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原から得た新人類の特徴。当事者であるバベルのベーシストから伝わった最も信頼していいものだろう。
一。第一印象からして気が弱そう、おとなしい。貧弱な
二。はっきり言って変人。独自の軸、価値観を持っている。それに反するものなら徹底的に拒んて我が道をゆく。学校、職場での集団生活はできそうもなく、社会はそれを面倒な奴とも呼ぶ。
三。涙が出るほど他人に優しい。たとえ嫌われ者であっても差別はしない。自分を後回しにしてでも他者を優先するので看護師など医療従事者にいたら患者としてはとても嬉しい。女性に多いタイプのようだ。
四。稀にいる容姿が抜群に整っており、人間性は欲のない善人そのもの。外見と中身を兼ね備えているため人気者になれるが本人はそれで調子に乗ることなく、それどころか孤独を好む性格。こういう人は人目を避けて生活するようになるため見つけるのは困難。
などなど……。ざっと見た感じきめ細かく分類されているようで曖昧すぎるな。これで頼まれても困る。
原も指針になるようでならないとかで結局は百聞は一見にしかず。実際に会って感覚的に覚えていくものだとそこまで参考にしていなかったらしいしな。
それで一割くらいは新人類さんにヒットするんだから本当に身近な野生動物のように生息しているのかもしれない。
「石田自身がそうなんだから、自分をつぶさに分析してみろよ。俺は石田は四の特徴だと思っているけど。一番希少なやつ」と言われたが俺は違うんだよなー。
しかし稀いる容姿が抜群に整っているって……新人類に美女、美男子はいないのか……。
あの電車の中でもて遊ばれていた男子高校生がもしもそうなら一、に該当するか。藤原なら二だ。
総じてこの人間社会では支配する側にはなかなか回れない人々であるのはどの特徴からも共通はしている。
その欲のない弱き者が今、密かに牙を剥いてこちらのやり方、テリトリーで復讐している。
これは新時代、新しい対立構造の戦争か。しかも反撃をくらっている側に対処のしようはあるのか。
原は今日はこのまま泊まっていくものだと思っていたらしい。それを俺は理由は告げずに帰らなければいけない態度を取っていたものだから「はっはぁん。彼女が家で待っているのか?」と卑しい目つきで言ってきやがった。地味に悔しいのか嫉妬もしてたかも。
違うとは否定したものの原は信じていないだろう。嘘ではないのだが。
あらぬ疑いをかけられてすっきりはしないが俺はこれから新人類の拠点に行くんだ。こんなことでいつまでもやきもきしている場合ではない。
次の日のお昼休み。職員室でボーッとした頭でスマホをチェックすると題名からして、きたかと眠気が吹っ飛ぶメールが受信されていた。
『石田洋一朗様へ重要なご案内のメールです』
通販サイトのダイレクトメールや注文確認、発送完了の連絡しか来ないようなアドレスに名指しされた重要だと題するメール。
俺は開く前に深呼吸する。
本文はあまりにも素っ気なかった。前置きなど必須事項以外の文は省かれている。
『下記の住所に都合の良い日に、ただしなるべく早くいらしてください。受信日より一ヶ月が過ぎるとこのメールは無効になります。
お時間の方ですが、この時期でしたら夕方十八時以降とします。いらっしゃる日が決まりましたら前日までに必ずこのメールにご返信を。万一、返信をしなかったにも関わらずいらした際はこちらも準備が出来ていないため、門前払いさせて頂くこともあるのでご注意ください』か。
その指定された住所……県から町まで随分、見慣れた地名だった。
そう俺が現在、勤務しているこの学校と全てが一致していた。いや、町名に東西南北の南がこの学校の所在地には付いているか。そんなのは微々たる差。ここからものの数十分で行けることに変わりはない。
この住所で検索してみると……出てきたのは『ふるさと村自然公園』のホームページと該当場所に色は赤く丸い形をした目印がマーキングされている地図!
やはり事の震源地であるあそこに何かがあるのは間違いなかったか。後回しにしてても自然の成り行きで当たった。
彼女もそこに居る?
揺れが激しくなった。心が、俺の心がガタガタと揺れている。
俺の目的は……彼女に会うことなのであろうか。椅子に座っている状態から上半身を屈めて身を丸くした。
ふるさと村自然公園は市内でも少なくなった昔懐かしい田園風景をじかに眺めることが売りの公園。
そこに定着している生態系を保護するために区切られた地域ではペットなどの動物の出入り、持ち出しも規制しており景観も重視するため最小限の街灯しかない。
あくまで訪れる側がかつてどこにでもあった自然風景を楽しませてもらうというのが在り方だ。
そのため陽の長い夏期は朝八時から十八半時まで、短い冬期は十七時までと安全のため入場できる時間も定められていた。
メールでは夕方十八時以降に来いとのこと。三十分後には閉園のお時間だ。敢えて
ホームページに掲載されている写真を見る限りいくつもの田んぼや雑木林が生い茂る丘とこれぞ文明社会からは切り離されたような所だ。隠れ家としては絶好か。
危険が襲ってきても大声を上げたくらいでは助けを望めそうにもない。
こういう時のための待機係、後方支援の玉川だな。また心労を負わせることになるが、ここまで来て引き返すことなんて有り得ないことは分かっているはずだ。
さぁここには何が潜んでいる。今はとてもワクワクしている。人生においてこのような冒険が何度かなくてはつまらないだろうと意識が改まってきたのか。環境が人を変えていくのか。
メールの本文を最下部までスクロールしてみるとある警告文が黒い太文字で強調されていた。
『当日、厳格にチェックすることはありませんがこの指定された場所へ行くことは家族、友人であっても第三者には口外しないようにご配慮のほどお願いします』
……玉川には内緒にしなければならなくなったな。
言われてみればごもっともな約束。これは逆に俺の安全が確保されたことにもなっていると気がつく。
行く場所を家族や知り合いに告げなかったからと言って帰ってこないとなればおのずと警察が捜索する流れになる。
俺の生活圏内を隈なく当たっていけばせっかくの隠れ家にも捜査の手が及ぶ羽目になってしまうのは全然あり得る。
幸いにもここは俺の通勤ルートの延長、脇道みたいな所にある。俺がいなくなれば時間はかかってもいずれはここへ目がつけられることになるだろう。
下手に危害を加えるなんて出来るはずなかったんだ。このへんの発想になるのは映画の観過ぎか。
帰らぬ人になることにもならなければ常識の範囲内の時間に帰らせてくれるだろう。玉川は後日談で知ることになってもさほど問題ではない。
なにより、新人類は善人でなかればならない。小さな決め事でも律儀に守るのがここでいう新人類の定義であると俺は解釈している。これまでもそれは守られてきたから大っぴらにはなっていないんだろうな。なら俺もそれを演じてみせようじゃないか。
『ご連絡ありがとうございます。では今週の金曜日十八時から三十分の間にそちらへ伺おうと思います。住所を調べてみたところ大変、敷地が広い自然公園のようですが具体的にはここのどの地点へ行けば良いのかも教えてくださると助かります』
夕方以降でないと駄目なら俺は時間を無駄にしたくないので退勤時にそのまま直行することにした。
我ながら臆病ではあるが予防線として俺の最後の目撃情報を職場からの退勤にしておくことで、無いとは思っている最悪の結果にも備えた。
『ふるさと村自然公園入り口のバス停から直進して約十五分後に総合案内所があり。中に入り受け付けから鍵を貰う。その鍵は農民家展示場へ入れる扉の鍵である。その鍵で扉を開けて中の旧橘家を訪れよ』
ふるさと村自然公園へ訪れる前日。
いきなりどこぞの遊園地にでもあるような謎解きアトラクション指示文のメールが返って来た。
これはどう咀嚼すればいいのだろう。いや、こちらの求めていた内容ではあるが……。
旧橘家へ訪れよ——園内に人が住める家があるってことか。鍵付きの扉で隔ててあるから一般人には入れない区域かもしれない。
旧とは? かつて橘さんの家だったが今はそうではないのか。もしかして昔はここには多くの人が住み着いていて、農業を営んでおりその名残りなのかもしれない。
ホームページで園内の地図を見てみると……西門を通り抜けた直ぐの所に農作業をする際に使われた大昔の農具やらが展示されている場所があり、そんな農民たちの家を再現した建築物もあるらしいな。
そうなるとその建物が旧橘家なのかと思いきや、肝心の旧橘家という表記はなかった。事務所とトイレも記されてあるならあっても良さそうだが。そこはやはりおおやけにはしていない建物なのか、それとも展示物としても機能しているその家がそうなのか……これは着いてからのお楽しみか。
ともかくこれであとは明日を迎えるのみ。その明日という日が終わる瞬間、俺はどうなっているのだろうか。世界がひっくり返っているような予感がして、やはり胸は高鳴る。
今の世界ないしは日本は退屈過ぎるんだ。
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