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「俺? 俺は……平気だった。だけど、観る人によってはことがあるって、あの日の配信を視聴していたリスナーから個別にメッセージもらって教えてもらったんだ。いいか、ここでのポイントはだ。画面に、じゃない。噂によると画面から数匹、飛び出てヒラヒラ舞って普通の蝶のようにそのうちどこかへ去って行くそうだ。ただこの蝶は壁をすり抜けられる。念には念を、VRや3D機能じゃないからな。現にその蝶を捕まえてみた人もいて実体はあったそうだが、土で形作ったみたいに脆く掴むと粉々になっちまうらしいな」

「数匹が画面から飛び出てヒラヒラ舞うか。俺はそんな生やさしいものじゃなかったけどな。津波みたいにドッと押し寄せてきて溺れそうになった」

「えっ、そんなに……ってか石田、お前はやっぱりその類いだったか」

「その類い……蝶が見える人と見えない人ってこと? それって一体どこでその差が生まれるんだ」

「よし、分かった。ここから先は場所を移してからにしよう。あまり公共の場でペラペラ喋ることじゃないし」

「慎重だな。じゃあここから近いし俺の部屋で……」

「いや、俺んにしよう。そっちの方がある資料があったりと都合が良いんだ」

「資料だと……」

 蝶は見えなくても原は内部者のように詳しいようだな。そういうことならと俺は承諾した。

「賢ちゃんが一時、行方をくらましたのはある人物が関わっている。そいつはバベルのボーカル、KAZUMAのようにラスボス級の力が宿っていて……」

 しかし、店から出るやいなや俺は言う事を聞かない子供のように待ちきれず賢ちゃん失踪の真実を洗いざらい言おうとしたが、「あーもう、それも後だって。その手の話は屋外でするのはもう禁止。オッケー?」と制止される。

 俺の部屋であれば目と鼻の先なのにと思ったが、玉川のことを忘れていたなとここで気がつく。異性、しかもモデルでとびきりの美人と同居していることは両親でさえ知らしていない。

 これだけ外で喋るのは億劫になっているってことは、玉川のような原からしてみれば得体の知れない人物が居たらいらぬ警戒心を持てせてしまうかもしれない。一から事の成り行きを説明するくらいならこれでよしとするべきか。

「賢ちゃんが心配だな」

 原の自宅があるアパートは地下鉄に乗り三駅。その移動中、原は思わせぶりなことを。

「なんで?」

「あっ、ごめん。俺から禁止だって決めたのに。そんな、緊急性の高いものでもない、はずだから気にすんな」

 歯切れが悪いことが緊急事態なのではないかと不安を煽るが、原の自宅へ向かうことを優先するしかない。

 駅に着き地上への階段を上ると憩いの場のような広場にバス停、コンビニやスーパーもあり広々とした道路が伸びている。そこにある横断歩道を渡ってすぐの所に原の住むアパートはある。

「そこのコンビニで、なんかつまみとビールくらい買ってくか。家にろくな物ないし」

「飲み物さえあればいいよ」

「いや、絶対に食べ物も欲しくなるから今、買っていこ」

 渋々だが一旦、部屋に行きまた外出するのは効率が悪いだろうから頑なに反対はしなかった。

 現にあのパスタだけで空腹を満たせたかと言われたらNOで、中へ入ると何を食べたいか、購入までに時間を要してしまっていたので「俺より買うの遅かったじゃん」と原からなじられてしまう。

「よし。ちょっと待ってて。着替えてくる」

 アパートに着くと原が買った物が入っているビニール袋をリビングのテーブル中央に置き、自室へ。俺は手を洗ってからリビングの床に腰を下ろす。

 俺はその類いの人……いや、違う。柏木からだと烙印を押された。

 そのしるしは肌を削っても誤魔化せやしない。遺伝子レベルでそう記録されているくらい抹消することができないもの。そう言われているような気がした。

 そのくせ、勘違いさせるようにあっちの世界が拝見できる。お節介な体質なこった。

「よし、食後のデザートやサラダチキンを食いながら会議といきますか」

 半袖の白いTシャツに七分丈の黒いジャージに装いに替えた原が戻ってくる。

「会議らしく大判の封筒があるね。それが例の資料ってやつ?」

「そう。なんで俺がそんな書類を持っているかと言うと、俗にいう俺はを担っているんだよ」

「仲介役……どこと、どこの間の?」

「全国に点在している有望そうな新人さんを見つけたら勧誘するためだよ。面識はないが、俺以外にもいると聞いている。それこそ全国各地に」

「大きな組織があるってことか、新人類の!」

「新人類……石田はそう呼んでいるのか。いいかもな。俺も使おう。で話の続きだけど、そこには誰でも入れるわけじゃない。審査がある。昔はそんなのなかったらしいけど、増えすぎたせいでちょっと資質に欠ける奴なんかも出没してきて、頭を悩ませたのがきっかけ」

「資質に欠けているって、何が欠けているんだ」

「優秀な能力があるとかそれ以前の、人間性に欠陥があるに尽きる。元来、新人類と言うのは無垢な天使のような善人のみ、欲深き人間に奴隷のようにこき扱われてしまい、この過剰な競争社会には肌に合わないお人好しな人って特徴だったはずなんだが、増えすぎるとおかしな奴も混じってくるのは自然の摂理みたいなものだ。アイドルやバンドだって知名度が上がってファンが増えてくるとその代償として、マナーの悪いファンも目につくようになって、それでトラブルが発生して人気が出る前から応援していた人は不快な思いをする羽目になるのと同じだ」

「新人類だけどその、性格が悪い奴はダメってことか。それだと善人ではないような……」

「性格が悪いっていうか……立場としては社会的弱者であるのは間違いないんだ。偉そうに指示だけして自分はろくに仕事はやっていない胡座をかいている上司みたいなタイプではない。なんつーか、いない? 根は多分、優しいんだろうけど、感覚がずれている、接するのに気遣うこだわりが強い奴?」

 上手く言語化ができず原は諦めの色が付いたような笑い。

「……うん、言いたいことはわかる気がする」

 悪い奴ではないんだろうけど、なんか苦手意識が働き避けたくなるような人。強いてあげるなら藤原みたいな奴か。あいつはどっちだったんだろうな。

「困ったことに、そんな奴でも新人類だ。その気になれば力を持っている。そのせいで世の中で怪奇的な事件、事故がちょくちょく起きている」

「そういうことだったのか」

 ウィスパー気味で、心に留めておくべきだった言葉がたまらず漏れてしまった。

「あっ石田さんは心当たりありますか? そんな一件だと当てはまるものが」

「絶対にそうだと断言はできないが、幾つかは」

「だろうねー」

「この現状はどうなんだ? 新人類のボスとしては望み通りなのか?」

「新人類のボスって誰だよ。……ニュアンス的には分かるけど。いいや、思い描いていたビジョンとは程遠いのかな。新人類の王国を建国するつもりだったんだけど……途中でなんか難しいねって思い始めて……」

 うーん。もしや、一つの見立てが的中していたか。

「『まさか、そんな最初から緻密に作戦立てて決行するなんて高等テクニックできるわけないだろう。始まりは何でも勢いだよ、勢い。どんな革命に、戦争だってそうだ。見切り発車なんだよ』うん、言われてみればそうだ」

「なんだその一人芝居は?」

「お兄さんとの会話を再現した。要約すればなんか勢い余って取り返しのつかない事をやっちゃいましたってことかな。それ以降は中断している工事に近い」

 やっぱり。「無責任な話だな」俺は肩を落とした。

「だから、新人類って言っても大人物だいじんぶつでもなんでもなくベースは俺のような人間とそこまで変わらないってことだよ」

「何が難しくて止めたんだ?」

「うーん、詳細なことは分からないけどこれも要約すれば、なんか国を一からつくり直すほどのやる気はなかったとか? だからこそ優秀な人材を募集しているわけでありますよ」

 そこからもうどれだけ時間が経過していると思っているんだ。ほんといい加減な。

「じゃあ、もういわばこの暴走はただの鬱憤晴らしってことか。新人類が気に入らないと思った人はどんどん消されていっているだけ。その発端も三十年前の渋谷でのライブか」

「おっ、よくぞご存知で。誰から聞いた?」

「賢ちゃんのように隙間に隠れていたあるおじさんから」

「はっはーん。さすが事前によく調査してきた末に俺の元へやって来たみたいだな。石田のそれを調べようと思ったきっかけはなんだったんだ?」

「俺のきっかけは……」

 彼女と面会したのはいつぶりか。ここんとこ忙しくて思い浮かべることすら無くなっていたな。

「きっかけは、夢の中に出てきた少女だ。極端にはしょればその夢の少女をついこないだ偶然にも目撃してしまったんだ。そこから彼女を追っかける日々がスタートして、ここにいる」

「夢の中の少女……少女と言えばこないだ配信されたメルマガにも書かれていたような」

「メルマガってなんだよ」

「不定期にメルマガが配信されているの。執筆者は柏木さんって名で……」

「柏木のこと知っているのか?」

「いや会ったことはない。えっ、ってか石田もご存知で?」

「ご存知もなにも親友だ」

「えっ、ガチ? 冗談?」

「半々くらい。新人類の中でもとんでもない能力の持ち主だろう。俺は柏木をボスだと思っているが」

「いやいや、柏木さんはそんなんじゃないはず。能力の高さは随一だけど」

「そうか。あいつは何歳なんだ? あいつは俺らとは異なる時間軸で生きていると思っている」

「そこまでは俺でもぼかされている。所詮はただの仲介役だし。根掘り葉掘り知りたかったら、認められるしかないな。新人類さん達に」

「認められる……条件は?」

「もちろん大前提、新人類であることで……」

 終わった。俺は、違う。

「そうそう。この封筒には、誓約書みたいな書類がある。誰が作ったんだが、会員登録する際とかによく提示されるも堅苦しい文章の羅列で読む気なくすけど」

 そんな書類を見せられても俺には資格がない以上はもう聞く耳を持てなかった。原には悪いが。

「石田なら幼少期からの友達だし、中身も申し分なしと確証が持てる。門を叩いてみるか? 仲介役の俺が合格と出せば二次審査として新人類さんと面接だ」

 そうか。原は俺が新人類だと思い込んでしまっている。このまま事が進めば新人類の秘密基地へと一応は潜入できるのか。

「まるで就活だな。退職したわけでもないのに。原はいつから、きっかけは何でこんな仲介役を?」

「そうだな。リスナーからあの動画についての逸話を教えてもらって、お兄さんにも聞いてみた。そしたらお兄さんの後を継ぐことを条件に全てを話してやるって迫力ある声で言われて……それで了承して。その後、渡米したからお兄さんとしても丁度よかったのかもな。若い人に引き継げたんだから」

「お兄さんの後継者か。どうやって新人類か、そうでないのか見分けているんだ。原自身は新人類じゃないんだし」

「目安となる特徴は教えてもらったけど、ぶっちゃっけマニュアル化できない勘に頼るところも多い。まぁ、毎月給料貰っているわけでもなくノルマもない、ボランティアみたいなもので気楽にやっている。そういう眼で周囲を見渡してみると、それっぽい人はチラホラいる」

「それっぽい人か……会ったことなきゃそんなの推し測れないと思うけどな……。原は会ったことがあるってことでいいのか?」

「うん。だって石田が思っている以上にそこらじゅうにいるから。思い切って話してみると十人に一人くらいの確率で『俺、実はそうなんだよ』って面白がって打ち明けてくれる人もいるんだ。きっと石田の職場にも一人はいるぞ。そんだけあちこちにもう繁殖している。石田は感じないのか? 新人類同士がすれ違いでもすれば互いにシグナルみたいなものが受信されるらしいけど」

「ない、かな。感度が鈍いのかも」

 まずい。仲間が近くにいれば反応し合うのか。これでは疑われてしまうか。

「そっか。個人差があるみたいだしね。まぁいい。ほなら、石田が関心あるなら手続きするけど……指定されたメールアドレスに石田の住所とアドレスを送信することになる。で、日時と場所が指定されたメールが石田のアドレスに送られてくる。個人情報を渡すことになるけどいいか? 住所まで知りたいのはそこから最も近い場所で面会するためだって言ってた」

「構わない。よろしく頼むよ」

 もしも、面談中に俺が新人類ではないと発覚したら……という懸念はしまっておくことにした。そうだとバレて秘密保持や騙した罪で監禁や殺害されたとしても、俺の人生そんなもんかと開き直れるくらいにメーターを全振りしていた。

「石田はやっぱりそうだったか。これも運命なのかもな。俺から誘わなくたって石田の方から自然と来たんだから。こうして有望な人がいたとあっちに通告するのはこれが初めてなんだよ。今まで会ってきた人はどこか頭のネジが一本外れているような人で……。石田みたいに未来を託せそうな人とは巡り会えなかった。後日、明かせる範囲でどんなもんだったか教えてくれい!」

「いつから俺が新人類だと思ったの?」

「それこそ、新人類の存在を聞かされたら独特の風格ある石田のことがほわわんと浮かんできたけど、石田はこっちで立派に働いて生きている、それに茶々をいれるのは失礼かなって思ってたから俺からは口説かなかったんだ。ほら、新人類ってライバルを押し退けて社会的地位を手にしたり、会社の歯車として猛然と働くことができない、競争社会に適合できない人って言ったろ?」

「そんな人に救いの手を差し伸べているってことか? だとしたら選ばれし者にはどんな恩恵があるんだ」

「お兄さんが言うには……バベルのメンバーにとんでもないお金持ちがいて、有能な仲間だと信頼されたら生活費等、一切の援助する代わりに理想郷創造のために働いてもらうそうだ。こっちの人間社会とはおさらばできるってことだな」

「なに、見切り発車のわりにはそんな資金援助ができる体制が整っているのか。なんだよ、資本主義社会には適応できない人種じゃなかったのか」

「こういう時こそ特別な能力の出番だろう。宝くじを当てたんだってよ」

「宝くじが当たる能力って……未来予知能力とか? それで当選番号を当てて」

「どうなんだろうな。お兄さんもどんな種類の能力があるのかまでは伏せられたままだったそうで」

 金はあるのか。金さえあれば殆どのものは手に入るぞ。それに目がくらむことなく現世界を転覆させて新たな理想郷とやらを人材を探して創ろうとしているのか。さすが新人類さんだ。

 どれだけ聖人なのか見せてもらおうじゃないか。

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