14
まだ明るさが微かに残留しているとはいえ心細さを抱えながらここまで来た。
扉は固く、そして外見以上にずっしりと重く閉ざされているようだ。
動悸はまだおさまらないがこれはまた別の原因。
鍵穴があった。南京錠ではないのか。扉が施錠されていることを確かめるためドアノブを回す。ガチャと引っかかりの音。閉まっているようだ。
ポケットにある鍵を取り出して鍵を開ける。俺は不審者ではない。堂々と両手で扉を押す。むしろ遅刻しているのだからもたもたしている方がおかしい。ここから俺は歩を速めた。
坂を上り切るとだだっ広い庭と奥に大きな納屋、蔵と平屋の豪邸が建ち並ぶがどれも昔ながらのと言うべきなのか。左には男女別に用意されたトイレと明かりの灯っている……あれは地図によれば事務所ってやつか。案内板には休憩所とも表記されていたのでそれも兼ねているかもしれない。
その人の気配のする簡易的な建物の前へ。ガラス窓には白いカーテンが垂らされており閉店モードになっているか。
「すみませーん」小声で、中腰ぎみで低姿勢になりながら横開きのドアをスライドさせようとした。滑らかに動く。ここの鍵はかかっていなかった。
「えっ、どなたですか!」
ポニーテールの髪の長い女性が振り向く。歳は三十代後半といったところだろうが美人だな。パッと見て和服が似合いそうな顔立ちだと思った。
無邪気な小動物が毛先を立てたみたいにビクついて固まってしまっているのか、数秒の間。
「あの遅れてしまい大変、申し訳ありません。私、石田洋一朗という者ですが……」新人類の面接にやって来ましたってか? そんな滑稽な文句をスラスラと言えるわけがなかった。
「あっ! やっと来てくれたんですね! 時間通りに来ないもんですからもうっばっくれたのかと思いましたよ! じゃあ早速ですけど外にある荷物を納屋の方へ運んでくださいますでしょうか」
早速、荷物を運ぶ? まさか本当に何か手伝わないといけないのか……。
スライド式のドアの横には段ボールが五つ積まれていたが、ここが所定の位置である方が不自然か。
「これには何が入っているのですか?」
「うちに寄付してくれた古い農具や骨董品諸々です。近所の人が終活をしているみたいで、頭がしっかりしている内に整理しておきたいとかで申し出があったので」
処分先として選ばれたのか。いいように利用されている気がしなくもないが……ここは地元の人に親しまれているからにしておこう。
「あっ、けっこう重いですね」
「そうなんですよ。だから今日、石田さんが来てくれるということでとても助かりました」
納屋のドアを開けるが暗くてよくわからん。電気はないのか。
「とりあえず適当でいいので中に入れておいてください。いずれはそこを展示スペースにしていく予定なので」
短い距離とはいえ重い段ボールを五箱、持ちながらの往復はこたえる。瞬く間に汗だくとなり下のTシャツも汗でビショビショだ。
「お疲れ様でした。いま冷えたスポーツドリンクをお持ちしますね」
「ありがとうございます」
紺色のマフラータオルとペットボトルを渡されると一気に半分近く減らすまで飲んだ。ここは冷房も効いているし、回復は早いだろう。
「運んでもらった物って代々引き継がれていた物なんですけど、いよいよ後継者もいなくなってうちに依頼が来たんですよね。最近の人は結婚しないし、しても子供産まないっていう人も多いですからね。あの家みたいに家系が途絶えてしまうって所はきっと全国各地で起きているんでしょうね」
「人口はもうかつてのように一億人とはいかないですからね」
このままちょっとの雑談をしたのち、では帰りましょうかとなりそうだな。俺はここに何をしに来たのか忘れかけていた。
この人は随分おっとりとしているし、まさかそっちは本当に忘れていたりするのか。ここはもう俺から切り出すしか……。
「あの、あなたは長谷川さんで合っていますか?」
「やだ。申し遅れました。はい、
「鍵を貰う時に受け付けの方から教えてもらいました。なぜ私がここへ来たのかもちろんご存知ですよね? そろそろ本題に入りましょうよ」
「あぁ。そのことですか。石田さんはさぞ心してここまでいらっしゃってくれたのでしょうが、こちらからは
「どういうことですか? ここは、その特別な力を持った方々の拠点で、この世界をこっちの思う方向に変えていこうと日々目論んでいて、そのために優秀な人材を各地でかき集めている、もうその野望は諦めているとでも?」
「ふふっ。改めて第三者からそんなことを熱弁されると笑っちゃいますね。何の少年漫画ですかって感じで。……いえ。その野望は半分は達成して、半分は達成していません。その、選ばれた人には特典としてその真実を知ってもらって、それを踏まえた上でこれからの人生を生きてもらおうとこんな思わせぶりな活動をしているのです。石田さんは、見たところ受け止められる器はありそうです。とても、自分の意志を持って生きていらっしゃるのが伝わります」
真実とは一体?
野望は半分達成して、半分達成していないだと? それを知った上で生きてもらう? 何が明かされるんだ。
その、衝撃に俺は耐えられるのか自問していた。
「もちろん敢えて何も聞かずに私達は本日、出会わなかったかのように立ち去るのも一つの手です。世の中、知らないで生きた方が幸せなこともありますからね」
境界線はまだあったか。
どうする? 穏やかな日常はもう手放したはずだったが……まだ傷は浅くて済むと警告されている。
……幾度なく、飽きずに俺は葛藤をして、それでも最終的には決心はついていると腹に落としてきたんだ。何を今更。
「ぜひ聞かせてもらえないでしょうか。その真実とやらを。あと個人的にある少女についてもお伺いしたいことがあります。これで通じてくれたら助かるのですが」
「ある少女……まさか、石田さんはお会いしたことがあると?」
「はい。ついさっき一瞬だけ遭遇しました。それで俺は遅刻してしまった。これが意味することは彼女がそばに来ると重力がとてつもなく増して時間の流れが遅くなる。柏木さんも似たようなものだ。このとんでもない現象を前にしたら、もう普通に暮らすことなんて出来るはずがない」
「すごい。重力が増すって科学的に説明できるのですね。それに英二のことまで……石田さんはだいぶ大きな嵐に吹かれながらもここまで来たのですね。そんな人は初めてです。これまでの人とは明らかに違う、その勘はどうやら当たっていそうです。いいでしょう。石田さんにはどっぷりこちら側に浸かってもらいましょうか」
……お褒めの一言を貰ったがこの人は俺がなり損ないだということには気がついているのだろうか……?
柏木のことを英二、下の名前で言ったのも気になる。
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