15
「少なくともこの地球は着実に死へ向かっています。もう治療の手立てはない、寝たきりの末期患者のようなものです」
「へっ、ふぇえっ?」
やってしまったと真っ赤になるくらいアホ丸出しの擬音が出てしまった。
しかし、このち、地球が、死のうとしているだと……いくらなんでも規模が飛躍し過ぎてはいないか。
何をやらかせばそうなるんだよ……。
「……なにを、仰っているのでしょうかね? なにかの比喩ですか」
「そうなりますよね。でもこの状況をどうすれば解りやすく解説できるのか何度も熟慮を重ねてきたのですが未だその
人に何かを解説したりする時、集中力を持続させるために一つ有効なやり方なのは間違ってはいない。だが今回ばかりは段階を追って心の準備をさせてほしかったかな……。
「とりあえず分かってはいないですが、分かりました。その根拠を丁寧に教えてはくれないでしょうか」
「そうしたいのも山々なんですけど、私は当事者ではないので。全ては伝言で結構,
大雑把なんですよね」
えへっ、みたいな顔で誤魔化すな。なんなんだよ、この温度差は。
「長谷川さんは当事者ではない。ではその当事者とやらはどこにいるのですか? まさか存命ではないとでも……」
「正解です! もうこの世にはいません! 今はもう夢の跡って感じです」
はいはい、そうでございやすか。
と、ここで頭が沸騰して文句を垂れ流しても時間の無駄だ。彼女に出来ることをやらせるべきだ。
「なら、あなたはどういった立場なのでしょうか?」
「私は……幽霊みたいなものですかね。本当はもう死んでいるはずのに、生きている……これ、信じてもらえますか?」
「……信じましょう。その所以を話してくれますか?」
「えっ、そんな無理しないでくださいよ。どうせ信じていないでしょう」
そっちが思っていた返事ではなかったみたいだな。変な対抗意識が働いてしまっているが相手のペースに合わせるのは得策ではない。
方向性を見失うなと言い聞かせる。
「半信半疑ではありますが、もう常識では考えられない現象が次から次へと降り掛かっている身からすれば噛み砕いて、飲み込んで力ずくでも消化していくしかありません。長谷川さんが話せることを話してください」
「石田さんの、その覚悟なんだかカッコいいですね。……はい、では話させていただきますが、ただ私が幽霊である詳細はちょっと控えさせていただいていいですか? デリケートな過去なので……こうしている間にも心の傷がうずいて……」
とろりとしたマイペースから一変、本気で苦しそうに胸をおさえた。
彼女が天然で、自由気ままに発言しているせいでその度に焦点がブレにブレまくっている。どう軌道修正していけばいいのか……あぁ悩ましい。
「りょ、了解です。長谷川さんが話したくないことは話さなくていいので本日、僕に話しておきたかったことを話してください。あっ、結論はもう言いましたね。ではその続きを」
「続き……この地球は死に向かっています。
はい、それはなぜですか……えーそれは時空かな……そこに大きな穴が空いてしまったからです。しかも、その穴と穴は過去と未来で繋がっていた。その穴であり傷口はもう塞ぐことはできないからです」
一粒の涙がツーと零れ落ちていた。彼女の頬を湿らす。泣く前兆なんてなかったはずなのにいきなり涙を流すなんて。
で、時空に穴? 過去と未来が繋がった? ははっ。だからどうリアクションすればいいんだよ。
「誰がそんな離れ業を? 過去と未来が繋がったって、いわゆるタイムトラベル、時間旅行をしたってことですか? まさか……柏木さんの居る空間からだと時を遡ることもできると」
「いえ。理論上は可能かもしれないとは言っていたような気もしますが、それは昔であるほど徒歩では時間がかかり過ぎるそうでやる気にはなれないと。
いたんですよ! まさにそんな凄技を使う能力者が……! けど、どうやらそれは誤った使用方法だったみたいで、こんな事に……本当に、本当に大変な事をしてしまいました……私のせいで」
嗚咽する長谷川さん。
私は幽霊……本当はもう死んでいる……。
「長谷川さん、あなたは過去を生きていた人?」
即答。口元を押さえながら強く二度、頷いた。髪が乱れる。
彼女は過去から未来へ、ここへやって来た。
なぜそんな必要が?
その場、その過去から離れさせたい。すなわち、そこから助け出したい以外に何がある。
「その、いきなりですけどお身体は大丈夫なのですか? 過去からいきなり未来にやってきて、その越えた年数分だけ歳を取るとかはないみたいですけど……」
「はい。異国の地に移住すれば慣れるまで苦労するように、精神的にはなんだかだるくて不調な時期もありましたけど、おかげさまで適応できました」
これは歴史に刻まれるデータではあるが、科学誌に載り世界を驚かせることはない。
「誰があなたをそこまでして救いたいと願ったのですか?」
『俺だよ』
柏木か。
うん? 今回はあの空間へは行かされないな。そのせいで声しか聴こえない。
『まっ、時間も気にしなきゃいけないわけだし今日はもういいだろう』
なるほど。お気遣い頂きありがとうよ。
「柏木さんがあなたをそこまでして助けた。が、その柏木さんは普段はこっちにはいない。これはなぜですか?」
「英二は……自らそうしているみたいです。あっちの方が居心地が良くなってしまったみたいで」
「せっかくあなたを助けたのに?」
「私があっちに連れて行かれて会うのですが、なんか夢の中で会えている感覚に近いって言って。言われてみればこっちもそうなんですよね。それで、そっちの方がリアリティがあるとかでこんな形に落ち着きました。いざ助けても、一度は死を受け入れてしまった人間が生き返るってやっぱり良い事ばかりでもなく、それと引き換えに副作用が大きいのでしょうかね。禁忌みたいな部分を犯してしまったようなものですし」
死者が蘇る。
人類が生まれてからきっとあまたの人間が天に、神に祈ってきたであろう。それが叶ったら実際どうなっちまうんだろうな。
沈痛な無音。圧で潰されそうになる。
「お話しいただきありがとうございます。今日は、これで失礼します。つらい過去を掘り起こしてしまったみたいですし」
「すみません。でも、話せる人が一人でも来てよかったです。せっかく練習もしたわけですし。全然その成果は出ませんでしたが」
また通常の自分に戻ろうとやつれたようだが笑顔を見せる。
話したのは俺だけか……。
すっきりはしない閉幕ではあるが、俺は黙って外に出た。
風……涼しいな。さっきまでの暑さはどこへ行った。夏本番の前に秋の到来。気候が変だ、これも地球の命が尽きようとしているからか?
あっしまった。彼女のことを聞き忘れた。今からまた戻るか? いや、いいか。とてもそんな気にはなれない。
過去を改変した事によって未来がそれに沿って、時にあまりにもご都合主義的に変わるような物語はこれまでたくさん送り出されてきた。
それでめでたし、めでたし。主人公にとっては望む方向で収束する。
現実はそれによって修復不可能なまでの重傷を負わせて時空そのものが破綻してしまうらしい。それも直ぐにではなく徐々に崩壊していく。
『星が一生を終えると大爆発してブラックホールができるらしいじゃないか。もしかしたらこの地球もそんな末路を辿るのかもな』
そうか。流石に宇宙全体が滅びるわけではないのか。そこまで広範囲の影響力はない。
『あくまで仮説だけどな。それに、どうやらこの宇宙全体にブラックホールは途方もない数あるそうじゃないか。その中にはこの地球のように反乱を起こして惑星を消滅させた新人類たちのような生命体がいたとみることもできるかもしれん』
「ブラックホールは新人類が暴れた跡か。あと、どのくらいで地球の寿命は尽きるのかは分かっているのか?」
『そんなの分かる訳がないだろう。この手の専門家なんぞはどこにもいない』
「だろうね」
『ただ……』
『あと十年も持たないんじゃないかなー』
割り込んできた人がいた。
俺の五感がざわめく。そんな……ここで。急すぎる。
『お前か。こいつだよ。この地球はもう終わるって嬉しそうに教えて来てくれたのは』
柏木は初対面ではない口調どころか見下すように「お前、こいつ」と呼ぶ。
この子がその知らせを……。
立体映像が下から浮かび上がるようにまた、姿を現してくれた。歩み寄って来る……。
む、胸が膨張して張り裂けるように苦しい。と思ったら縮んだりして……彼女から目をそらすことができない、あたりが、ひずんでいる……。
「初めまして。私、
柏木同様にありふれた名前だ。
「でも、良い名前だと思いません?」
……人の心が読めるのか。もうそんな力は可愛いものか。可愛いと言えば……彼女も……。
「可愛いだなんて。ありがとうございます。はい。こんな力は息をするのと同じくらい無意識にできるものです」
「ところで、地球の寿命はあと、約十年だと」
過度に取り乱さず話を根幹に移す。
ここで初めて口を開いた。喋っているだけなのに筋トレをしているようにきつい。息が。
「そうなんですよ。お兄さん。外側から見れば分かるんですよ。初期から比べて一層、青ざめた肌のように生気を失っておりそう長くはないだろうって。どうしますか?」
「ど、どうしますかって言われてもね。それまで悔いのないように生きるしか……」
「助かる方法がありますって言われたら?」
「えっ。どうやって」
「私と一緒に逃げればいいんです。私なら助けてあげられます」
「逃げるってどこへ? まさか宇宙へと飛び立つ……」
「なんでそんな科学的なんですか! 私を誰だと思っているのですか」
君は……。
「なんで止めるですか? しかも、すごい。完全に思考を止めた。根性ありますね。それ心を読むより何倍も難しいことですよ」
「そうなんだ。ところで、人が住める場所が他にあると?」
「どちらかと言えば私達のホームはこっちですよ。なのにこんな現実界で暮らしていたらそりゃあ生きづらいに決まっています」
どくんと心臓が大きく跳ねたようだ。俺は……違う。違うんだよ。項垂れたいところをじっと耐えた。唇をつぐむ
「えっ、そうなの。嘘でしょ。だって……あっ! あなた……まさか卓人さんの、親族ですか? 構成要素が似ている」
卓人さん……ここで父さんのお兄さんの名が。
「やっぱり。弟さんの息子さんなんですね」
「君と卓人さんは……卓人さんが生前、会ったことがあるのは知っています。君が写っている写真が残っていました。あれは一体どういった経緯で」
「卓人さんは……私が鳥籠から
口を覆い今にも涙を流しそうになる。今日は突然、涙を流す女性によく会う。
鳥籠から……あの夢がフラッシュバックする。あそこから抜け出して卓人さんに会ったとは?
「あっ。あの子、お兄さんの幼少期だったのですか?」
「なぜ僕の夢を……あれは夢じゃない?」
「私達にとっての夢が現実なんです。たまに妙に現実感がある夢で、会ったこともない人が出てきたりしません? あれはこちら側の住人とばったり会った事を意味します」
「夢があなた達にとっては現実か。意外と身近な存在だったのか」
「私と遭遇できたということは、それすなわち私にとって適した人物だから入り込むことができたのです……」
そういえばあの重苦しさが消えている。もういつものように会話できているぞ。
『ならそろそろ一旦、休憩しよう』
柏木が間に入り俺の左肩を押した。
肩の荷がおりたように軽くなりふらつく。
二人は……いない。
なんだ。ここは、現実なのか夢なのか迷ってしまう気持ち悪さが……身体が何かを取り戻そうと必死になっているような。
『あのままあいつと話してたらお前にとっての現実が夢へと呑み込まれてしまうところだった。そうなったらお前はもうこちらへは戻ってこれないかもしれない。あいつを科学的に表現するなら裸の特異点だ。こっち側には存在しない、してはいけないもの。これでも石田の影響でちょっと勉強してみたんだ』
それはどうも。教師をしてたら最も喜ばしい一言だ。
危うい所だったのか。この気持ち悪さはこれか。うっ吐き気が。
彼女は裸の特異点……そうなるとこっちの物理法則が壊されるんじゃないか?
ひざまづく。身体は動いていないが、意識はどこか遠くは行っている。心体を一致させなくては。
彼女にとって俺は適した人物……まさか、希望はあるのか?
身動きがとれそうにもないのに、彼女はとんでもない危険な人物なのに、なに舞い上がっているんだ俺は。
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