3
夢? とは都合のよいものだ。
一人になりたくなったらここまでの流れなどお構いなしで一人になれる。柏木もここはフェードアウトするべきだと空気を読んでくれたのかものの数秒で消えてくれた。
歩道のど真ん中で俺は膝を抱えて座り込む。寒さ、冷たさを感じているのかよく分からない。
このまま眠りについたら、どうなるんだろう。
「どうしたの、そんなに落ち込んで」
あっ僕の、女神様。
いや、女神様ってなんだ。気持ち悪い。
「はっい!」
「うぁわ。なに、これ」
真っ黒焦げな人体の形をした何かを落下させた。サイズは幼い子供くらいで、質感から人形にも見えなくはない。そうであってほしい
「これがとある世界の心臓部。この子のような命が産声を上げてこの宇宙が、惑星が、地球が生まれた」
……赤ちゃんのまばゆい純白な泣き声、広がっていく茜色の波状、その底には赤ちゃんが。
宇宙の始まりも、生命誕生となんら変わりのない過程だったんだ。
「し、死んでいるの?」
「みたい。探し回ったらもうこうなっていた。これからは私が代わりを務めます」
「君は……」
「由衣。今野由衣だよ」
だから普通の、よく聞く日本人の名前じゃないか。
そんな子が神、こんな可愛い
「あっ若いし、女だからってバカにしているでしょ。そういう考えは炎上の対象だってこの時代じゃあもう気をつけないといけないんじゃないの?」
「そうだね。謝るよ」
「それに別に自らの意志で造ったわけじゃない。そろそろ起きたくなっただけなんだよ。ほら石田っちだってどんなに疲れ果てて眠りに落ちても、明日のお昼頃には一旦は起きたくなってご飯食べたりしたくなるでしょ。それと同じ」
石田っち……なんだその呼び名は。初めて呼ばれた。
「……起きては眠り、また起きては疲れ果てて眠る、その繰り返しの行動をこの宇宙もしているってこと?」
「そうそう。だから神とか創造主とかそんな偉いもんなんかじゃない。私もあなたも同じ原理で生きている」
「その宇宙であり、地球が死んだのはなぜ? やっぱり……」
軍人のようにピンと背筋を伸ばす今野……さん。
「私はこんな息苦しく生きづらい、欲深き悪人がのさばる正直者が馬鹿をみる世界はごめんだ! こんな世界は滅んじまえ! という人達の代表。この世界ではとても適応して生きていくのが厳しい人生を送っている人類達が、奇跡的に眠っていた能力を引き出した上に結集できて、この度革命を起こす事に成功したのです!」
まるで人類史上の中で起こり得る最大規模の革命だ。
「でも、先駆者達はここまでするつもりは流石になかったみたい。ベースは受け継ぎつつ、もっと貧富の格差とかを解消して労働に縛られすぎないゆとりある世界を夢みたんだけど……この物資が、娯楽が豊かな生活モデルを維持するにはやっぱり新人類だけじゃあとても不可能だった。というか皆んなやる気がない! 元が働かないで生きていきたいって願っているような人ばかりだったからね。そんな国のトップになって思い描くユートピアまで国民を連れていく、そんな野心に満ちた人材が圧倒的に不足していた……おまけに時空に盛大な穴まであけちゃって。それで、もうこのまま砂時計の砂が落ち切るまで自由気ままに過ごしましょうってなってしまった。そこに……」
「完全体の君が」
「そう。新人類がその力を認識して使い始めるようになってから、それまでスヤスヤ眠っていた私は何度もゆすられて、いよいよ瞼を開く。そこにはこの子の世界が広がっていた。そこに足を踏み入れてみて、あの人に出会ったの」
「卓人さん?」
「ふふ。えっ私のことが見えるの? それは驚くべき事だと本能が教えてくれた。そして、そんな人は希少だから大切にするべきだとも。石田っちもそう。改めまして、久しぶりね。あの夢以来って言えばいいのかな?」
上半身を傾けてポーズを決める今野さん。
「うっう……」
長年、病気のようにこだわり続けた僕の夢はここで
「こういう時だけ初対面の姿になるなんてずるいぞ」
いいや……僕の心はあの頃から変わらないままだ。これが僕の本当の姿。まるで成長なんてしていなかったんだ。
「じゃあここからはすくすくと育っていかないとね」
彼女を見る。
「なぜこの子は天寿を全うできずに、憎まれて殺されなければいけなかったのか? この子の隣にもう一人いれば違ったと思うの」
「もう一人?」
「ご覧の通りこの子、背丈からしてまだ子供。未熟だったからある人にとっては強烈に不満のある世界だったと思う。だからこの有様。子供には保護者からの教育がいる。私のパパになってよ! 石田っち」
……ママはどこにいるんだ。
「そういう細かいことは気にしない。この手法って初の試みだと思うの。だって途中で政権が交代したなんてこれまであると思う? 多くはどちらかが支配権を握ったままその生涯を終えるのが通例なはず。歴史に刻まれるよ私たち」
歴史とはなに史なのか。その実績に敬意を表してくれる人はどこにいる。
「そのためにはある障害があるの。石田っちって……あのカッシーの言葉を借りるならなり損ないだよね」
あぁ、そういえばそんな課題を言い渡されていたな。
「石田っちみたいになり損ないに限らず、あっち側の人間を、こっち側の人間にする方法って……やっぱり現時点では解明されていないの。これから研究される事柄かもしれないけど」
そんな発想も新人類という概念ができたからこそだな。
「けど試してみて一番成功しそうなのはある……石田っちが新人類の成分を体内に取り込むこと。これ、やってみてくれないかな。異人種同士でも性交をして子供を産んだら、その子供には能力が備わっていたってカッシーから聞いたでしょう。試す価値はあると思う。私はその始祖だからこのままだと石田っちは仲間ではなく単なる異物で……ちょっとでも触れるだけで昇天してしまうから交わり合えない」
「その、成分って……」
感動の再会から急転、俺は逃亡する必要性が高まっている気がしてならなかった。
「なんだろうね。定番なのは血液……あっまたは精液もなかなか濃そうだよね!」
逃げることもできずドラえもんがネズミと遭遇してしまった時のように白目になり失神した。
彼女に惚れてしまったのはとんでもない過ちだったか。さっさと大人になっとけばと悔いた。
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