は常時、鍵がかかっているはずなのに開くとはこれまた夢らしい。
指をしきりに動かす。
どうなんだ? 俺は、なり損ないから卒業できたのか。診断してくれる人はいないのか。
あれは、賢ちゃん! 熊が冬眠しているみたいに幸せそうに眠っている。
『俺、思うんだけど大昔の、狩りで生きているような弱肉強食の世界だったらとっくに俺は死んでいると思うんだ。いや、俺みたいな怠け者は生まれてくることすら許されなかったかもしれない。両親も似たようなものだし。そんな弱者でも生き延びられるようになったわけだけど、結局は文明的に見えて強者が得をするって構図は何も変わっていない。そこに配慮して、つらくなったら弱者は気軽に立ち止まれる、逃げられる空間があるだけでもずっと生きやすくなると思うんだよね。だからあのおじさんが悪者には思えなかった。俺は別に死にたいわけじゃないんだ。強者みたいに仕事はできないから自分のペースに合わせてほしいしけどそれは許されない。強者から求められる働き方をしたら身体がいずれ壊れるから、ならもう最初から生きたくありませんってなっているだけ。洋ちゃんもそう思わない?』
「あぁそうだな賢ちゃん! 言う通りだよ。俺も、少し休む必要があるかもしれない。俺も混ぜてくれよ……あっ」
あれは幻だったのだろうか?
それに誘われて俺は屋上から転落してしまう。
人生って終わる時はあっけなく終わる、人生ってそんなもんだよな。
こんな結末でもいまの俺なら何の未練もなくあの世に行けると思う。
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